5.四人について
「委員長殿、あの行いは、好ましいものではない」
ヤマシタさんは重々しく言った。
机の上に乗り、委員長はその前に行儀良く座っている。
委員長のそれは場を沈める役目は果たしたけど、敬遠される原因でもあった。
誰だって、『不運』に巻き込まれたくなんてない。
教室内では、注意事項の伝達が終わった途端に大半の人が外へと消えた。
「はぁい」
だけど、当の委員長は肉球でぺしぺしと叩かれながら恍惚としてた。
教室内にいるのは、僕ら四人以外だけ。
結局、この四人で組むことになった。
チーム、残り物だ。
まあ、実はそんなに悪くないメンバーだと思う。
「えーと、ちょっといい?」
「はい」
「うむ……」
委員長はヤマシタさんを抱えてなでていた。
説教とぺしぺし叩く姿からから、いつの間にナチュラルにその体勢になったのかまったく不明。
仏頂面したヤマシタさんが、目線で助けを求めている気がしたけど、きっと気のせい。
「僕ら四人、役割と特技の確認はしておいた方がいいと思う。最低限の連携は取らないと」
「たしかにそうですね……」
「だなー」
「然り――委員長殿、抱えている手を離してはもらえないだろうか」
委員長は笑顔を崩さない。「えへへー」って感じの笑いを浮かべるだけだ。
なぜかそこはかとなく怖い。
「ええと、じゃあ僕から――」
更に哀切な目線を向けるヤマシタさんから顔を背けながら、言葉を続けようとするけど、どうしたもんかと首をひねる。
未誕英雄は、誕生前の英雄だ。どういう英雄になるのかは、これから決めなきゃいけないし、これからどう鍛えるかによって変化する。
初期に渡されたものは、武器も技能もしょぼいものでしかない。これを、どれだけ巨大な敵であっても通用するものにする必要がある。そうしないと、生まれた後の僕らが苦労する。
ピンチに都合良くパワーアップとか、その道の天才をあっという間に追い抜く才能とか、習った覚えもない呪文を使えるようになってるとか、そういう都合の良さは、今ここで僕らが努力するからこそ得られるものだ。
今の僕らは白紙の状態。
だからこそ、『どういう英雄になりたいか』ってことを、ちゃんと定めておかなきゃいけない。
下手をしたら中途半端で器用貧乏のお荷物と化す。
そういう意味で、僕はとても半端だけど――
「役割としては前衛で、初期装備はブロードソード。最近、魔力掌握の特技があることがわかった感じ」
目を閉じ、少し息を吸って。
「どういう英雄になりたいのかは、自分でもよくわかってない。それでも、敵を後ろに通すようなマネだけはしない。このチームでの僕の役割は、それだと思ってる」
僕の意志を告げる。
委員長は薄く笑い、頷く。
ヤマシタさんは頷きつつも身をよじり抜け出そうとしている。
ペスは僕の首に腕を回す。ちょっと痛い。
「うへへ、なあに緊張してやがんだよ」
「ただの自己紹介だって」
「眉間にシワ寄ってたぞ?」
「え、そうだった……?」
自分では気づかなかった。
「じゃあ、おれの番な? 見ての通りの骸骨だ。ペスティって名前だが、まあ適当に呼んでくれ。あとコイツはおれの部下にする予定だから宜しく」
「そんな予定ない」
「おまえの意志は聞いてない。おれがそう決めたんだ。おれがそう思う分には勝手だよな?」
「一理あるとか一瞬でも思った自分が、ちょっと恨めしい……」
「うへへ」
「一応念のために聞くけど、仮に僕が部下になったらどうするつもり?」
「え、おまえが嫌がること、残らず全部する予定」
「それで頷く人はどこにもいないよ!?」
「どうしてだよ、おまえ変な奴だな」
「本気でわかってないペスが本気で怖い!」
「ペスさん――それはとてもすばらしい夢だと思います!」
委員長がなぜか感銘を受けていた。
ヤマシタさんが更に強く逃げだそうとした。がっちりと抱えられて抜け出せない。
「だよな?」
「ええ!」
「このチーム、解散した方がいいのかな」
「拙者も、そのように思えて仕方がない……」
ヤマシタさんと僕の意見は普通にスルーされた。
「あとはそうだな、初期装備はこのローブ。防御力高いし耐性いろいろあるし、けっこう便利だ。つまるところ後ろから魔術飛ばして敵ぶっ潰すのがおれの役割だ」
にかっ、と笑い。
「どういう英雄になりたいかは、おれもよくわかってない。やりたいことやるだけだ。好き勝手暴れて好き勝手に生きる! まーけど、仲間傷つけるようなマネはしないから安心していいぜ?」
「さっきまったく正反対のこと宣言した人がいる気がするよ」
「仲間と部下は違うだろ?」
「ペス、僕たちはいつまでも友達でいよう、是非そうしよう」
「いやだ、お断りだ」
「お断られた……」
「まあ、そんなわけで宜しくな」
うぇっへっへ、って感じの笑いを浮かべてた。
委員長はうんうんと何かを感じ入っていた。
ヤマシタさんはようやく拘束から抜け出し、そのままこのチームを抜け出そうとしてガシリと掴まれた。
「どこへ行くんですか?」
「用事を思い出した」
「そうですか――それは残念です」
手が離れた。
委員長の、この上なく優しい微笑みが語っていた。「ヤマシタさんがチームを抜けるなら、私はもっと酷い不運に見舞われてしまうでしょうね」的なことを。相手ではなく、自分自身を人質にした脅しだった。
「ぬ……」
「どうしたのですか?」
ヤマシタさんは、しらばく迷って躊躇していたみたいだけど、やがてがっくりとうなだれて、鬱々と引き返した。
英雄として生まれたら、いろいろ苦労することになりそうだな、となんとなく思う。
「拙者は……斥候役だ。敵や罠の位置を把握し伝えるが役割だ……能力もそれに準じたものとなっている……」
猫なのに、ため息をつく姿がやけに似合ってた。
「直接的な戦闘は不得手ではある。なればこそ、それ以外の部分を任せてもらえれば、拙者としては喜ばしい」
戸惑いと緊張を示すように、ヒゲが動かしていた。
委員長の鼻もぴすぴす動いていた。どうやら興奮しているらしい。
「生まれ落ちて後のことはわからぬ。だが、なにかを見つけ、皆に知らせる、そうしたものではないかと考える。非才卑小の身ではあるが、怯懦に負けて逃げ出すことだけはせぬと約束しよう」
「あれ、そういえば初期装備は?」
ふと気になって聞く。
すぐにまずい質問をしたと気づいた。
だって、物凄い勢いで、その場で毛繕いをし始めた。
しばらくして、ようやく落ち着いたのか深呼吸をひとつして――
「……あまり役立つものではなかった。やはり、身ひとつで向かってこそ――」
「いいえ、そんなことはありません」
委員長はキリッとした顔つきだった。
「これを付けないなんてとんでもない、ですよ」
「……委員長殿、ひとつ尋ねてもいいだろうか」
「はいっ」
「なぜ拙者がゴミ箱へぽいしたものを、委員長殿が手にしているのであろうか……」
手にしていたのは首輪だった。
ちょっとファンシーな色合いの、銀の鈴がついたやつだ。
「さあヤマシタさん、これをつけましょう、是非そうしましょう。猫なんだから必要です。ちゃんとリードロープも編んでおきました、お手製です!」
「す、鈴を付けた斥候役などおらぬ!」
「世界初ですね!」
「また、あの、その、禍々しくも忌まわしい様子に光る紐は……?」
「いろいろ頑張ったんです!」
「委員長殿、頑張る方向が間違えてはいないだろうか!?」
「えへ」
ぺしぺしと肉球で叩くヤマシタさんの行動は、明らかに逆効果でしかなかった。
「拙者、なにがあろうとそれは身につけぬ……!」
「どうしてですか!?」
「委員長殿は、なにが疑問なのであろうか!?」
「鈴も光もヤマシタさんなら問題ないはずです、呪いについても、トイレに行きたくなったのに周囲のどこにもない。またたびを嗅いでいるときに限って私と出会う。定期的に私のことをいじめてからかって構いたくなる、そんな程度のものでしかありません!」
別方向に重い呪いだった。
ヤマシタさんは頷き、僕らに向き直り。
「初期装備は保持していない。これからも付ける予定は皆無であろう。以上だ」
「ええー」
絶望的な表情になるセーラー服おかっぱを無視して断言した。
「うぅ、ヤマシタさんに首輪をつけてお散歩したいのは、ごく一般的な、誰もが一度は夢見ることのはずなのに……」
「委員長殿は精神的に拙者を殺傷するつもりなのだろうか」
「いいえ、単純にあなたを飼いたいだけですよ?」
「……拙者もまた、委員長殿と同じ未誕英雄なのは理解しているであろう? つまり、同等でありどちらが上というのは――」
「それならヤマシタさんが私のことを飼えばいいじゃないですか!」
「今いったいどこに激発したのだ!?」
「首輪をつけたりつけられたりをしたいだけです!」
「わかる」
「ペス、お願いだから真面目な顔で頷かないで……」
「さあヤマシタさん、選んでください、首輪をつけるか、それとも私につけるかをです!」
「なにゆえその二つの選択肢しかないのか!」
「二人で首輪つけたら他の誰かに飼われちゃうじゃないですか!」
「二人ともつけぬ選択肢もまたあるはずであろう!」
「ありません!」
「なんと!?」
「チームの結束を高めるためにも、これは必要なことなんです!」
「ほほぉ……!」
「委員長の目的とか装備とかはなにかなっ!」
やけに興味津々なペスが行動に出るより前に、僕は手を叩いて話題を打ち切る。
たぶん、このままだと、四人中二人が首輪を付けることになる。それがどの二人であってもなんか末期的だ。
「む、むむむ――私の役割は後衛で、援護射撃や敵への弱体化が主な役割になります……」
なぜかしょんぼりしながらの言葉だった。
「初期装備はこの拳銃ですが、射撃はそれほど上手くありませんし、弾数も限られていますからあまり当てにはしないでください。英雄としての目的は――」
不意に、朗らかに幸せそうに笑い。
「皆を幸せにすることです。できるだけ多くの人を、できるだけ幸福に」
「拙者に首輪をつけることもそうのだろうか……」
「? 私はヤマシタさんに首輪をつけられたら喜びますよ?」
「委員長殿、それは一般的なものでは決してない」
万を越す大群衆、その誰もが首輪をつけ、幸せそうな笑顔を浮かべる光景がふと思い浮かんだ。
なぜかやけにリアリティあがった。
僕はうん、と一つ頷き。
「皆、生きて帰ろう」
とりあえずそう告げた。