69.奇襲突入について
僕らは路地裏へ逃げ込んだ。
石造りの狭い道のり、色々な個性を発揮した結果としてごちゃごちゃしたものが詰め込まれ、真上からの視界を悪くしている。
「あはは、待てー」とか言ってる委員長は、複数のリードロープを操り、一度も地面に降りることなく跳躍を続け、近づこうとしていた。スパイダーでウーマンな状態だった。
さらにその背後には、無言のまま高速飛行するペスもいた。
血のニオイのする笑顔を浮かべていた。あと、包帯むしゃむしゃしてた。
「新鮮な方待て!」
「完全に食料扱い!?」
「うっわきものぉ♪」
「喜ぶか激怒するか、どちらかにしてもらえないだろうか!」
追いかけっこを続けながらも、一応は尖塔へと向かうことは諦めない。
ここで捕まれば停止と捕食だけど、目的地にまで到着すれば戦闘が開始されるはずだ。一縷の希望はそこにある!
「てーか寒いんだよ!」
「怨霊たちから離れるからだよ! 集団行動しようよ!」
「無理だ!」
「納得だ!」
「おいこら、今なにをどう納得した!」
速度が上がった、ものすごく理不尽だった。
ペスは飛行しながら接近してる、その体には包帯以外にも何か別のものも浮かんでる。怨霊達の残滓というか、そういう感じの。
それによって「寒い」程度で済んでいるんだと思う。本来ならぺスのそれは自殺行動だ。
「うふふふふふ……」
「怖い! 拙者、今まででもっとも恐怖している! それがなぜ味方からもたらされたのであろう!」
「愛、故にです!」
「拙者は完全に把握しているわけではないが、これが愛でないことはわかる! まったくこれでは――」
「…………ヤマシタさん? 今、別の人のことを思い浮かべませんでしたか? ご飯をくれた誰かさんのことを考えませんでしたか? 私もその子のペットになれと、そんな無体なことをお望みですか!?」
「それは完全な邪推であろう! ぬ、数が――ッ!?」
委員長の首輪から延びるロープは、もう蜘蛛の足みたいなことになっていた。
かなりの太さと強度で体を支えて移動させ、自在な動きを可能にさせた。
で、それがさらに本数を増やしていた。
誘導弾じみた動きで迫るそれを、ヤマシタさんは洞察と身のこなしだけで回避しきった。
攻撃が当たった背後の建物がめきゃめきゃと崩れる。地響きと砂煙を上げるそれをブラインド代わりにして更に逃走。異形の蜘蛛がそこへ追随する。
捕まればきっと、強制的に飼い主かペットにさせられるんだろうと思う。「どうして私の愛を受け取ってくれないんですか!」とか叫んでる人の。
「おれの方は大丈夫だからな! なんか、ええと、食いたいだけだからな!」
「それってなんの言い訳にもなってないよ!?」
「うっせ、てーかおまえ怪我してるだろ! ちゃんと手当させろ!」
「そんな飢えた目をした医療関係者とかいない!」
遙か上空から見れば、まっすぐ尖塔に向かっている怨霊たちと、ジグザグに大回りしながら向かっている僕たちって構図になる。
横から奇襲する形になるけど、実態としては逃走劇だ。
「な、なぜこのような目に拙者が……」
「ヤマシタさん、とりあえずは足を動かさないとヤバい!」
「く、空腹でめまいが……」
「僕だって血の流しすぎでめまいがしてるけど、むしろ楽しくなってきたから大丈夫!」
「拙者以上の危険域にあるのではないだろうか!?」
「気にしたら負けだ!」
「なにに勝つつもりであろう!?」
そんなことはわからない。
わからないながらもただ駆ける。
狭くてごちゃごちゃしていた路地裏は、だんだんとその間幅を広げた。
さらに高級で、金持ちで、偉い人の住む地域になってきたからだった。こういう場所では広くて無駄のある建築物がハイクラスの証明になる。
「あはっ」
「よしっ!」
で、それは格好な狩り場ってことでもあった。
カーブが少なくて直線ばかり、隠れる場所が少ない広々とした道路――
勢いをつけて捕食者たちが接近した。なんかものすごく嬉しそうだった。
ある程度はあったアドバンテージは急速に消費される。
「あ」
「む」
そうして、僕らは立ち止まった。立ち止まらざるを得なかった。
目の前には、やたら偉そうに立ちふさがる壁があった。行き止まりだ、左右への通り抜けの道はない。
僕らは視線を交わし、頷き合った。
半回転し、向き直る。
突進して来るのは片方は骨姿、ただしその全身に赤黒い怨念の欠片を纏わせてる。
もう片方は何本足だか考えたくないくらいの数を操り、動作のたびに周囲の物品を破壊してる。
速度はどちらも早いけど、ぺスの方がいくらか先行してた。
二つの異形の突進は、まるで減速せずに迫り――
「よっと」
「はえ!?」
僕は捕獲しようとするペスの動きに逆らわず、むしろこっちから捕獲しに行った。
速度がゼロから百に。
とんでもない速度でタックルされたような具合だけど、覚悟していた分だけ痛みは少ない。
形としては、ちょうど抱き合うような格好だった、すぐ近くに顔がある。
驚く表情が目の前に、傷痕から流れる血が勝手にペスの方へとひきよせられるのと、すさまじい速度の横移動を体感する。
「ああ、そういえば拙者、あの子にエサを貰い撫でられたのはいいが、風呂まで強制されたことが――」
「ヤマシタさんッッッ!!」
僕が教えた台詞を棒読み気味に話す猫にむけて、『足』すべてが攻撃として向かった。
一本だけでも物体すべてを破壊する高濃度の不運、あるいは因果律操作、それは移動する僕らの横を通り抜け、ついでにヤマシタさんも通り抜けて、その先の建築物やら壁やらを、まるで発泡スチロールみたいな具合に崩した。
僕らはそこを通り抜けた。
本来なら、壁にぶち当たっていたところをスルーし、ごろごろと転がる。
「おま、なにを――」
「よし、成功」
そこは、奇妙な兵器を構えた人たちがいる、広場のような場所だった。
銀色の銃を構えた人たちは外に向けてそれを構えていた。
扶萄国の軍人たちだ。
彼らは振り返りながら、目をまんまるにしている。
持っているのは、きっと怨霊にも通用する武器なんだと思う。
これを予測していたわけじゃないけど、怨霊たちが着く前に来れて良かった。
隙なく構えている彼らがいるのは僕から見て右で、左には曲線でできた壁があった。その壁は、どこまでも高くそびえて、変な球体まで乗せて、おかしな風に顔を真っ赤にして、僕らを指さし口をぱくぱくさせているアルフもいた。
というか、壁じゃなくて塔だった。
「あ、ここって尖塔か?」
「そうだよ、ようやく到着」
防備の兵と、塔の間の広場。
そこに僕らはいた。
本来なら勝手に入ってこれないように防壁があったけど、それは委員長があっけなく壊した。
そこへと、ごろごろと転がって来た僕ら――抱きしめるような体勢で、未だにその抱擁状態を解いていない姿を、彼らがどう見たのかについてはあんまり考えたくない。




