67.戦闘愚者について
薄暗がり景色は徐々に晴れようとしていた。
現れた怨霊たちの姿が消えることはなかったけど、むしろその異質さを浮き彫りにした。
生きてないって一目でわかる者たちが、太陽の下を闊歩する。
それどころか、殺されたことの殺し返しをしようとする。
委員長が歩いてトコトコ尖塔へと向かう様子がとても場違いだった。
嘆きと怒りと恐怖の最中、彼女一人が平静だ。
その平静さは、本当に特例だった。
他の人は様々な有様になっていた。
逃げる兵に多くの怨霊が殺到し、頭を抱えて震える兵が無視され、あるいは激昂しながら口喧嘩をする兵と怨霊がいた。
怨霊たちに襲われる人の大半は、それでも「なぜ」と叫んでいた。理不尽さに憤る人もいた。
自分だけじゃないはずだ、皆がしていたことだ、それなのにどうしてお前たちは俺を恨むのだ――
この世界に限って言えば、「人を殺してはいけません」は常識じゃなかった。
時と場合と立場によって、簡単に無視してしまえるものだ。
その観念は、戦って勝ち取る必要があった。
「さて、どうしよう」
だからこそ、この状況をどうしようかを、僕は悩んだ。
見覚えのある人たちが数人ばかり、僕のことを見上げてた。
斧を担いだ厳つい中年とか、やたら体がデカい人とか、それ以外にも何人か。
間違いなく、僕が殺した人たちだった。
死んだあとに軍に回収されて、その血から魔力を搾り取られた。
単に捕獲された人たちはまだ生きてるはずだけど、彼らはすぐさま呪詛塊に合流し、ペスによってこの場に再び立った。
僕を睨み、武器を構え、ただ復讐を行おうとする。
嘘の情報を信じてしまったからだとか、たとえ上手く殺した後でも軍によって刈り取られたはずだとかは、きっと関係ない。
僕が殺したのだから、僕を殺すのだ。
それ以外の道理なんて、関係ない。
それでも彼らが地面にて待ち、屋根上のまでやって来ていないのは、準備の時間をくれているからなのかもしれない。肉体なんてもう無い彼らは、簡単にここまで来れるはずだった。
一言も言葉を発さず、目で「早くしろ」とだけ要求してた。
恨みと憎しみはたしかにあるのに、戦う準備を得ることを許す。
そう、彼らにとっては勝とうが負けようが、どちらにしても最期になる戦いだ。
だったら、戦う者として最低限の礼儀と礼節をつくしたい。奇襲や策略や罠は、楽に儲けを得たいからこその行動だ。得るべき利益は、この場合どこにもない。
僕は傷口に包帯を巻いた。本来ならガーゼとかが必要なんだけど、この際あんまり贅沢はいっていられない。圧迫して、少しでも流血を少なくする必要がある。
傷口の様子はそこそこ酷い。自分の体に穴が新しくできてる様子なんてまじまじと見たいものじゃない。きっと今は動くべきじゃないんだろうなとわかる。それでも、ここで尻尾を巻いて逃げ出すわけにもいかない。
睨む僕の横へ、ふわりと、何でもないことみたいに骨姿のペスが降りてきた。
変わらず血染めの包帯がふわふわ浮いている、天女の羽衣というには色々と血生臭い。ただ、まあ、寒そうではないのは幸い。
僕は手を挙げ、挨拶する。
「や」
「よっ!」
感動の再会とか趣味じゃない。
相手が生きてるだけで満足だ。
「手助けすっか?」
「んー、いや、いいよ、これは僕が対処しなきゃいけないものだ」
「そっか」
「ごめん、急いで追いかけるから、先行ってて」
「遅刻か、あとで罰な」
「どんな?」
「おれの気分次第」
物凄く怖いことを言われた。
それでも頷き、彼らのところへ向かう。
ペスが肩をすくめて、尖塔へ向かった。
怨霊たちも向かう。
ペスが先導しているのか、群衆について行ってるのかは微妙なライン。たぶん本人たちもわかってないと思う。
屋根から跳躍――着地と同時に、すぐさま攻撃が来た。
生前のそれと変わらない、乱雑で力任せの攻撃。
避けながら同じように剣を振った、前と違って今度は手応えゼロ。すぐさま反撃が送り込まれる。
「俺は――俺はなぁあ!」
「おまえさえいなけりゃ――」
「どうして、よりにもよってオレだけを!」
叫ぶ声は恨みのそれ。
避けて、斬り、ふたたび避けては斬るのを繰り返しを行いながら、それを聞いた。
大男には賢く将来が期待できる子供がいた、良い教育を受けさせるためにこのチャンスを得ようとした。
ボロを着た男の家は貧しく、このままでは妹が春をひさがなければならなかった、参加募集の給金は得たため、あとは生きて帰りさえすれば良かった。
細く弓を手にした男は参加を半ば強制された、結婚の約束をしていた幼なじみのことを考えれば恨みをぶつけずにはいられない――
身勝手な理由。
あちらも、こちらも、どっちもだ。
「死ね、死んでしまえ!」
「断るよ、同じ場面が起きれば、同じようにやっぱり君たちを殺す、僕は僕の仲間を守る」
感情と道理はすれ違う。
お互いにお互いの主張を叫ぶ。
攻撃は続き繰り返されるけど、何一つとして変化しない。
剣を取ることで何かを守ったり、あるいは何かを得ている僕らは、間違いようもなく馬鹿者だ。まったく同レベルの同じ穴の貉だ。
彼らを僕との差は戦闘能力の差、ただそれだけ。
それ以外の違いが、いったいどこにある?
……傷口は痛む。
回避に動くたびに血が滲む。
攻撃を行うたびに傷口は広がる。
それでも避けきる、その攻撃を触れさせない、意地でもそうさせない。
攻撃は当てる、効くかどうかなんて関係ない、意地でも当てる。
どうしてそんなに意地になっているのかは、僕自身にもわからない。
満足させてやるものか――
ひょっとしたら、そんな意地悪があるのかもしれない。
一撃でも当てれば、きっと彼らは満足だ。そんなものを得させてなるものか。
彼らの攻撃を受けても、きっと僕が死ぬことはない。彼らの魔力簒奪は殺しきるだけのものにならない。そして、「怨霊の恨みをきちんと受け止めた」って事実だけが残る。
僕に――ほかならぬ僕自身に、そんな満足を得させてなるものか。
そう、他人を攻撃し、殺し、それによって幸せを得ようとする矛盾を、心の底にまで刻み込むべきだ。
刻み込んだその上で、全身全霊で動作し、残らず己を燃やし尽くし、戦いに果てろ――
百回か、千回か、効果を発揮しない武器をお互いに振り続けた。
なんであれば一日中だってこれを続けるつもりだった。
だけど、気づけば僕は一人だった。
剣を振った先には誰もいない。
滲む包帯から血だけがぽたりと垂れる。
風だけが吹き付け、吹き抜けた。
「はあ……はあ……」
荒い呼吸。左右を見渡しても、再び現れる予兆はない。
剣を鞘へと、ゆっくりと戻す。
きっとこれは、許したとか、そういう前向きな理由じゃないと思う。
諦めたとか呆れ果てたとか、ついて行けないとか、きっとそういう類のものだ。
どちらにせよこの虚脱感と罪悪感は僕が抱えていかなきゃいけないものだ。
チン――という鍔の音が、やけに大きく響いた。




