65.無茶無謀について
おそらくではあるけど、本来の攻撃方法は、水を超高圧で放出するような形だったんだと思う。
それであればなんとかなった。
都市内部にさっきみたいな全力を送り込むことはない、きっとある程度は手加減したものになる。
だから、僕であれば『掴み』を使った防御でいなすことができたし、ペスであれば魔術をぶつけて無効化できたし、委員長であれば不運を振りまくだけで勝手に壊れるたし、ヤマシタさんであればそもそも当たらなかった。
でも、呪詛となれば話は違う。
それは、人の思念だ。物質的なものではない以上、物理的に弾くことができない。ペスであれば魔術的な対処は可能かもしれないけど、今はフルに力を発揮できない。そして、委員長の不運は、あくまでも『物』に対して発揮される。喜怒哀楽魂魄心理その他の『人』に対して直接作用するものじゃなかった。
ヤマシタさんだけは変わらず避けられるだろうけど、それだけじゃ事態は好転しない――
「アルフさんは水壁やその制御を誇りとしていました、きっとこれを使って私たちを押しつぶしてくるんだろうな、きっとそれは水なんだろうな、それならなんとかなるなーとか思っていたんですが、どうして怨念祭り開催中なんでしょうか! ここは魔力とかない場所ですよね!?」
「委員長、落ち着いて」
「うう……やっぱり、表に出て目立っちゃだめだったんですよ私、こう、日陰でうふふと笑っているのがお似合いだったんです、慣れないことをしたからバチが当たったんです、いえ、違うんです、ヤマシタさん撫でない日数記録更新中のあまりの、つい出来心だったんです……ッ!」
「どうして犯罪自白風味に!?」
「んー、どうすっかなー」
「もうやだ、やっぱりヤマシタさんのペットとして暮らします! 引きこもってヤマシタさん撫でながら天寿をまっとうするだけの人生だったと言いたいです。あ、でもお風呂には一緒に入りますし、猫じゃらしも常備しますし、一緒にだっこして寝ます!」
よくわからない感じにカオスだった。
外では、僕らと同じように混乱していた。
相変わらず銃口で僕らを狙い定めているけど、別の凶悪なものがこの場所を狙っている。再び増加ようとしている赤黒い魔力、そこにある怨念はあきらかに「こちらを見ていた」。僕らじゃなくて、この場所を。
まさか撃つはずが――銃を構え、即座に撃てる体勢を取りながら、僕らを取り囲む人たちは、そんな不安に揺れていた。
でも、彼らのことなんて関係なく、当たり前のように呪詛は発射された。
やっぱり一度上へと行ってから、今度は水壁内へ向けて落ちた。
その威力は、先ほどのものよりは弱いものの、きっと百人くらいは一度に呪殺できる。作るのにどれだけの数の犠牲者が出たかについては考えたくもなかった。
アルフは薄い髪をたなびかせ笑っていた。
呪いを操る人が、それ以上の禍々しさを浮かべてた。
なら、斬ってみよう――
ふと、そんな考えが思い浮かんだ。
思い浮かんだ途端、気が楽になった。
そうだ、僕にできることなんて、その程度しかないじゃないか。
地形と配置を思い浮かべ、足に力を込めて全速力を叩きだし、扉の外へと出た。
後ろからの声は聞こえていないことにする。
定めたのなら動くだけだ。
「味方」から呪詛を送り込まれた兵達は、わずかな間だけ混乱していたけど、すぐさま僕へ向け発砲した。
訓練通りの動作は、訓練通りの殺傷力を放つ。
だからこそ僕は跳躍し、そのまま手をつき、さらに『跳んだ』。
跳び箱の要領で空間を『掴み』、体を上へと行かせた。地上のどこにあっても致死を約束する鉄量は、三次元的な動きには対応してない。
そのまま屋根へと着地し、敵兵から死角となる位置へと走る。着弾の音は順調に迫る。
わかる範囲内は斬って落とした。
さすがに全てというわけにはいかなかった。
いくつかは掠り、二発が肉体にめり込んだ。
当たった箇所は右太股と左腕、螺旋を描いて肉体にめり込むそれらは、たまらない苦痛をもたらしたはずだけど、今の僕は「困ったな」以上の感想はなかった。握力が落ちる。
やけに冷静だと自分でも思う。
どこかの重大な神経が途切れているのかもしれない、今更気にしない、気にしていられない。
落ちてくる呪詛塊はまっすぐここへ。
混乱と叫びもすぐ背後の兵達から。
赤黒いあの中には、きっと僕が斬り殺した人もいるはずだった。
見覚えのある顔も、よく見ればいたのかもしれない。
僕は深く一度だけ呼吸し、ただ強く、ただ全力で『掴んだ』――
空間を、魔力を、大気を、物理を、不運を、光明を、衝撃を、血脈を、運命を――あるいは僕自身の命ですらも。
剣が発光する、今までにないほどの力が刃に乗る。
相乗された力が軋む、手のうちで暴れる様を感じ取る、背筋が凍えて口元が歪んでしまうほどの威力。
それでも――足りない。
その不足がわかった。
足りないとはわかるのに、「これ以上」を得る方法がわからない。
呪詛塊は加速をつけて落下する。
焦りが腹を灼く。
手にしているのは、今までで最上の力、なのに真上のそれと比べればライターと山火事の差だ。
足元――屋根の下には仲間がいる。
襲う山賊を斬ったように、襲う呪いを斬らなければならない。
僕ができる仲間の守り方は他にない。
冷たい熱気――
そんな矛盾を肌に叩きつけられた。考える時間も、他の手段を取る間もすべて消えた。
僕は叫び、跳躍し、忍び寄る弱気を振り切るように剣を一閃させた。
それは――確かに呪詛を斬った。
斬っただけだった。
手応えなんてほとんどなかった。
粘性のある水を切断したような感触、二つに分裂しながらも落下する。
その隙間を僕は通り抜けた。
目の前を通過する無数の苦痛の表情が見えた、奪われた命を、奪い返そうとしていた。
何本も何本も伸ばされる手と腕と首と髪は、助けを求める動作だった。
それらは、今は僕だけを対象にしていた。
不自然に落下は止まり、二つに分裂した呪詛が迫った。
「あ――」
全力で剣を振り切った直後の、隙だらけの体勢。
未来を否定し、現在を拒否し、過去の理不尽を拒否し否定し破滅させ消去することのみを目的とする自動化。
怨念とよばれる概念の一端に触れた、気がした。
それは、重力を無視して逆流する呪詛が見せた幻だったのかもしれない。
どちらにせよ、『掴む』ことができるほどの理解じゃない。
赤黒いそれに飲み込まれ――
「おまえって、意外と無茶するよな?」
――なかった。
包帯が僕を覆っていた。
魔力を完全に遮断するそれが、壁のように僕と怨念とを隔てた。
「ペスッ!」
それを行ったペスの方は――その身を晒していた。
「うん、やっぱダメだ。おれがおまえを助ける。逆とかダメだ、それじゃおれが楽しくない!」
久しぶりに見る骨姿、その周囲では赤い包帯が舞っている。
僕の血を垂らしたやつだ。
だけど、長さがまるで足りない、防御に足るだけのものにならない。
手を伸ばそうとする、届かない。
呪詛は標的を変えていた。
より簡単な攻撃可能な相手へと殺到しようとした。
剣で攻撃――手の届く範囲から消えている! 落下してる、どうする、飛行手段皆無、興味を引く――どうやって! 着地からの攻撃――間に合わない! ぺスはどうして逃げ出さないんだ、どうする、なにか手は……ッ!
僕ができたのは、考えることだけだった。
僕の無茶無謀の結末だった。
赤黒い呪詛はペスを飲み込んだ。




