64.呪詛尖塔について
ごたごたはしたけど、状況はまったく変わらない。
僕らの不利で、絶体絶命で、『生まれ』るまでのカウントダウンとか、そういう感じだ。
血を包帯に染みこませながらも、外の様子をもう一度だけ見てみた。
立膝姿勢と立射姿勢で銃口がずらっと並んでいた。
合図一つで即発射だ。
本当にアリの這い出る隙間もない。ここから抜け出すためには種も仕掛けもないマジックが必要だった。
「さて、これからどうしよう?」
なぜか呑気にお茶を飲んでいる委員長と、やけに頬赤く同じような姿勢でお茶飲んでるペスに向けて言う。ちなみにそっちの方には、僕の血がいくらか混じってる。
「まずは待ちですね、こちらから出来ることはありません」
「ま、最悪でも死ぬだけだしな」
未誕英雄は、そういうものだ。
大切なのは在り方であって、生き死にじゃない。
だから、問題はそれじゃなかった。
「いや、そうじゃなくてね、委員長はこの事態をどうしたいの?」
もう十分だろうと、血を止めながら訊いた。
傷痕としては小さいから、圧迫止血をしばらくすれば止まる。人間の体って意外と便利にできている。
そう、委員長のやったあの暴露というか真相を突きつける作業は、本来なら必要のないものだった。
黙ってやり過ごし、戻って二回生に報告するだけでも良かった。
あの時の争点は本来なら、アルフが「どれだけ真相に気づいてるか」と探り、委員長が「なんにも気づいていませんよ」と隠しとぼけるようなものになっていたはずだった。
「まず前提として、今もその二回生が未誕世界にいるかどうかが怪しいです」
「え」
「ある程度は放置されていたからこそ、こうした事態が進行したのです、ひょっとしたら二回生はもう別の世界に『生まれ』ているのではないかと疑っています」
ありえない、とは言えなかった。
超常の力を持つ人が放置しているんだ、それだけの理由があるからだって考えてもいいはずだ。
「あと、目的については、以前すでに話しましたよ?」
ぐるっと指を一回転させ、変わらない笑顔で。
「この水壁を壊します、これがあるから――範囲を定めて人を押し込めるばかりで、広げて発展させる概念がないからこそ、こんなことになっているのです」
「それは――」
城壁を壊すようなものだ。
防備を取り上げるのに等しい。
「すげえたくさん人死ぬな」
「壁の制御だけを壊し、攻撃の装置は残す、そんな上手い具合の破壊ができれば最上だと考えてます。どのみち、このままでも人は死ぬんです、同じ血を流すのであれば、より良い幸せが得られる方を選ぶべきです」
頬杖をつき、一転してとてもつまらなさそうに。
「だいたい、この国の人たち、誰一人として幸せそうじゃありません。私が見た人残らず全員です。不幸こそ感じていませんが、不幸でないことを指して幸福とは表現しないのです」
「ふむ……」
「現状を自らの意志でわずかにでも変化させること。よい支配とは、それです。ここでは誰一人としてそれをしていません」
自慢げに首輪を示しながらの言葉だった。
「そっか……」
「それが目的ってことか」
「はい」
最善の選択じゃないかもしれないし、混乱だけをもたらすことになるのかもしれない。
だけどまあ、扶萄国側の理由と理屈で僕らを好き勝手に利用した。ならばその逆をしたところで文句を言われる筋合いはない。
「じゃあ、こっちの理由でこっちの勝手をしよう、関わった以上、僕らは英雄としてこの場で動く」
「だな、このまんま尻尾を巻いて逃げ出すってのは気分が悪い、殴ってきたんだ、殴り返すのが礼儀だろ」
「そう、不運は人を幸福にします、申し訳ありませんが、私たちと出会った時点でこの国は運が悪かったのです」
スタンスは決まった。
+ + +
無数の銃に狙われたならどうすればいいか?
答えはいくつかあると思う。
高所を高速で進む――それこそ飛行機がそうであるように。
防御力に任せて突き進む――それこそ戦車がそうであるように。
あとは運に任せてただ進む――多くの生き残った人たちがそうであるように。
僕らは、どれも選ばなかった。
ただ機会を伺い続けた。
そのチャンスは――
「あ、ようやくですね」
膨大な魔力の集積という形で現れた。
魔力が枯渇したこの世界――砂漠に放水するような無駄使いをしながら、それでもなお発現する。
これは、僕らが直接見ているわけじゃなかった。潜んでいたヤマシタからの情報だ。
声こそ伝わらないけど、その映像情報はこちらに届く。
僕らにまで無理してそれを届けたのは、それだけ事態が大変だからだと思う。
奇妙な尖塔――中央部分に球があり上下を分断している奇妙な塔は、先端に赤黒い魔力を貯めていた。
周囲の空間すら薄赤く染めながら、真下から真上へと力を送り込み、制御する。
ぐねぐねと蠢くそれは刻一刻と大きさを増し、ある一点で安定したかと思うと、『弾けた』。
同心円状の余波を残しながら真上へ飛んだ。吹き荒れる烈風がヤマシタさんのところまで届き、その体を吹き飛ばそうとする、一秒遅れてから僕らの建物も揺らした。
筒状の水壁内部に突風被害を出しながら、高速で真上へ飛び上がる。
赤黒い球は水壁の倍する高さまで行き、そこから自然ではありえない放物線を描いた。
ほぼ直角に折り曲がるように彼方へ、速度は大砲以上、見て避けられるものじゃない。
その先にあるのは――軍隊。この国のものではなく、狐央軍のもの。いくつかおかしなシルエットが見えるけど、ほぼ大半は銃器を構えたただの人だ。
そこへ、着弾した。
何も音はしなかった。
巨大なものが落ちた様子はまるでなく、ただ静かに赤黒いそれは広がり、半球状に空間を染め上げ、そして消えた。
残された場所では――立っている人は誰もいなかった。
「呪詛だ」
ペスが唖然と呟いた。
「魔力と魂魄を結合させて飛ばしていやがる……!」
人から奪い取った魔力、生命力そのものでもあるそれと付随する魂を融合、純度を高め、放出した。
外で待機する人たちや、道行く人たちも困惑していた。
きっと、この攻撃方法は通常通りのものじゃない。水を制御するシステムなんだから、水による攻撃だったはずだ。
だけどそこに「別の魔力供給」を行ったからこそ、変化が生じた。
わからないこと――その不安が人々に降り積もっていた。
見知ったものが見知らぬものへと変化したことの理由を得ようとするけど、答えはどこにもありはしない。
不安を感じていないのは行った側。
尖塔中央、浮かぶ球に手をつき、実験結果に満足の笑みを浮かべるアルフだけだった。
振り下ろしきった手を再び上げ、今度は別の方向に狙いを定める。
その視線の行く先、注視しているところは、どう考えても僕らがいる場所だった。
「どうしましょう」
珍しく委員長が冷や汗を流し。
「あそこまでのものだとか、想定外だったんですが……」
物凄く頼りにならないことを言い出した。




