4.委員長について
教室で集まることもある。たいていの場合は連絡事項のためだった。
テストがいつなのか、あるいは、どれだけ人数が減ったのかを知らせるためとか、スキル獲得条件の情報共有とか、まあいろいろ。
これに出てない人もいる。
協調性のある英雄の方が珍しい。誰もが自分は世界で一番なんだと自惚れてる。そして、その自惚れに見合う努力をする。
英雄になるためのやり方はいろいろ、道行きは自由、ある意味ではこの世界は、「いかに他人の敷いたレールを外れるか」を準備するための場所だ。
そのための力を、僕たちは欲している。
とりあえず今は、ぐでーんと疲れた体を机に預けながら話を聞いていた。ペスも似たような体勢だった。
素振り限界突破連続強制は、予想よりもずっとキツかった。
回復魔法をかけてもらっても、精神的な疲れまでは取れない。
+ + +
「ダンジョン探索がようやく解禁されました。階層が進むごとに敵は力を増すそうですから、十分な準備と情報収集を行ってください」
委員長のその言葉は、だけど、聞き逃すことのできないものだった。
思わず顔を上げる。横を見るとぺスも同じような体勢で、同じように僕の方を向いていた。
お互いの笑顔がそこにある。
やっと、基礎訓練以外のことができる。
ようやく、ようやく敵を斬れる……!
この手でその感触を味わえる……!
「なあ、おまえなんか変なこと考えてね?」
「そんなことないよ!」
「目つきが危ないんだよ、剣に手をかけるなコラ!」
「ペスは斬らないから安心して」
「おまえがさっきおれにしたこと覚えてないだろ……」
半眼で言われたところで、事実は変わらない。
結局、避け続けて一度も斬ることはできなかったんだから、そのあたりのことは気にしないでいいじゃないか。あと、「やるならもっとおれのこと憎しみながらやれよ!」とか叫ばれても困る。
僕ら以外の人たちも、喜色と困惑の声を上げていた。
喜色は僕と同じような剣と魔法系統の未誕英雄で、困惑は銃と政治系統の未誕英雄に多かった。
「それでですね、注意事項を――」
委員長のそんな言葉は、誰も聞いていなかった。
ざわめく声だけを交し合う。
おかっぱ頭でセーラー服の委員長は、教壇の上で困ったようにチョークをくるくる回してた。
未誕英雄と一言でいってもその種類はさまざまで、戦闘で台頭するとは限らない。
それでも、たいていの場合、僕らは力を尊ぶ。それが一番分かりやすい力量差だからだ。二回生と三回生になると、また違ってくるらしいけどね。
委員長って立場にいるけれど、彼女には僕らを圧倒するだけの暴力を持っていない。
ざわめく声を抑えて制御できるだけの武力がない。
だから、いつまで経っても「やったぜ」「ひゃっはぁ!」「うぉおおふひひぃ!」と動物の鳴き声みたいな騒ぎは収まらない。
委員長は、教室内の騒音に、だんだんと唇を尖らせた。
それは僕に、導火線に火が付いた様子を連想させた。
口を閉じて前を向くけど、横ではペスが「まずは入口塞いで毒ガス流し込もうぜー」とか言っていた。
気づけ、僕らがそういうのに近い状況だ。
口に出して注意は、もうできない。それが許されているような状況じゃもうない。
ぺスは危機にまだ気づいていない。致命的なことが起きかねないことを察知していない。
真面目に聞こうとしてる体勢なのは、僕以外では猫のヤマシタさんくらいだった。まだら模様の、なんの比喩表現もなく猫だ。
精悍で、けっこう大きい体躯をしている。たぶん雑種だ。
当たり前だけど、人間以外だって英雄になれる。
ドラゴンが魔王やるのはよくあることだ。むしろ人間は種族としてみれば弱い方だし。
ヤマシタさんは、机の上で丸くなっていた体を起こし、
「ここは委員長殿の話を聞くべき場面であろう……」
淡々と切々と注意の声をかけていたけど、委員長のそれと同じく、あまり効果は無かった。
騒ぎが継続されるにしたがって、委員長の頭徐々に下を向く。
影に隠れて表情は見えない。
単純に陰影のせいだけじゃなかった、黒いものが彼女を覆う。
横ではペスが「なんかいいアイテム手に入るといいな、やべえ、すげえワクワクしてきた」って興奮してた。
無視。というか、それどころじゃない。
委員長はぽつりと、水滴をこぼすように――
呪うよ?
そんな言葉を放った。
返事や行動に出る暇すらなく、数にして二十ばかりの机が同時に倒れた。僕とヤマシタさんのだけが無事で、それ以外の机すべてが一斉に。タイミングを合わせたようにまったく同じ動作で横倒し。
がしゃあん! と何のズレもなく木霊して、すぐにしんとした沈黙が取って代わった。
なにかの攻撃じゃなかった。
攻撃であれば僕らは反応できた。
たまたま、そう『偶然』にも、机の足の痛みが進んでいて、この時に倒れた。
どれだけ調べても、それ以上の事実は出てこないはずだった。
何かの力が効果を発揮した様子は検出されない、ごくごく自然な現象としかわからない。
だからこれは純然たる不幸、人為の介在しない事故――そんなわけがなかった。
「みなさん、あまり私に不運のお裾分けをさせないでください」
委員長は変わらず困ったような顔で、悪戯っ子を窘めるように言った。
誰かがちいさく悲鳴を上げた。
たまたま机の足が壊れた――次に壊れるのが、自分たちの足にならない保障はどこにもない。
彼女は、魔術や魔法の原型の使い手だった。
整備されるまえの未分化の、だけどだからこそ恐ろしく根本的な存在。
つまりは、呪術師。
そう、どれだけ力があっても、あるいはどれだけ知恵や魔力があっても、逆らうことの難しいものがある。
運不運はそのうちの一つで、委員長である彼女はそれを操る。
もうちょっとちゃんと正確にいえば――
「このダンジョン探索中、みなさんの不運は私にだけ降りかかります。事故は起きません。注意事項をきちんと守れば、生還することができます」
周囲のアンラッキーを無自覚に吸収し、一度に放出することができる。
この中で、誰よりも死亡確率が高いのが彼女だ。
呪うものは、呪われるものでもある。
だけど、むしろそれを誇るように胸を張る。
「私に訪れる不運は、みなさんが不運ではないことの証明です。あとはちゃんと頑張れば結果に繋がります」
にこりと綺麗に微笑み。
「油断だけはしないようにしましょうね?」
注意事項が書かれた紙を片手に、僕ら全員に『不運』を与えることのできる委員長は言った。
コクコクと頷くこと以外に、できることはなかった。