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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
遠征
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63.脱出準備について

跳弾の嵐が収まった後には、静寂が訪れる。

だけど、これがすぐに途切れることはわかっていた。


「早く逃げよう、ここにこれ以上いたら危ない――!」

「やべ、寒っ! 包帯なしヤバい骨凍るっ!」

「常識的に考えれば、たしかに一刻も早く脱出しなければならないんですが、もう遅いと思いますよ?」

「え」

「うわ、包帯上手く巻けねえ!?」

「それってどういう意味?」


震えるペスの手から包帯を取り上げ、くるくると丁寧に巻き直した。


「あのアルフさんは、けっこう優秀だと思うんです、あれだけの演技ができる人がこの事態を予想していなかったとは思えません、実際、戦闘になったとたんに逃げだしていましたし」

「ああ、そっか……」

「助かったぁ、やっぱ魔力が放出される状態ってヤバいな」

「はい、おそらく既に外では万全の体勢で待ちかまえられていると思います」


もともとアルフ側にとって最悪なのは、僕らが事態の真相に気づき、それを二回生に報告することだった。

僕らが気づいたら即座に口封じ、っていうのは簡単に想像できる。

それが、たかが兵士五人程度じゃないだろうってことも。


委員長も言ったけど、当のアルフが指示出した直後に逃げ出してるんだ。

別の準備があると考えるのが当然だった。


「……」


僕は、そおっと外を見てみた。

ドアを開けつつ、剣の反射を使って外の様子を確かめる感じだ。


遠方で、兵士がずらりと並んで銃口を向けていた。

発砲こそしてないけど、銃の向きが一斉に調整されたのがわかった。


「……お邪魔しました……」


扉をしっかり閉め直した。

アルフを取り逃がした時点で、この「鳥籠」は閉じられたも同然だった。


「うし、面白くなってきたな!」

「ちっとも面白くないよ……」


僕は肩を落として意気消沈、ペスはやる気になった。

近距離担当はこんなときツライ。


「じゃあ、魔力弾でもばらまくか?」

「ペス、気づこう、僕が持ってきた魔法球だってそんなに数があるわけじゃない、敵兵がどれだけの数がいるか、ちょっとわからないくらいだった」

「この包帯解いて、おれ自身の魔力使えばいいだろ」

「それやったら本格的に不味い、本当に不味い、気づいてないみたいだけど、あの短時間でもペスの魔力かなり減ってる」

「なんとかなる」

「根性論で押し通ろうとしないで欲しい」

「うっせ、殴り合いも面白かったけど、やっぱおれは魔術使ってた方が楽しいんだ!」


胸張られてどや顔された。

今すぐ包帯の隙間を広げてしまいたい衝動にかられた。


ぺスは僕の髪の毛をわしわしと撫でてくる。

いつもみたいに指でかき混ぜないのは包帯がズレるからで、撫でてきたのは僕の拗ねたような顔が面白かったからみたいだ。


「んー」


一方の委員長は、顎に手を置き、その目はどこか別の場所を見通していた。


「なるほど、意外と近距離にあるのですね……」


きっと、ヤマシタさんからの情報を受け取っているんだと思う。

それだけのつながりが出来ているのか、それともなければ元から相性がいいのか、さほど魔力を消費せずともヤマシタさん・委員長間であれば通信伝達が出来た。


「周囲を取り囲まれているようですが、どうやら、敵がここに攻め入るまでには多少の間があるみたいです。おそらくではありますが、この建物ごと吹き飛ばすための準備でしょう」

「ほー」

「まあ、とはいえ、それだけの間があってもなにをしていいのやらだね……」


とりあえずは、机を斬って二つある扉のバリケードにでもするかと考える。

建物ごと破壊であれば無意味かもしれないけど、暴発して突入してくるような人たちを防ぐ役くらいは果たすことができる。


「ところで、ひとついいでしょうか?」


にっこりと笑顔を浮かべて、委員長が話しかけてきた。

やけにうれしそうだった。


「ん、なに委員長」

「ペスティさんには、魔力が必要だとは思いませんか?」

「そりゃ、うん」

「そして、無属性のものや、馴染みのある『魔力』であれば、ペスさんは自分のものでなくとも使用可能であるようなのです」


さっきの魔法球とかがそうだった。方向性のない魔力を魔術にした。

でも、馴染みのある魔力?


「そうなのペス?」

「あー、他人のならだめだが、おまえのなら、まあ、ちょっと手こずるけどできるんじゃね?」


さんざん吸われたし、そういうこともできるのかな、と思う。

なるほどと頷く僕の耳に、なんだか致命的な情報が滑り込んだ。


「そして、包帯とは液体を吸い込むものなのです」

「ペス、がんばってこの苦境を乗り越えよう! がんばればきっとなんとかなる! ヘンな小細工とかいらないんだ! 精神論ってすごく大切だ!」

「ん、んん……?」

「実は少しだけ聞こえていたのですが、魔力を全身で吸うのと口から血を吸うことをペスティさんは欲していたのですよね?」


ようやく委員長の笑顔が、邪悪というか意地悪っぽい感じだったことに気づく。

気づくのがあまりに遅すぎた。


「え、そりゃあ……」


戸惑うペスの耳に唇を近づけてた。

目は眇めて、唇からは毒を流し込むように――


「これを別の形でしてみましょう――果たして、血で浸した包帯を全身に巻いたらどうなるのでしょうか? どんな気持ちになってしまうのでしょうか? ちょっと試してみませんか?」


掠れるような小声は、物静かな環境ではばっちり聞こえた。


「お……」

「ペス、正気に戻ろう! そんなことする必要はどこにもないよね!?」

「それによって魔力源を得ることができます、魔術だって使えます、そして、なんだか全身をがんじがらめに束縛されてるような気分を味わえること請け合いです、首輪どころではありません、命で命を拘束するのです、それも体すべてをくまなく隙間なく――ペスティさん、とても恥ずかしいかもしれませんが、これは必要なことでもあります、どうか、どうか耐えてはくれませんか?」


ペスの口がもにゅもにゅ動いてた。

困惑と別の感情をミックスさせた様子。

気持ちが揺れているんだってわかる。


「いや、でもな――」

「大丈夫です! なんだかんだと抵抗しながら最後には血を吸われている人も、心の底ではこれを試してみたくなっているのですから!」

「冤罪もいいところだよ!?」

「え、まじか……」

「ペスも素直に信じない! というか、委員長はなにがしたいの!?」


委員長はさらに嬉しそうに笑っていた。

僕には悪魔が笑ってるようにしか見えなかった。


「あー、いや、これは、あー……」


ペスはおろおろと戸惑っていた。

僕は逃げ出した、いや、外の様子をもう一度確かめようとした。どんな状態か自分の目で実際に確かめたい、いま凄く!

出るより前に転倒した。

転がっていた薬莢に、運悪く足を取られたからだった。

なぜか上手く立ち上がれない、つるつるとした床とかが力を逃がす。


「不運って、やっぱり人を幸福にするものですよねっ」


近づいてくる委員長と、それに手を引かれてるペス。

外の状況よりも、今の状況の方がよほど致命的な気がして仕方なかった。


「というか、本気でこんなことしてる場合じゃないよね!」

「いいえ、最優先でしなければならないことです!」

「ま、魔力必要なのはホントだろ!」

「ペス、無理しない! なんかヤバいくらい顔赤いし!」

「そうです、無理せず身も心も縛られましょう!」

「そういう意味で言ったんじゃないよ!?」


ちなみに、そういや血で包帯を浸すのはいいけど、魔力源にするだけなんだから別に全身に巻く必要とかないよね、ってことに気づいたのはしばらくしてからだった。


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