62.交渉決裂について
「おそらく、はじめからこうではなかったはずです、当初はごく普通に魔法球を運ぶだけの依頼だったはず――」
唖然とする僕ら。殺意をたぎらせるアルフ。委員長はまるで変わらず、淡々と言葉を続ける。
「その当たり前の輸送の時から、狐央国や食い詰めた人たちの襲撃には悩まされていたと思います。一口に未誕英雄と言ったところで戦闘能力の低い者もいます、襲撃が上手くいくこともあったでしょう。成功した側からすればこの上なくラッキーです、犯罪を行い、大金持ちになれたのです、それも同じ世界の者ではなく、なんだか怪しく見慣れない者を殺害することによってです――」
なかなか夢のあるお話ですよね、と続ける。
「ですが、ある時、血液から魔力を抽出する方法がわかってしまいました。こうなると話は変わります。魔法球は万が一の魔力備蓄としては必要ですが、いままでと同じように輸入する必要のないものとなりました。かといって、もう必要ないと断るわけにもいかないのが辛いところ、それでは疑ってくれと言っているようなものです。では、この『運び屋』を有効活用するにはどうすればいいのでしょうか?」
輸送の傍らにしていたことが、その答えになってしまった。
敵国と不必要な自国民を引きつけ――そして「勝手にそれらを倒してくれる存在」としての僕ら。
「おそらく敵国を追っ払う役は果たしたことでしょう、ですが、もう片方は上手く行きませんでした。先ほども言ったとおり、私たちは必要数しか倒しません。皆殺しを選択する人は少数派です。これは困りました」
「……」
「だからこそ、刈り取り役を別にしたのです。軍隊はそのために派遣されました。当たり前に道を通って来る襲撃者たちを次々に回収し、閉じこめ、魔力源とするためです」
僕らを外に出さなかった三つ目の理由。
その『回収作業』を隠すため。
そして、僕らと一緒に運ぶ際、目立たなくするため――
「……証拠はどこかに?」
「いいえ」
地を這うような声に、委員長はあっけらかんと返した。
「まったくありません、なにひとつありません」
「……」
「実は私たちの仲間の一人が事前にここへと来ていて、いろいろ探っていたのですが、それも目撃証言以上のものにはなりません」
「――!」
「ええ、捕らえられた人たちが、いったいどこに連れ去られて行くのか確認しました。魔導装置の位置も把握済みですが、これですら、状況証拠にしかならないことでしょう」
委員長は笑う。
仮面のように。
その実、内部では別の感情が渦巻いていた。
「なにもかもは、ただの空想や妄想だと言ってくれてもいいですよ?」
「……」
「ただし、この空想と妄想は、残らず『この世界を救った英雄』に報告します」
アルフの表情は凶悪なものとなった。
それが、もっとも恐れていることだと、それでわかった。
「現在は二回生となっているはずですよね。私はその人が誰かを知りませんが、未誕英雄世界とこの世界が連結されている以上、必ずその人は存在します」
異世界との連結、まして依頼まで受けることができるのは、それだけのつながりがあるからだ。
その世界との関係に責任を持つ人がいるからだった。
「あなた方の行いを見過ごし、ちゃんとした物証も得ていない私たちと違い、その人は徹底してこれを調べるはずです。せっかく命がけで救った場所に、べったりと血を塗り込めることを許すはずがありません。まして、この国の成り立ち――完璧なまでの防衛を実現させた様子を見れば、激怒すること請け合いではないでしょうか?」
僕らに対して情報封鎖を行った最大の理由。
二回生の介入を防ぐため。
その情報を持ち帰らせないために、迂遠とも思える手段を講じた。
アルフは僕らを睨み続けていたけど、やがて諦めたように息を吐いた。
やれやれと首を振り、軽く手を挙げ、背後に立ち並ぶ兵達の殺意を宥めた。
「支払いを倍額に増やす、と言えばどうでしょう?」
物品としての報酬はすでに用意されていた。樽のようなものに入っている。
それとは別に、その懐から宝石を取り出した。
きらきらと輝くそれが、机の上に零れる。
委員長は一瞥もせずに言った。
「そうですね、これからは依頼内容を正確に書くというのであれば考えますよ?」
「は――」
アルフは萎むように息を吐いた。
それは、実質的に「二回生に報告すること」と変わらない。
提案としては、おそらく論外の部類。
だけど、僕らとしても譲れない線でもあった。
知らず、利用され、隠される――そうして望まぬことをやらされた。
この先、別の者達が同じ目に遭うことを許す道理はない。
静かで硬質な時間が流れた。
委員長は変わらず微笑み、アルフは目を閉じ、眉間に皺を寄せ思考する。
誰一人として身動きしない。
呼吸の音さえ耳障り。
そうして、ゆっくりと開いた瞼の奥には、迷い全てが消えていた。
「我々にとって、未誕英雄とは人間ではありません」
それは懺悔というよりも、
「ただのモノであり、現象だ、いくらでも湧いてくる英雄にありがたみがあるとでも? それらは数多くの一つでしかなく、敬意を払う対象ですらない」
この国の、僕ら未誕英雄へのスタンスの表明だった。
「外異――外なる異質な者ども、それらは勝手な意見を押しつけ混乱をもたらす悪意だ。英雄? ご冗談を。力を背景に他国を変える行動は、すなわち侵略だ――」
たぎる殺意は限界を越え、声の響きとなって現れた。
「侵略者どもへの容赦など無意味。この国は我々のものだ。気まぐれな外異のワガママなどに振り回されてなるものか。この地に根を下ろすつもりもない者の言葉など、聞くだに耳が腐る。兵よ、この外異を排除せよッ!!」
墓地のような静寂に声は高く渡り、背後の兵達は一斉に銃火器を構えた。
機械のように正確かつ無慈悲に殺戮を行おうとする。
反射的に剣を掴んだけど、即座に斬りつけられる距離にはなかった。
状況の不利は明白すぎるほどに明白だ。
こちらは座り、あちらは立っている。
即座に動ける側と、立ち上がらなければいけない側。
銃を持つ側と、持たない無い側――
だけどそんなことは、最初っからわかっていたこと。
「はい、パス」
「おおよ」
僕がペスに投げたのは、魔法球。
七割でいいんだから、少しだけ貰っていってもいいよねと手にしていたもの。
スナップを効かせて投げたそれが、委員長の前を高速で通り過ぎ、待ち受けたペスの拳に割られた。
銃のトリガーを引く彼らの動作と、包帯を突き破って銀の腕輪をペスが展開するのはほぼ同時。
そして、八グラムの銃弾が火薬に弾かれる速度と、魔術の展開速度もまた互角だった。
殺意の嵐は、部屋中央を分断するように展開された魔術障壁にすべて弾き返された。
殺傷はただ片方へと降り注ぐ。
隔てられた向こうで、ガンスモークの白と着火着弾の赤と銃弾の直進が跳ねる様を見た。
死の威力を保証するそれは、兵達をダンスのように踊らせる。
「あ――!」
その中で、抜け目がないのが一人。
けしかけた当のアルフは、着席時と同じく、音もなくドアを開きその場を去ろうとしていた。
尻に火がついたような逃走は、だけど、敗北の姿というよりも開戦の合図だった。




