61.真相暴露について
「え……?」
僕の声は、ひりつくような静寂の中、思ったよりも大きく響いた。
ペスも驚いているみたいだった。
アルフさんは、驚いていなかった。
委員長は気軽に言葉を続ける。
「ええ、ありえません、さすがにそれは認められません」
「……失礼ですが、どうしてなのかをお聞きしても……?」
「それはもちろん、私たちが魔法球を運搬する以外のことを、たくさんさせられたからですよ」
そわそわと落ち着かない様子だった人が――アルフと呼ばれている人が、擬態を止めた。
冷静に、僕らを観察する目つきとなる。
「それは、どのような意味で?」
「わかっているはずなのに、そのような確認をする意味があるのでしょうか?」
「いいえ、なにもこちらはわかっていません、学ぼうとしているものの、あなたがたの文化を理解しているとは言い難い」
「ということは、明確に言ってもいいのですか?」
「ええ」
賭け事のことかな、と僕は思う。
僕らを利用しての金儲け。これを突破口に責めるつもりなのかと。
でも、勝手にそれをされて気分が悪いものの、交渉としてこれを上手く使うのはちょっと難しいんじゃないかとも思う。
だって、証拠を僕らは持っていない。
完全アウェイで物事を証明するのは難しい。今、現場に行ったところで、もうきれいに片づけ終わっているかもしれない。
そんな想像は――けれど、まったくの的外れだった。
「私たちは何人もの襲撃者を撃退しました、ときに殺害し、ときに逃がしてしまい、ときに捕まえて放置しました――これは、今となってはとても不思議なことです」
「……」
「襲撃者たちがいたこと自体は不思議ではありません。そのような賭博もあったようですし」
「さて、なんのことでしょうか、それは――」
「また、私たちが弱くて格好のカモであるという噂も流れていたようです。この国において未誕英雄とは幼児でも勝てる弱者の意ですよね、小細工が使えるというだけの」
様子が更に変わった。
その内側に殺意が発生したのを感じ取る。
「そのような未誕英雄達が財宝を運んでいるという情報をわざと流し、私たちを襲わせたのです。そう、私たちはもともと千人以上の大集団でしたが、最終的に生き残ってたどり着いたのはわずかであると、そのような賭け結果も提示されていました」
僕らを完全に隠したまま運んだ理由のひとつが、きっとそれだと理解する。
万が一にも僕らが『強そう』に見えたら困るからだ。
「一方で、狐央国の軍人さんとも接触しました。これほどまでに近くに他国の軍がいるにも関わらず、まるで焦る様子がないことは、それだけ『壁』を頼りにしているからだと思われます」
「ええ、ええ、それは、その通りです。遠くなるほど狙いが不確になるものの、攻撃有効範囲はかなりのものです」
だから接近されても気にしなかった。
壁近くまで引き寄せ撃退し、敗走する敵を徹底的に叩いた方が効果的だからだ。
納得する僕の隣で、だけど委員長は納得していなかった。
「それでも、面白くないのはたしかですよね? だから私たちを使ったのです」
「……」
「輸送物資を狙うのは常道です。敵国は当然これを狙います。そして、これを運ぶ私たちは自分の身を守るために戦わなければなりません――結果、あなた方は被害を出すことなく、敵に打撃を与えることができる。私たちは運搬役であると同時に、傭兵としての役割もまた期待されていた、そうではありませんか?」
しばしの沈黙の後、アルフは前傾姿勢になりながら、下から睨みつけるように言った。
「仮に……仮にそうだったとして、どこに問題が?」
「……」
「依頼書にも襲撃可能性の旨は記されており、その分の報酬も十分に渡している、にもかかわらずこれを不満だ、契約外の行いだ、嘘だと責めるあなた方の方がどうかしているのでは?」
「これだけならば、たしかにそうですね」
「ほう? まだ何か?」
「なぜ扶萄軍は途中合流したのでしょう、それもこの地点からほど近い位置で」
「はは、今度はこちらが出し惜しみしているとの不満ですか?」
「私たちが運ぶ魔法球は、この国の基礎となるものです。これがなければ成り立たない――それほどのものを、なぜ壊れても仕方のないモノのように扱っているのでしょうか」
「最近は軍の質も低下している、あなた方も出会った、あの人のようにですよ」
「魔法球が必要ないからだと、私は考えます」
さすがのペスも目をまん丸にしていた。
きっと僕のもそうなっている。
「なにを仰っているのか――」
「そう考えれば、様々な事柄に筋道が通ります。重要ではないからこそ、人々に強奪をけしかけることができたのです。重要ではないからこそ、他国がこれを奪おうとしても構わなかったのです。重要ではないからこそ、ただの餌として利用することを躊躇せずに済んだのです」
「……空想がお好きですか? いえ、これは妄想と言うべきですか、さすがにこれは失笑ものだ」
肩をすくめ嘲笑する様子は、もはやおどおどとした擬態のかけらもなかった。
「この国は、範囲が定まっていますよね」
「おやおや、流れが不利とみれば話のすげ替えですか?」
「水の壁の防御は絶対的で、その攻撃力も優れたものですが、守ることのできる範囲は一定です、でなけれあれほどの人口密集を放置するはずがありませんし――あのようなことをするはずもありません。この国では、増えすぎた人口は害悪にしかならないのです」
僕らに外を見せなかった理由の、二つ目。
外から見られないためだけじゃなく、僕らに外を見せないため。
情報の遮断のため。
「間引き……」
思わず僕はつぶやいた。
襲った人々の様子。貧しい装備。半端な意気地。
戦うためではなく、殺されるために来ているような有様。
「なんの証拠もないことを言われても困りますが?」
「それだけではない、そうですよね」
「我が国は慢性的な人口過密です、たしかにそうですが、無意味に自国民を殺すようなまねをするはずがない」
「意味があるからでしょう」
「はは、どのような?」
「血に魔力が宿るからです」
その声は、やけに深く、おおきく響いた。
ぞくりと、意味も理由もわからないのに背筋が震えた。
「私の仲間のひとりは濃く魔力を宿していますが、それは濃度の違いでしかありません。生きている者の血には魔力が宿るものなのです」
そういえばペスは、僕以外の人の血を吸うことを示唆していた。
しなかったのは委員長の反対にあったからであって、「そこに魔力が無いから」じゃない。
「仮に間引きであったとすれば、私たちが殺した数はあまりに少ないものでした。必要な数だけを行い、大半を見逃しました。これでは、人口調整の役にはまったく立ちません」
「委員長、それは――」
「戦闘の結果、私たちは殺傷だけではなく捕縛もしていました。ですが、彼らと再び出会うことはありませんでした。後ろから追いかけられることがなかったのです。一度逃げた人たちが再襲撃を仕掛けてくることもまたありませんでした。襲撃は常に森からであり道を通って来た者は一人としていませんでした。私たちが実はたった数人であることが都市内部に伝わることはありませんでした。それを伝える人間が誰一人としていなかったのです。そして、私たちが軍に脅されていたとき、とてもタイミング良く助けが入りました」
嫌な予感なんてレベルじゃなかった。
確かな実感として、その形がわかった。
「私たちが本当に期待されていた役割とは、魔法球の運搬でもなく、傭兵でもなく、間引く役でもなく、誘蛾灯。扶萄国の貧しい民をおびき寄せるため、彼らが帰ってこないのは未誕英雄が殺したからだというストーリーを作るため……」
息をつき。
「なによりも、軍隊が道にて陣取り、油断していた彼らを捕らえ、その血を残らず搾り取るため、『魔力をそこから得るため』ですよ――」
魔法球をメインではなくサブの供給源とする。
メインの供給は――人の血、そこに宿る魔力。
襲撃してきた人たちの顔が次々に浮かんだ。
この都市内部の人たちは僕らのことを知らない、『伝わっていない』、その事実が重くのしかかる。
手を広げ、なんでもないことのように委員長は言う。
「つまり私たちは、大量殺戮の手助けをさせられていたのです」




