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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
遠征
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60.交渉開始について

城門というか「水の門」をくぐる少し前、僕らの馬車は完全に外部から遮断された。

幾重にも厳重に封鎖が施され、外の様子はカケラも見えない。

本当に犯罪者護送みたいな扱いだ。

当然だけど、気分は良くない。馬車内の雰囲気も最悪だった。


見知らぬ兵士のいうことを素直に聞く馬たちが、こんなときばかりは恨めしい。

呑気に石畳を進んでる。


「壁の中は、多少の湿気がやっぱりあるみたいだね……」

「……水を操ってるだけだからな、こんだけ膨大なら多少は拡散するだろ」


照らすランタンは揺れている。

そうしなきゃいけないくらい密封されていたし、暗かった。

僕らのイライラはますます募る。


逆に委員長は、目を閉じ、首輪に手を置きながら、静かにこの状況を楽しんでいた。たまにゾクゾクと震えてた。

たぶん、なんかのイメージでプレイの最中だ。ときどき聞こえる声から推測すると、委員長の脳内ではヤマシタさんが凄いことになっているみたいだった。


外の様子はまるで見えないけど、それでも音や振動や匂いや雰囲気は伝わった。

歓声と罵声と、狂喜乱舞と絶望の悲鳴と――

さまざまなそれらはまるでお祭り。


ぶつけられる対象となっている僕らは、絶賛カオスなお通夜状態。

ペスは舌打ちしながら、たまに僕の指とか噛もうとしてる。

委員長はぷるぷる打ち震えてる。

僕はデコピンで反撃しながら、くんくんと鼻を動かした。


どこか嗅ぎ慣れたような香ばしい匂いがしていた、たぶん出店みたいなこともしているんだと思う。

お腹が鳴るし、飯を寄越せな気分にもなる。


なんで僕は大人しく従っているんだろ?

そんな疑問もふと浮かぶ。

悩む答えは、さんざんに邪魔されたからなんだろうな、ってものに行きついた。

色んな人が襲ってきた、これを撃退した、血だって結構流れた、なのにちゃんと届けることができないのは嫌だ。

半端な行いは、僕らを襲撃した人たちの完全な否定だ。それは価値あることじゃない。


うんうんと頷く横で、ぱち、と突然委員長が目を開けた。

それまで身をよじっていた様子が嘘みたいに真面目に、そして意外そうな顔になった。


「なるほど――どうやらあのアルフさんという人、けっこう食わせ者ですね」

「どうして?」 

「どうやら外では賭事をしているようです、私たちがどれだけの数の魔力球を持ち帰ることができるか、その正確な数字を当てるルールです。外の歓声はその結果を知った人たちのものですね」

「……僕ら、本来なら達成率百パーセントだったよね」

「うっわ、すっげー狡いことしてんな」


わざと割って、自ら数を調整した。

あのおどおどしていた人は、実のところ八百長やって大儲けをした人でもあった。


「まあ、僕らが損したわけじゃないし、別にいいんだけどね」

「おいおい、それでいいのか」

「仕方ないよ」

「おまえ、なんか腑抜けてるぞ?」

「そう?」

「こういうとき、真っ先に剣抜いて斬殺して、血しぶき浴びながら高笑いするのがおまえだったはずだろ」

「僕の過去を捏造しないて欲しい!」

「どっちにしても消極的だ」

「いや、それは――」

「なんだよ」

「なんとなくだけど、懐かしい感じの匂いがしてるから、そのせいかも」


依頼を完遂しなきゃって思いもあるけど、敵対心というか、敵地にいるんだって気持ちがいまいち湧いてこないのも本当だった。

心のどこかが完全に気を抜いてる状態だ。


「そうかあ?」

「自分でもヘンだと思うんだけどね、こればっかりは自分でもわからない」

「たしかに妙な匂いはしていますが、懐かしい、ですか?」

「うん――」


委員長の疑念はもっともだった。

未誕英雄なのに、懐かしい。幼稚園児が「ああ、これだよこれ! 昔よくやったよなぁ!」とか言い出すようなものだ。どうかしてる。


「本当に、なんでなんだろう……」


僕という人間が僕にもわからない。

何度かあった経験だけど、何度目であっても慣れることがない。


とつぜん地面が液体になったような不安を感じながら、僕らはそのまま粛々と王城内部にまで通された。



 + + +

 


ようやく馬車内の閉じこめから解放されたけど、要注意人物扱いは変わらないままだった。

若干あった疑念は、ますます強固になった。

というよりも、僕らの前の未誕英雄たちは本当に何をやらかしたんだろう。


そして、ここまでの警戒をしているのに、僕らを王城内部にまで通しているのは、いったいどんな理由なんだろう?

ただ魔法球が必要なだけであれば、外で受け渡しをすればいい。


同じ扶萄国の軍、片方は僕らを脅し、片方は僕らを護送した。

行いは正反対だったけど、実は基本的な対応はずっと一緒だったんじゃないか?


つまりは――『異物』としての扱いだ。


「ええ、その、こちらへ」


アルフさんが案内してくれたのは、王城の中でも端の方にある離れ。

ぽつんと小さな一軒家状態の、やけに頑丈なつくりのところだった。

内部はやけに質素で、モノが少ない。


白くてすべすべした石で出来たテーブル、同じ素材で出来たイスだ。

豪奢なのはそれくらいで、あとは窓すらない石造りの部屋だった。


こちら側には三つの席が。

向こう側には席が一つだけあり、壁際には兵士たちが無表情に五人ばかり並んでる。どうやら扉は両方側についてるみたいだ。


静かだった。

それこそ「ここは昔、墓地だったんだ」と言われても納得できるほど。

死を思わせる静寂と静謐。

音を出すことが、なんだかとんでもなく罰当たりで論外な行いに思える雰囲気。


アルフさんは、その情緒を壊すことなく着席した。


こちら側はまだ立ったまま、僕は戸惑い、ペスは不満を表し、委員長は控えめにたたずんでいた。

なんか僕ら、場違いなところに来てない?


どうしようかと思うけれど、まずは僕が動くことにする。

一応、僕らこの依頼を取ってきた人間だ。率先して動かなきゃ駄目だろうと思う。


ほとんど反射的に左の席を取った。

ギギギと椅子引く音が鳴ったけど気にしないことにする。

こちらの方が、若干剣を抜き易い。このテーブルの分厚さだと斬り通すのには十分な『掴み』が要るから、即座の対応を考えればここしかない。


ペスは最初から交渉とかする気がないから右の席を取っていた。

頬杖をついて知らん顔を最初からしている。不機嫌そうな様子だ。


必然的に真ん中――交渉する役目的な位置に委員長が座ることになってしまった。

しまったと思うけれど、もう遅い。


「まず、依頼を受けていただき、またこの達成を心から感謝したします――」

「はい、がんばりました」


そして、委員長も率先してその役目を引き受けていた。


僕らの魔法球はすでに受け渡し済み。アルフさんの前には報酬らしき樽が重々しく用意されている。

これを受け取り、あとは書類にサインをして終わり――


そのはずなのに、妙に雰囲気がぴりぴりしていた。


アルフさんは猫背で、あいかわらずおどおどしていた。

委員長は背筋を伸ばし、仮面のような作り笑いを浮かべていた。


「ええと、その、ですね、たしかに規定数以上の運搬達成が認められました。この報酬として通常通り物品でのお支払いで、その、よろしいでしょうか……?」


報酬支払い。

こちらは七割以上を持ち運んだんだから、満額のそれだ。

契約通りに行う、その当たり前を――


「いいえ、もちろん、駄目です」


委員長は、笑顔で否定した。


委員長のターン

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