59.絶景鑑賞について
わお――
ようやく到着した目的地。
一目見て、口に出来た言葉はそれだけだった。
正直、この世界をちょっと甘く見過ぎていたかもしれないと反省する。ここは、決して侮ってはいけないところだった。
町と外、その境界線上に普通あるのは城壁だ。
敵の攻撃を防ぎ、味方を守るボーダーだ。
大砲とかが登場してからは役立たずになったものだけど、高さと頑丈さで防護するコンセプト自体は侮れるものじゃない。
まして扶葡国を取り囲む城壁は――残らず全て水だった。
一見するとただの噴水。板状に吹き出るあれ。
向こうが透けて見えるそれは、実にここでは数メートルの分厚さがあった。
それが、真上への噴出と下降を繰り返している。
高さに至っては、どれだけあるのかわからない。
遠くのこの位置から見れば、都市の様子はまるでミニチュアの模型みたいに見えた。
透明な円筒形に囲まれて、王城や整備された町並みや乱雑なスラム街や道行く人たちの様子がある。
「やるなぁ」
「絶景ですねー」
陽光に照らされて、きらきらと綺麗に反射していた。
アルフさん――ちょっと髪の毛が薄くなって、覇気がない感じの人が、照れと諦めの表情で言った。
「ええ、ええ、ですが意外と問題も多くあります」
「え、そうなんですか?」
「はい、ええ、よく鳥が引っかかってしまい、こう、たまに赤くなったりですね……」
「あー」
高層建築にありがちな問題は、こんな綺麗なものであっても解決できないものらしい。
「他にも、洗濯物が乾きにくいのもありますし、壁の円周を広げることができませんし、若者の一部が壁乗りと称してボードに乗り、どれほど高くまで行けるかを競争しています、ええ……」
外からみればただ綺麗なだけだけど、実際に住むとなるといろいろ大変らしい。
「あの、ええ、そのですね――もうそろそろ戻っていただいた方が、そのこちらとしても――」
ぺこぺこ謝りながらの言葉だった。
僕らが今いるのは、最後の休憩地点だ。
もう半日もしない内に到着する位置にいる。
周囲の薄汚れてしまった兵士たちは、可能な限り身綺麗にしていた。
破損してしまった銃火器やら、馬周りやら器具やらを整え、外からできるだけわからないようにしている。
僕らの馬車も、結構な封印というか完全護送状態にしている。
ぺスはそれを嫌そうに見ていた。
「別に歩いて向かってもいいだろ?」
「ええ、その、ええとですね……」
困った様子だった。
まあ、襲ってきたから撃退したとはいっても、僕らはこの国の人たちを結構殺した。なのにノコノコ顔を晒して歩けばトラブルを招く。それは誰も望まない面倒だ。
「ペス、あんまりワガママ言ってもだめだって」
「なんか気に食わねえ」
「おーい」
「おれたちはモノを届けに来たんだ、なのに、おれたちが守られて運ばれてどうすんだよ?」
「まあ……たしかにそう言われてみればヘンかもしれない」
「私は好きですけどね、狭いところに入れられて望まないことを強制されるの」
「えー、趣味悪いぞ、おい」
「委員長ってヘンな方向にポジティブだよね……」
「そうですかね? 誰だって一度は手錠と足枷をつけてムチ打たれて強制労働をしてみたいものではありませんか?」
「それ、間違いなく少数派!」
委員長は不満顔だった。
僕の断言が理由というよりも「もっと適切で愛のある猫ツッコミを……!」とかそういう感じだ。
「申し訳ありません、ですが、その、壁内は必ずしも安全ということはできず、皆様におかれましては――」
「ハッキリいえよ」
「……その、水壁内部における刃傷沙汰は固く禁じられておりまして、仮に怪我人が出るなどのことが起きた場合、最悪死刑までがありうると申しますか――」
「あー」
少しだけ、理解する。
「今までに、僕ら未誕の人たちが、そういうトラブルを起こしたんですか」
アルフさんは、しばらく迷った末に、こっくりと頷いた。
「おれ、別にそういうことしないぞ?」
真面目な顔だった。
「ペス、嘘はいけない」
「嘘じゃねえよ」
「包丁持った人が復讐と憎しみを叫びながら突進して来たら?」
「殴るのが礼儀だ」
「はい撤収」
僕はペスを引っ張り、馬車内に戻った。
不満そうに噛みついてくるのをなんとか防ぐ。
+ + +
僕らは守られ、同時に隠されながら、王城内部まで運ばれることになった。
「でもな、あの水壁は、もうちょっと見たかったな」
「そうなの?」
「あれ、魔術制御でやってたぞ」
意外、でもないのか。
あれだけのものなんだ、他に答えはない。
「例の魔導機械で、かな」
「だろうな、たぶん防御だけじゃなくて攻撃もできるんじゃねえかなー」
少しだけ、納得する。
敵国がここまで攻め込んでいるのに、いまいち緊張感というか、戦争が起こるのでは!? みたいな感じがないのは、この水壁があるせいだ。
まして防御だけじゃなくて攻撃までできるらしい。それがどういうものかはわからないけど、銃火器の所持が一般的ではなくなるくらいの威力はあるらしかった。
「特殊能力系統も防ぐみたいですね」
「……え?」
「かなりの耐性があります、外からの防御は完璧のようですよ」
「委員長、どうやってそれを知ったの?」
委員長はにっこりと笑った。
「大丈夫です。ちょっとだけ不運のお裾分けをしてみたのですが、壊れることなくはじかれましたから」
「国家規模の危機起こそうとしないでよ!?」
「流動的なものが対象だから無理だったんですかね? それともなければ他の理由があるのでしょうか、とても興味深いです」
腕を組み、かなり真剣に悩んでた。
「へえ……おれが全力でやった場合、どうなんのかな」
「ペスも落ち着いて」
「あんなもんがあれば、誰だって壊したくなるだろ?」
「そうですよね、それが人情というものです」
「気が合うな!」
「ペスティさん、二人で力を合わせればこの難題もきっと越えられるのではないでしょうかっ」
「おお……国に喧嘩売るとかおれ初めてだ!」
「きっとすばらしいことになること請け合いです!」
「怨嗟とか阿鼻叫喚とか呪詛とかが、おれたちだけに来るのか……!」
「安定しているものを突き壊してみたくなるのは人の性、みんな心の底では絶対的なものがあっけなく壊れてしまう様を見てみたいと願ってしまうものなのです、我々で、その願望を叶えあげましょう!」
「よおし、いっちょ――」
「ねえ、そこの魔王と破壊神、冗談はそこまでにしよう」
「え、なんの話だ?」
「駄目じゃないですか、ここは乗ってくれないと」
ペスはきょとんとした顔で、委員長は人差し指を立ててたしなめて来た。
委員長は本気なのかおふざけ半分なのか微妙だけど、ペスは完全にやる気だった。
周囲から若干白い目で見られたような気がするけど、これは気のせいってことにしておく。




