58.護送状態について
後から来たのは、本当の扶萄国の軍隊だった。
ずっと僕に腕を掴まれ暴れていた人は、叫ぶ言葉を「撃て、殺せ」から「離せ、逃げさせろ!」に変えていた。
僕はもちろん掴んで離さない。
唾が飛んで正直不愉快だったけど、この場で離す道理は無い。
目の前で整列していた兵士たちも戸惑っていた。
後ろでは別の軍が接近中、前では僕が人質保持状態の最中。
そして、命令を発する人が「近寄ってコイツを殺せぇ!」「痛い痛いねじ切れるぅ!? 駄目だ、止まれぇ!」「とにかくなんとかしろっ!」と叫んでる。そりゃ戸惑う。
むしろ何人かいる、据わった目つきでスナイプしようとしてる人たちの方が危険だった。
この軍人が何をしたか知らないけど、相当な恨みを買っていたらしい。
むしろ僕が射線に入る必要があった。幾分か理性はのこっていたようで、発砲してくることはなかった。
でもこれ、考えてみれば盾を守るために体を張ってる状態だ。
あと、ペスがうれしそうに彼らの復讐行動を応援をしようとしていたから、こちらも警戒しとかなきゃいけなかった。
孤軍奮闘だった。
到着した後発の軍は、一定距離で伝令を出し紹介と照会をした。
あちらは正式な命令書と王剣とやらを見せて、正式な軍であると証明する。
こちらを依頼書を見せて、たしかに僕らが未誕英雄世界から来たことの証とする。
僕が抱えている人は「またか」という顔でさっさと引き渡されることになった。
この人は初犯みたいだけど、結構起きていることらしい。
僕らを脅そうとしていた人は、厳つい人たちに両手を抱えられることになった。
狼狽え焦り何かを叫んでいた。
一応はまだ威張ろうとしてるけど、今までとは違う力学に巻き込まれて戸惑い、どうしていいのかわからない様子だ。
悪徳政治家の最後、そんな言葉を連想する。
もう二度と会わないことを願う。
そうして、ようやく僕らはこの国の軍隊と合流することができた。
まあ、それでもなんかヘンだなぁ、って感じは変わらなかった。というか――
「なんなんだろうね、これ」
「わかんね」
「どうなっているのでしょうねー」
表立って交渉してきた責任者は、やけに丁寧な物腰のひょろっとした人だった。
ちょっと軍人とは思えない。
つけていた黒縁のめがねが、なおさらその印象を強くした。
名前は確かアルフとかそんな感じ。
そのアルフさんは、だいたいおどおどしていた。
魔法球の数を確かめようとしていたけど、震える手からこぼれて落として何個か台無しにした。
ちょうど野球ボールくらいの大きさのそれが、上手い具合にバカンバカンとまとめて壊れた。
ペスは、もったいないとばかりに凄い勢いで吸い込んだ。
その様子を見ながら、そういえば七割以上持ち運べば達成でよかったんだよなぁ、ということを確認する。
うん、七割でいいんだよね、うん……
狐央国の軍が展開してるって僕らの報告も真面目に取り合い、軍を半分に分けた。
無言のままに兵達は従った。
残される方は悔しさと忌々しさ、僕らと戻る方は安堵と気楽さ。わかりやすい落差だ。
そう、いろいろキチンと対応してくれる。
でも、だんだんと、「なんかヘンじゃないか?」って感じが強くなった。
三食料理は出るし、襲ってくる敵もいない。
水汲みとかも代わりにしてくれるし、沸かした湯と濡れタオルの類もくれた。当然のようにガタついていた馬車の一部を補修してくれたし、野営ごとに簡易トイレも設置された。トイレは、そう、トイレは本当に大事だ……!
完璧に至れり尽くせり。でも同時に、僕らは完璧に「閉じこめられていた」。
貴人とか偉い人とかVIPとかのボディーガードって、襲撃者を警戒すると同時に、護衛対象者を見張っている。そういう状態だ。
唯一、監視が外れるのは馬車の中だけで、自然と僕らはそこに集うことになった。
「……襲撃されることはないし、対応として、まあ、ある意味では当然なんだと思うんだけどさ……」
なにせ僕らは「わけのわからない者」たちだ。
未誕英雄世界から来たとはいっても、それは本当に暴れないことの保障にはならない。
だから、僕らの馬車を中心にして、何十にも兵団が取り囲む様子も当たり前といえば当たり前、なのかな……?
「これ、護衛って感じじゃねえだろ、どっちかっていうと護送だ」
「荷物運びをしていたら、いつの間にか犯罪者扱いで護送中……」
「つまんないです」
僕らはだんだんとイライラが募った、委員長だけは足をぷらぷらさせながら別方面の不満を露わにしていた。
「なんか、妙なことに巻き込まれてる感じがすごくする……」
「そうですかね、そうでもないと思いますよー」
「え?」
そうなのかな? とペスを見る。
おれに聞くなと顔に書いてあった。
「現在、見たままのことした起きていません。あの面白おかしく待ちかまえていた軍人さんは、きっとお金が欲しかっただけです、いま私たちを護衛している人たちは、きっと知られたくないだけです。つまりは情報封鎖ですね」
「なんだよ、おれたちに何を知らせたくないんだ?」
「もちろん、そんなことは分かりません!」
挙手しながら元気のいい返事だった。
外では騎馬兵の一部が騒いだ。たぶん鐙が外れたとかそういう不運が起きたんだと思う。
「おいおい」
「分からないものは分からないのです、だから推測することしかできません」
「それってなに?」
「きっと彼らとしては大切なことで、私たちからすればどうでもいいことです」
「んじゃ知らなくても問題ねえな」
「いいのかなぁ……」
思わずぼやく。
「大切なものは、人によってそれぞれ違うものなのです」
「……委員長にとって大切なことって?」
答えはにっこりとした笑顔だった。
その指は首輪に触れている。
だけど、ロープはついていなかった。
+ + +
たった数日の、護送されながら旅行は、物凄く退屈で、とてつもなくつまらなかった。
便利で安全で快適であることは面白いわけじゃないんだってわかった。
僕らが決めたちっぽけなこと――夜の見張りだとか、トイレのやり方だとか、料理で騒ぐことは、なにもかもが取り上げられた。
何回かペスが暴れて、料理を強引にやったけど妙な雰囲気になっただけだった。
黙って身動き一つしない人間の群って、妙な迫力がある。
カレーうどんを食べる僕らを、直立不動で鼻をふんすふんすと動かす人たちが取り囲む状態だ。めちゃくちゃ食いにくかった。
そう、旅は「僕らの旅」から、「彼らの行軍」へと変わった。
優先するべきものが、根本から変わった。
きっと、それが不満の源泉だ。
まあ、だけど、本当はあんまり文句をいえない。
というか、ちょっと僕らが彼らに謝らなきゃいけないのかもしれない。
だって、行軍の途中、彼らはいくつもの不運に見舞われた。
季節外れの豪雨とか、伝達ミスとか、簡易トイレの壁が一斉に壊れるとか、料理の中に栽培禁止薬草が混じっていたらしく夜通しみんなで歌って騒いで馬鹿騒ぎとか。
最後だけはけっこう楽しかったけど、車軸が壊れて倒れるとか、手綱がちぎれるとか、鎧と衣服が同時に外れて真っ裸とか、そういう小さなものは、日数が経過するに従って頻度を増した。
最初こそ、彼らは反省したり、気のゆるみを引き締めようとしたり、叱りつけていたみたいだけど、後半になると「よかった、全員のパンツのひもが一斉に切れただけだ……!」みたいな雰囲気になった。
人間って、なんでも慣れるものらしい。
それらを乗り越えることに慣れている僕らは、ときに励まし、ときにアドバイスした。
酷いマッチポンプだけど、お陰でぴりぴりとした緊張具合は緩和された。
「やはり、不運とは人の和を作るために必要なものだったのですね……!」
委員長が、ヘンな確信を得ているような気がしたけど、あんまり間違ってるような気もしなかったから放っておくことにする。
そうして、僕ら一行は、ようやく扶萄国へと到着することになった。
全員がボロボロの有様だ。
まるで激闘を潜り抜けた後みたいだけど、単純に運がなかっただけだった。責任者的な位置にいたらしいアルフさんは、青い顔で胃のあたりを抑えていた。




