57.喧嘩売買について
待機していた扶萄国の軍隊は山賊たちと違って、ちゃんと重火器を持っていた。
整列しながら保持してる銃口は、今のところ青空だけを指している。
整然と並んだ人の群と、人を殺せる凶器、この組み合わせは間違いなく威圧的で、背筋の辺りがぞくぞくと寒くなる感じがした。
ちょっとこっちが対応を間違えたら、引き金が引かれる。
この距離、このタイミング、この数であれば、僕らは蜂の巣だ。
もしかしたら、僕とペスだけであれば助かるのかもしれない。僕は『掴み』と剣をフルに活用し、防御に徹すれば不可能じゃないし、ペスはあの身軽さであれば回避し切る可能性がある。だけど、それは委員長やヤマシタさんの犠牲と引き替えだ。
僕の命と、仲間二人の命の危険、比べれば後者の方が重くなる。
僕の価値判断は、そうであると疑わない。
この場は慎重にことを運ばなきゃいけない――
……そういう事柄を、誰よりも理解しているのはきっと、集団中央にいる男だ。
未だ遠い位置にいるその軍人は、にやにやと笑いながら僕らを出迎える。
圧倒的な有利を自覚している。
半端な長髪や重そうな勲章にわざと着崩した軍服。
指をもてあそぶようにクルクルと回す、まるですぐにでも発射の合図を出すかのように。
「うっわ……」
ペスが嫌そうにつぶやいた。
僕もかなり同感だった。
歓迎されてる対応じゃない。
隣の部下が恭しく拡声器らしきものを持ち出した。
偉そうな男が、偉そうに持ち上げ、偉そうにいくらか前進し、嘲笑を浮かべながら――
「あー、そこの外世界の者たちぃ? 下賤の君たちはそこで止まるように、いいね? わかるね? 理解できる? 言葉通じるぅ?」
くっひっひひと、しゃっくりのように笑った。
「よし、殴り殺そう」
「ペス、落ち着いて」
「気に食わねえにもほどがある」
「だからって味方にいきなり喧嘩売っちゃ駄目だよ」
「あんな味方とかいらねえよ、アレ、こっちを見下げてる。おれたちが馬鹿にされてんのに耐えろって?」
がらがらと馬は前へと進む。
ヤマシタさんは、据わった目で停止命令を無視していた。
「んー……」
「ペス、状況を考えよう、この場で戦ったら僕ら全員が危険だ、ここは考えて行動することが――」
「そですね、考えるまでもないことです、ペスティさん、やっちゃってください」
「よしきた!」
「ちょ!?」
すでに声は聞こえる範囲だった。
遠くの嘲笑が驚きに上書きされた。
「き――」
その軍上官らしき人がなにを言おうとしていたのかはわからない。
「ハッ!」
ペスの笑みが深くなると同時にダッシュしたからだった。
更に慣れた身体操作能力は、その場から消えたとようにしか見えない。
数人が慌てたように銃で狙おうとしていたみたいだけど、まるで間に合わなかった。
走ると言うよりも跳ぶように加速し、魔力の疾走跡を作りだし、凶悪な笑い顔が深く歪み――
踏み込みの衝撃と破砕音。
気づけばその軍人の後ろ、拳を振り抜いた体勢でペスはいた。
拡声器がバラバラに壊れ、手は後ろへと弾かれ、指の何本かは本来とは違う方向を向いた。
大口径の銃弾で撃ち抜かれればこうなるだろうと思える有様。
驚きが叫びに変わるより先に、ペスは急停止からの再加速、壁に跳ね返ったボールみたいに引き返した。
跳躍しながらの回転蹴り、片手を破壊された軍人は叫びながらも拳銃を手にしようとしていた。周囲も慌てて行動しようとしている。
「はい、そこまで」
だけど、さすがにそれは、僕が到着するのに十分な間だった。
ペスの蹴りは片手で防ぐ。そこそこ手加減していたのか結構軽い。
もう片方の手は拳銃を『掴んで』使い物にならない程度に変形させた。
引き金を引く動作は、ただの指の運動になっていた。
「ペス、やりすぎは良くない」
「おいおい、この程度でか?」
「き、貴様等! はは離れれろ! 化け物どもがッ!」
「僕らは、荷物を運びに来たんであって、喧嘩を買いに来たわけじゃないよ」
「売る方が悪いに決まってんだろ?」
「そうかもしれないけどね」
「貴様等のような外異が、誰の許可を得て――」
「あなたは誰ですか?」
にっこりと笑顔を浮かべて言ってやる。
あともちろん離れない、それすれば僕らは射的の的になる。
「そんなことも知らんのか、我々は――」
「名乗りもせず、停止だけを小馬鹿にした様子で告げた人なら知っていますが、あなた方が誰かを僕らは知らない」
まあ、推測はできるけどね。
だけど、初対面で所属や立ち位置をきちんと告げないのであれば、暫定敵扱いでも仕方ないと思う。
「ああ、失礼、こっちがそれをしていなかった。僕等は扶萄国まで魔法球を運ぶ依頼を受けて来たものです。もう一度、聞きます。あなたは誰ですか?」
顔を真っ赤にしていた。
どうやら激怒させてしまったらしい。
あきらかに『下』の者が対等に話しかけてきたのが気にくわない――
たぶんそんな感じなんだろうなと思う。
「やっぱり山賊なのかな……」
ぽつりと思わずそうつぶやく。
正確にいえば地方領主とかそういう感じの、「正式の軍隊持ってるけど独自性もある」勢力が僕らの荷物を狙ってきた。
村人が勝手に山賊やるのと違って、軍隊を利用した山賊行為だ。
よりタチが悪いし、より厄介だ。
一度でも魔法球を押収されたら、あとはどれだけ僕らが文句を言っても返ってくることはないし、通じることもない。財源として利用されて終わる。
なにせ僕らは国外ところか世界外のものだ、公正な扱いをしたところで得する者が誰もいない。
僕のつぶやき声は、どうやらばっちり聞こえてしまったらしい。
表記不能な叫び声と唾をまき散らしながら、僕らを指さし、何かを叫んだ。たぶん、「撃ち殺せ」とかそういう感じのことを。
困ったと思いながらも周囲をたしかめ見れば、後ろにヤマシタさんと委員長はいなかった。隙を見て移動したらしい。
ペスは未だに横にいるけど、さっきの速度を見れば結構安全だと思う。
あとは僕だけ、うん、きっと何とかなる。
少しだけ気楽になりながら、僕は叫ぶ男の腕をひねり上げ、盾のように構える。
きちんと『掴んで』いるから、絶対に外れない。
銃を構える人たちの大半は戸惑い行動に移せないけど、何人かは「待ってました」とばかりの勢いで狙いを定めた。
そりゃこんな絶好のチャンス、逃すわけがない。
なにせ当の本人が「撃て」って言った。
「ま、ちがう、撃つなぁあああ!!」
「ペス、逃げといて」
「あー、必要ねえんじゃね?」
ばたばたと足を動かす男の叫びをBGMにしながら、ペスは呑気にあくびまでしていた。
「おれらのピンチか、それとも助けかわからんけど、事態は動いたっぽい」
「んん……?」
どういうことかと思う僕の思考に、別の視界が訪れた。
ヤマシタさんのそれだ。
いつの間にか敵集団の背後にまで回っていた。
伝達された情報は、「別の扶萄国の軍隊」が接近していることを伝えていた。
今度こそ本物であればいいなと思う。




