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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
遠征
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56.疑問列挙について

結局、ペスも戦闘に参加するようになった。

あれだけ動けて、それでも拒否する理由は僕にはなかった。


それでもその脆さ自体はやっぱり変わっていないわけで不安な部分もあったけど、実際やってみればそんなものは吹き飛んだ。


そう、僕らは運ぶ物品を守りながら進まなきゃいけない。

前方と後方で戦っている間に、横からこっそり来て魔法球を盗んでそのまま逃走とかやられたら、それだけで僕らは「負け」になってしまう。

必要なのは、なによりもまず戦闘参加の人数であり、素早い移動速度を持つ人だった。


そしてぺスは、千切っては投げるような獅子奮迅の活躍を見せた。


「やっぱ見てるだけってのは駄目だなー」


がしぃん! と拳を打ち鳴らしながらの言葉。

凝固した魔力の衝突音だった。それは敵にぶち当たるとけっこう生々しいものになる。


そして、その響きは結構頻繁に鳴らす必要があった。


狐央国の軍人は本当に一人も来なかったけど、その代わりみたいに扶萄国のならず者というか遊び半分的に襲いに来るような連中は、だんだんと頻度を増した。

三日目、四日目、五日目、六日目と、近づくほどに増えるし、その質も下がった。


火縄銃で脅してきたり(火縄に火がついていなかった)、骨董品というか錆だらけの両手剣をふらふらと持ち上げたり(直後にひっくり返った)、罠をつくろとしていたり(作成途中で出くわした)、なんかよくわからない書類を掲げて点検させろとか言ってきたり(とりあえず燃やしておいた)、ボードゲームで勝負だとか言ってきたり(無視)、色仕掛けしようとしてきたり(委員長が泥棒猫!と叫んでいた)、孤児らしき子供たちの集団が来たり(狐央軍人にはゼッタイ気をつけるよう忠告した)、なんとか拳法の使い手たちが登場したり(ペスがあっという間に倒した)――


なんていうか、襲撃じゃなくて遊びに来たんじゃないかと思えるような人たちだ。

彼らを殺すのはさすがに忍びない。かといって、対応せずにスルーできる相手ばかりじゃない。手間暇と時間だけがかかる感じだった。


あと、揃いも揃って森方面から襲いに来てるのは、なにか決め事でもあるのかって聞きたいくらいだ。


もちろん、まじめに、って言い方はヘンだけど、ちゃんと僕らを殺そうと来る人たちもいた。

でも、そういう人たちも、優秀とはちょっと言い難かった。


襲撃のタイミングもかなりバラバラ。

たとえば、横から強襲するつもりで森から道へと踊り出て、「あれ?」とばかりに左右を見渡して、ようやくまだ僕らが到着していないことを発見するとか、そういう具合だ。

というか、目の前でいま実際にそれをやられた。


ため息をつきながら、僕は剣を引き抜いた。今日これで何回目だっけ?

横のペスも笑いながら戦闘態勢に入った。


見れば襲撃者は三十人ばかり。数だけは多い。

振り返り、馬車を見る。

ヤマシタさんは無表情にこっくり頷いていた。周囲に伏兵の類も無し。


口上というか、女と金を置いてけば命だけはうんぬんは聞き流す。耳にもしたくない。


あまり広くない道を二人で走った。二筋の疾走跡が平行に突進する。

最初は剣を手にした僕、少し遅れてペスだった。

この順序ばっかりは譲れない。というか、あの速度で突進されたらまったくフォローできなくなる。


ぺスからすればかなりの遅さ、それでも敵には混乱が生じた。

お守りみたいに敵が振っている凶器の数々は、脅しにもならない。


一番槍は僕。

体躯の大きい、なにか喋っていた髭面めがけて剣を振った。

反射的な防御行動はあまりに遅い。

駆け抜けながらその胴体を真っ二つに分断させる。唖然とした声と吹き出る血とたまらない悪臭が広がり切るより先に、周囲の人間の指を狙って攻撃を仕掛ける。


動作としては、横一閃からの一回転。

剣に纏わりつく風が血を吸い込んで半回転する間には、すでに別の場所へと跳躍。

一拍遅れて上半身が倒れ、周囲の山賊の指から血が吹き出す。


――まずは、敵のトップを潰す……


これだけの人数となると、手加減して斬っているとむしろ被害がデカくなる。余計な時間をかけるだけのメリットもない。

頭を潰し、それでも戦意がある場合は――


「引くな、敵は二人だ、コイツらさえブッ!」


ここぞとばかりに声を張り上げる相手を、ペスの跳び蹴りが貫いた。

巨大なゴムで弾き飛ばされたみたいに吹き飛び、木にぶち当たって気絶した。


血臭が鼻をつき、呻きと痛みへの驚きの声が上がり、統率する者たちが瞬殺されたことを認識――


敵集団が「トップの敗北」を理解するそのタイミングで、ペスが魔力の篭もった怒号を発した。

それはドラゴンの咆哮すら連想させる衝撃だった。

肌どころか内蔵までびりびりと痺れ揺らす「魔力の波」だ。


これは本来であれば脅しにもならない。

だって、なにかの攻撃になるわけじゃないんだ。

未誕英雄世界の人たちにとってはそう、でも、この世界の人たちにとっては――違った。


それがただの大声じゃないとわかる、だけど、それが何かわからない――根元的な恐怖を与えるものと化す。


強い奴に仲間が倒されただけであれば反発心と闘争心だって湧く。だけど、理解できないものに対しては、「わからない」ことしかわからない。

増大し続ける不安は、なによりも人を怯えさせる。


だめ押しが必要かなと、僕は風を『掴ん』でみた。

剣に空気が吸い込まれ、血風が螺旋状に昇ろうとした。


それを見た人が「ひっ」という声と発し、尻餅をつきなが逃げだし――あとは雪崩を打つような有様で集団は瓦解した。


武器さえ手放しての、全力疾走。

ひょっとしたら襲いに来たときより早かったかもしれない。


「いや……せめて気絶した人くらい連れて行こうよ……」


脅した側ではあるけど、もうちょっと冷静さを残して置いて欲しかった。


僕は死者を埋葬し、気絶した人を適当に縛っておいた。

あんまり進まないのは、こういうことをしているからなんだろうなとは思うけど、さすがに放置するのもダメだろうと思う。



 + + +



「なんかよー、もういっそ生首とかごろごろ馬車上に置いとくか」

「完全蛮族スタイルだけど、もうそれでもいいかもね……」


そして、そんなことを繰り返すと、さすがに思考が殺伐としてくる。

別に好んで人殺しがしたいわけじゃない。

殺意同士のぶつけ合いは望むところだけど、ちょっと脅かされたくらいで萎んで消えるそれは、何度も味わいたいものじゃなかった。


向こうが楽しくないのはもちろん、こっちだって楽しくないことだ。


「彼らは、どうして襲いに来ているのでしょうか……」


ぽつりと委員長が言った。


「そこまで扶萄国が貧しいようにも見えません、とても不思議です」

「そうなの?」

「彼らの体格は、飢えを常態としている人のものではありませんでした、きちんと食べることができるのに、どうして強奪などするのでしょう……?」

「たしかに委員長殿の言う通り飢えはないだろうが、おそらくは貧しさはあるとは思う」

「どういうこと、ヤマシタさん?」

「衣服等はもちろん、武具の類も専用のものを持つ者の数が少ない、防具に至っては皆無であり、誰一人として着込んでおらぬ」

「あー、たしかに……」


貧しいけど、食べることには困らない状態。

武器は斧や農耕具など手近なものを選んだ。


「じゃあ、単純にお金が欲しくて僕らが運ぶ魔力球を狙ってる、ってことか」

「そういうこと、なのでしょうか……」

「他者の持ち物を狙う輩が出るのは世の常。考え悩むところで答えは出ぬであろう」

「同情したって仕方ねえだろ、殴ってきたやつ殴り返す! それを恨んでリベンジしてくるなら上等だ」


結論としてはそういう感じだ。

とはいえ、ちょっと疑問も残った。


僕らは四人だけだし、隙を狙えば盗み出すこと自体は可能なんじゃないかと思える。

特に、ヤマシタさんが普通に寝ている夜間の特定時間を狙えば、けっこうな確率で上手く行くと思う。


そう、盗む、ってことをすれば彼らが勝つ可能性はある。

だけど、そういうことをしてくる輩はほぼ居なかった。

慣れないというか、半端な強盗か山賊ばかりだ。


辻褄の合わない――

そういう感覚が、ずっとあり続けていた。


どうして狐央国の軍がこんな近くにいた?

どうして僕らとの戦闘の回避を選択した?

どうして襲撃者は考えなしばかりなのか?

どうして扶萄国はこの事態を見逃してる?


どうして――僕らにとって有利に物事が進んでいる?


一番強い違和感が最後だ。

そう、諸々の疑問はあるものの、すべては僕らにとって有利に動いてる。


敵は半端に弱いものばかり。

強敵は対決を回避した。

僕らが困ることはされていない――


でも、だからこそ、気持ち悪かった。誰かにお膳立てされたレールの上に乗っているみたいだ。まったくもって気にくわない。


見れば委員長も僕と同じような表情をしながらヤマシタさんを抱きかかえ撫でていた。たまにその頭頂部にキスしようとしては、肉球に止められた。

ヤマシタさんは、悟りを開きそうな表情で手綱を引いている。意外とおおきい二つに固定されてるような格好だった。

ペスはやる気まんまんで、次の獲物が来ないかを待ち望んでた。素振りはの風切り音は尋常なものじゃない。


「まあ、無事に済んで、ちゃんと届けることができればいいんだけど……」


それさえ叶うのなら、文句を言っても仕方ない。


僕のそんな願いを否定するように、扶萄国の軍隊が姿を表した。

目的地到着まであと三日ってくらいの距離だった。

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