55.全力遊戯について
ペスの敵を殲滅する速度はかなりのものだった。
なにかあったら手助けしようとか思っていたけど、そんな必要はまったく無かった。
攻撃を受けることこそできなかったけど、避けることと打撃は「ペスって魔術師だったよね?」と確認する必要があるレベルだ。
初撃、瞬発力抜群の移動から、絶好のタイミングで敵の顔中央へと突き刺さった。
当たり所が良かったのか、崩れ落ちるように気絶する。
横にいた男の、驚きながらも振られた攻撃――フルスイングされた斧はしゃがんで回避し、そのまま足払いへと繋げた。
疾風のように動き、打撃を叩き込む。
その熟達した動きは、筋肉じゃなくて魔力を操っているから――つまりは、魔術のために使用していたものを身体操作にのみ傾けた結果だった。
五人のうち二人を手早く倒し、残る三人に立ち向かう。
敵の振る渾身の一撃を、今度は「剣以上の速度で動く」ことで回避した。
右から左に振られた剣、決して遅くはないそれを、同じく右から左へ動いて回避する。ついでに顎を狙った攻撃まで送り込む。
敵が剣を横薙ぎに一閃したかと思えば、そのままぐらりと倒れた格好だ。
僕は思わず「うわぁ……」と引いた。
今の回避と攻撃は、僕にはできない。というか人間にはできないものだ。
ペスの体の軽さと、魔力量のとんでもなさと、拡散を自動的に阻止する包帯と、操作精度の足し算の結果だって分かっているけど、物凄く理不尽なものを目の当たりにしている気分になった。
そこそこレベルの攻撃であれば、文字通りペスには触れることすらできずに終わるんだろうと思う。
一撃もらえば終わってしまう脆さは変わらないけど、補って余りあるものがあった。
最後の敵をハイキックで倒し終え、ペスは両手を挙げて雄叫びをあげた。
「わはは、よし、ちょっと気が済んだ!」
「それは……良かったね」
五人の乱入者は、地面でぴくぴくと痙攣するだけの生物になった。
幸い、まだ誰も死んでいない。
「よし、次おまえ!」
「え?」
「殴らせろ!」
「嫌だよ! というかなんで!?」
「おまえが他人にどばどば血とかあげてるからだ! それをおれが気にくわないからだ! ああ、もちろん思いっきり反撃していいぞ?」
「いやいやいや、止めようよ! というか今のペスとは戦いたくないよ!」
包帯内で魔力を流動させている。
今は無事に済んで、快活に笑ってるけど、どこかで気密が破れるようなことになればあっという間に戦闘力は失われるし、この場で長く生存することすら難しくなる。
だけど、知ったことじゃないって風に殴りかかってくる。
冗談半分の速度と威力ではあるけど、直撃したら鼻くらいは潰れる。
「避けんな!」
「嫌だよ!」
「じゃあ、ちゃんと反撃しろ! おれをばっさりぶった斬ってみろ!」
「それも嫌だ!」
「なんでだ!」
直接目の当たりにすると、その速度のとんでもなさがわかった。
目の前から消えるだけのスピードとか、本当にあるとは思わなかった。
普段は固定位置で魔術として発動させていたものが、今は前後左右への移動力になっている。
まるでペス自身が一個の魔力弾になったようにすら思えた。
お陰で僕は剣で防御することも躊躇う。
下手に刺さったら、それだけでも危険だ。
「ペスがこの世界で魔力の気密破れるのは致命的だ!」
「たまにはいいだろ?」
「たまにはレベルの頻度でやっちゃいけないことだよ!?」
「気にしすぎだって、殺し合いのひとつふたつは笑って許せ、それがいい上司だ!」
「どこの戦国時代の上司部下関係なの、それ……」
「だから遠慮しないでいいぞー」
「とにかく無理は禁物!」
「大丈夫だ、根性あればなんとかなるっ!」
「ならないって!」
「あと、そうなってもおまえから補給するから、そんなに心配しなくてもいい」
「それはむしろ僕の心配をして欲しい!」
「戦うか吸われるか、どっちか選べ!」
「同じ結末じゃないかなそれ!」
勝っても負けても、たぶん最低でも魔力は吸われる。
「じゃあ、余計な手間は省いていいのな?」
「どうしてそこまで僕の血に執着してるの!?」
「そ、そんなの当たり前だろバカ!」
「照れながらバカ言われた……」
「というかだな――」
ぴん、と人差し指を立てて。
「体で魔力吸いながら、口からおまえの血を飲んだら、いったいどういう気分になるのか、今ちょっと知りたい」
「どうもならないよ! というかそんなことしないからね!?」
「大丈夫だ、おれもかなり恥ずかしいが耐えてみせるッ!」
「ペスの恥ずかしがるポイントがわからない!」
「おまえな、魔力が混ざるどころじゃないんだぞ? 血が混ざるんだぞ? そんなの大変に決まってるだろ! どうして平然としてるんだよ、この血軽男がっ!」
「悪口っぽいけど、どういう概念なのかさっぱりわからない!」
「なら部下になれよ!」
「話に脈略がなさすぎるよ!」
「おまえがおれのものになるか、それとも違うかってだけの話だ……!」
「え、どういうこと?」
「最後まで説明させんな!」
「いや、本気でわからないし……」
「察しろ!」
少し考えてみる。
どれだけ頭をひねっても答えにはたどり着きそうになかった。
だからこそ、わかってる部分を確認する。
「結局、もうペスは僕の血は飲まない方がいいってことでいい?」
「――ッ」
痛いところを突かれたような表情だった。
「そ、それとこれとは話が別だろ!」
「いやいやいや」
「おれに血を飲ませたくないのかよ!」
「なにそのアルコール強要するみたいなノリ!?」
「うっせ、いいから行くぞ!」
再びの攻撃、今度は僕を確保するような動作が混じる。
具体的には顎を狙った一撃とか、背後から抱きつくようなものだ。
どれも食らったら致命的。
なにが致命的か僕自身よくわからないけど、なんか良くないことが絶対起きる……ッ!
遠くから馬車が引き返してくる音を聞きながら、僕の倍以上の速度で動く相手の攻撃を避ける。
お互い手加減しながら、それでもこの世界に来てから初めての、全神経と全身体をフル活用しての戦い。
ああ、やばいなぁ、と思いながらも、わくわくするのを止められなかった。
こんなにも手強くて、心躍る対戦相手は滅多にいない。
厄介だけど実力者、強敵ではあるけど制限付き。
攻撃しちゃいけない、それをすれば致命傷になりかねない。
だけど、手加減もしちゃいけない、それをすれば僕が致命的。
だからこそ、僕は剣を「柔らかく掴ん」だ。
剣に伝わるそれは攻撃にはまったく向かない。だけど、防御としてはこれ以上ないほど適切なものになる。
刃で拳をしっかり受け止めることさえできる。
力いっぱい振ったところで傷一つ付かない状況を作り出した。
僕は僕自身に許可を与え――動いた。
ただ無心で、ただ全力で。
振る剣と高速の打撃が、狂ったリズムで鳴り響いた。
「ははははっ!」
ペスのテンションはこれ以上ないほど上がる。
それまでの鬱屈を吹き飛ばす速度と動作の回転。
小型の竜巻すら連想させる。
それに相対するのは、ヘンテコな握力しか持たない戦士。
実力差は明白。
敵うわけが無いは今更。
だからこそ――そこには価値がある。
実力すべてを出してるわけじゃない。だけど、今この場における全力を残らず吐き出し切る――!
四肢は絶え間なく僕を脅かし、こちらは一動作に三つ四つ以上の意味と意義を与えなければならない。
百人と一度に対戦している以上の攻撃密度。
呼吸ですらもままならない。
足払いを仕掛けて上手く転倒させたのに、ほぼ同時に反撃が来る異常。
圧倒的すぎる速度差だ。
だっていうのにぺスは、さらに速度を上げていた。
乱雑だった手首や足首の動きがより柔らかく、より相応しいものになった。
直線から曲線へ、曲線から円形へ、円形から螺旋へ――
イメージとしてはそんな感じ。
車のギアが上がるように、素人が鍛錬の末に熟達するように、更に更にと加速する。より上手い動作を作り出す。
「やばい、面白いなこれ!」
「ぺスが楽しそうでなにより!」
「ズルいぞおまえ、こんな楽しいこと隠してたのかよ!」
「こっちはもう、いっぱいいっぱいだ!」
「ははは――おまえが嬉しそうでなによりだ!」
不思議なことを言われた。
こんなにも肉体は限界で、全ての筋繊維が悲鳴を上げてるような有様なのに、どうしてそんな風に思ったのか。
僕らの動きは止まることがなかった。
それは、思考すべてが蒸発するような時間だった。
だから僕はそれがどんな感情か、名前をつけることができない。
攻撃の合奏と、笑い声だけが聞こえた。
ひょっとしたら、僕のも混じっていたのかもしれない――
この「遊び」は、戻ってきた馬車に乗るヤマシタさんの「おぬし等、なにをしているのだ?」って台詞と、委員長の「ヤマシタさんダメですよ、隠れてこっそり見ましょう、どきどきですね!」という謎の台詞によって中断されるまで続いた。
そう、結局は引き分けだった。
ちなみに、魔力は当然のように吸われた。




