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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
訓練
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3.訓練について

この世界は未だ誕生する前の英雄たちが集められたところだけど、全員が卒業まで行くわけじゃない。

というよりも、どんどんふるい落とされ消えていく。

最初は百人を越えていた数が、今となっては三十人ちょっと。偉い勢いで減っていた。もう少し時間が経てばもっと数は減ることになると思う。


悲観してリタイヤする人もいるし、単純についていけなくて諦める人もいる。

自主的なもの以外でも『退学』になるみたいだけど、どういう基準で、誰がそれをしているのかは、まったくわかっていない。

まるで問題なかったはずなのに消えた人もいれば、登校なんてまったくしてないのに平気な人もいる。

あるいはひょっとしたら、そういう人たちは一足先に『生まれた』だけなのかもしれない。


どちらにせよ、それは前触れもなく訪れる。

雪か幻みたいに、あっけなく消えて去る。ここでは、別れを惜しむことすら難しい。



 + + +



そんなこんなで今日も訓練だ。

だたっ広い校庭、その一角に駐車場みたいなところがある。

長方形の四角に囲われた、ただそれだけの場所だ。


車は止まってないし、その機能もないけど、代わりに地面にカウンターが埋まってる。


「よく言われることだけど、勇者ってただの暗殺者だよね」

「あー、そっか?」


そんな場所で、僕とぺスは剣を振っていた。


「敵の親玉倒すだけで終わるなら、きっともっと別のいい方法があるんじゃないかと思う」


将来の自分がどうなるのかは、わかっていない。

ひょっとしたら僕は勇者になるのかもしれないし、あるいは魔王になるのかもしれない、あるいは軍人として指揮をすることになるのかもしれない。


ただ、その中でも勇者って選択肢は、できればゴメン被りたかった。


「勇者になるの、嫌なのか?」

「うん」

「ならよー、仮にそうなっても、やめりゃいいだろ」

「え」

「そうなっても好き勝手自由にやればいい、ちっぽけな奴らのちっぽけな要求なんか無視だ無視」

「ちっぽけって――」

「王様ぶっ殺して成り代わるなり、魔王と組んで世界征服するなり、辺り一帯更地にするなり、なんだってアリだ。少なくともおれは、それでおまえのこと見損なったりはしない。むしろ誉める。他人の目ぇ気にして攻撃呪文ぶっ放せないなんざ、つまらないにも程がある」

「ごめん、それって結局、いい話なんだか無茶苦茶な話なんだか判断つかない」

「そっか?」


きょとんとした表情だった。


僕ら新入生の僕らが誰かに直接教えられることはない。

とりあえずはまだ基礎訓練の段階で、それすら強制されていなかった。

さぼって苦労するのは未来の僕ら――つまりは、英雄として誕生した後の僕ら自身だ。その魂に怠惰を刻み込みたいなら勝手にどうぞ、って方針だった。


まあ、学校なんて呼んでるけど、実態としては自主訓練施設に近かった。


とにかく今は、暇で退屈で、そして油断のできない基礎訓練の最中。

地面に埋め込まれたカウンターは僕らが素振りをするごとに数字を増やした。

5から6、6から7へ。


「あ、やっべ」


そしてたまに7から0へ。


「くっそやっぱ話しながらだとダメか」

「集中力ないね」

「うっせ、うっせ、てかその顔ムカつく! おまえ見てろよ、すぐに追いつくからな!」


一回でも最高の素振りをしないと、リセットされる。

ぐぬぬ顔で僕に骨の指突きつけているペスは、それをやらかした。


ぶつぶつ呪文を唱えて、なんか地面に魔力陣を広げている様を横目に、僕は意識を集中した。


振ることの時間制限みたいなものはない。

僕にとって最高の一撃を放ち続けることだけが求められていた。


目を閉じ、一つ呼吸。

体の重心を意識する。どこにも偏りが無いように。

そうして、可動不良はないか、魔力はきちんと循環しているか、筋肉の具合は、握力は、精神的な不調はないのかどうか――

すべてをチェックし、いいと判断したら、実行。


踏み込み、斬る。


考えるよりも、体に任せる。

振り終えた状態を確認しながら、カウンターを見る。

7から8へ。


「よし」

「つっまんないやり方だな、おい」

「堅実が一番だと思うよ」

「派手にやった方がいいだろ?」


あんまり同意できないなぁ、と思いながら横を見てぎょっとした。

なんかとんでもない魔力をぐぉんぐぉんと循環させて、身に纏うぺスがいた。


「な、なにやってんの?」

「おれにとって最高の攻撃をすりゃいいんだろ? だったら、おれの意志の代わりに魔法陣で代用してもオッケーだ!」


どこかマッドサイエンティストを思わせる笑みで、魔術を起動させた。

展開された魔法陣が歯車みたいに軋んで回転し、ぺスの体を動かした。

ペスは体の動きを魔力による制御でまかなっている。だから、『自分の体を動かす魔法制御』を外部から実えば、最高の一撃をいくらでも振ることができる――


「理屈の上ではそうかもしれないけど、なんか盛大に間違ってない!?」

「間違ってないだろ? おれの得意なやり方で問題解決してる!」


轟風が吹き荒れた。

踏み込み、振り下ろす、単純な動作を最適かつ最高速で行った結果だ。

カウンターは凄まじい勢いで回転した。

笑い声は木霊した。

バキンと骨は折れた。


「……あ、あれ?」


魔法陣の術式は完璧だったけど、体の方が耐えられなかった。

魔力がそそぎ込まれている限り命令実行を繰り返す。

ぷらんぷんの力を伝えない腕はおかしなことになっている、それでも『それ以外』は同じ動作を繰り返す。


無茶なことをした代償の支払い。

でも、その全身からぴしぴしと嫌な音がし始めた。


「ちょ、やべえ!」

「停止を!」

「なんか命令受け付けないぞこれ!」

「緊急停止は!?」

「そんな用意周到おれにあるはずないだろ!」

「もうちょっと自分の体を労ろうよ!?」


魔法陣は無制限に魔力を吸い込んでいた。


「ああもう、仕方ないっ」


今のペスを動かしている魔法陣。複雑な経路を通って循環し力が発揮している。この線を断てば動きは止まるはず。


地面の線へ向けて剣を振った。

最高以上の速度でそれは行く。

友の危機認識が力を上げた。


処断するように剣を振り下ろす。

同じような感じで、ぺスの攻撃が僕の首へと振り下ろされた。


「なにすんの!?」


弾くことができたのは、我ながら奇跡。


「い、いや、今のはおれの意志じゃないって!」

「じゃあ、え、まさか――」

「ああ、うん、そういや術式に自動防衛機構とか組み込んでたな、はっはっは――やっべぇ、ミスったぁああ!」

「というかなんでそんなの付けたの!?」

「横から邪魔されんのを防ぐためだよ!」

「誰もそんな真似しないよ!」

「いや、おれはおまえにやる予定だった!」

「最低だ!?」

「おまえがまじめな顔で集中してると、わき腹くすぐりたくなるんだよ、悪いか!」

「それを善いこと扱いしてるぺスが問題だ!」


剣を響かせながらの会話だった。

なんかの恨みでもあるのかって感じに、色んな角度から殺意を込めた剣閃が来る。

利き手じゃない方の腕なのに抜群の破壊力だった。


なんだどうしたって感じにクラスメイトも見物に来ている。見せ物じゃないといっても誰も信じてくれない。

カウンターは順調に上がり続けた。


何回も、あるいは何十も剣の衝突は繰り返され。


「ふっ!」


そのうちの一つの合間を縫って、僕は呼気と共に手を突き出した。

開いた手が中空を掴んだ。


「おい、やべえ!?」


ペスの体は弾く勢いを殺さず、一回転して凶器が振り下ろす。まるで竜巻のような回転速度。

生身の体と違って、魔力を纏う骨の体であれば一撃死は無い。貰う痛手の代わりに致死を打ち込んでくれよう――そんな戦術が透けていた。


……本当に魔術の自動防衛機構だけなのかどうか、ちょっと疑わしくなってくるけど、どちらにしたって、結果は変わらない。


僕は掴んだ手をそのまま引く、何かが千切れる感触があった。

僕が手にしていたのは、ぺスを操作している魔力そのもの、手応えは十分すぎるほどだった。


がくん、とペスの膝が曲がり、剣筋は明後日の方向だけを振り切った。カウンターは再びゼロになる。


「は?」


僕は剣を地面の魔法陣に刺した。

光っていたそれが不本意というように明滅し、やがては消えた。

かしゃんと、ペスの腕と剣も落下する。


まじまじとぺスは僕を見ていた。


「……おまえ、今なにした?」


凶器も腕もないけれど、ペスは剣を振り切ったままの体勢だった。


「え、魔力を直接掴んで妨害しただけだけど」

「そんなこと、できたのか」


普通はできるものなんじゃないの? と言ったら怒られた。

どうやらできないものらしい。


あー、そういえばなんとなく見えるし、なんか掴めるから、できるんじゃないかなー、って程度だったと言ったら、さらに怒られた。

たしかに、かなり無謀だったのかもしれない。



 + + +



「あー、くそ、どうしてこんなことに……」

「僕も知りたい……」


そうして、回復魔法とか休憩とかを挟んで練習再開したけど――僕らはとんでもなく苦労することになった。

いつまで経ってもカウンターが回らない。

ペスのそれは魔力を直接操っての、体の限界を越えたものだった。

僕のそれも、友の危機にパワーアップみたいな感じだった。


「これさー、考えてみりゃ剣を念動力で動かせばいいんだよな。下手におれが持つよりそっちの方が絶対速いだろ」

「好きにやればいいと思うよ……」

「なに死んだ目してんだ」

「一回も、カウンターが回らない……」


限界を越える力を百回連続で発揮しろとか何その不可能って感じだ。

ペスの方はまだ解決法があるかもしれないけど、僕の方は本当にどうすればいいのかわからない。


今の僕がどれだけ頑張って振っても「え、おまえの本気そんなものじゃなかったよな?」って感じに否定される。数字はピクリとも動かない。


「あー、なんかさっきのおまえ、やたら強かったもんな」

「向かってくる相手がいるのと、ただの素振りとじゃぜんぜん違うよ」

「ふーん」


ペスは少しだけ意地悪く笑い。


「んじゃ、こうすりゃどうだ?」


僕が剣を振り下ろす途中に、直ったばかりの腕を水平に広げた。

綺麗な骨、その上にある笑う様子、たぶん冗談半分なんだろうな、と思う。

僕も笑いながら剣を振り上げ――


「ハァッ!」

「あぶな!?」


全力で振り下ろした。

間一髪で避けられた。

カウンターは1を示した。


「完全に躊躇ゼロだったろ今! 目がマジだったぞっ!」

「……」

「てーか悪意なしの純粋な殺意とか迸らせんなよ、怖いだろ! やるならもっと憎しみとか恨み込めて振れよ!」

「……」

「回復魔法っつったって万能じゃない。あんまり長いこと組織欠損状態でいると生まれた後でもそうなっちまう運命確率が――」

「……」

「おい……?」

「ペス――」

「お、おう、なんだよ」

「斬るものがあるのって、楽しい!」

「なにキラキラ純粋な目させて言ってんだよ!」

「もう一回、ねえ、もう一回!」

「嫌に決まってる! というか、人のことさんざん言っときながら、おまえの方がやばい方向に逸脱してないか!?」


意味がよくわからない。

ただ脳裏を焦がす楽しさのままに頼み込む。

あれだけ引いてるペスを見たのは初めてかもしれない。


結局、なんだかんだと言いながら、僕らは百回素振りをクリアーした。

今作の英雄はすべて架空のものです。

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