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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
遠征
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53.幼女殿下について

中肉中背、黒髪はほとんど坊主にまで刈り込まれている。

引き締まった無駄の無い体躯は戦闘者のもの。きっと軍技だけじゃなくて別の術も修めている。摺り足を基本とした動作は、おそらく手技を中心とした武術体系。気配のみをこちらに飛ばしたのもそうだ。

直接手を合わせたわけじゃないから戦闘力としては未知数。だが、決して油断はできない――


それだけを頭に叩き入れて、向き直る。

緊張もない様子で、口を開く様子があった。


「未誕英雄――の方でしたか?」


特徴のまったくない顔。

真正面から見て捉えても、十秒後には忘れてしまうような影の薄さ。

だけど、動作の一つ一つが最適化されていた。

戦い、殺すための最短を最速で実行するとわかる。


「ええ」


ゆるやかに僕はそう返答する。

剣はまだ手にしたままだ。


「ふむ、いつもの方はいないと」

「いつもの人が誰かはわからないけど、たしかに違うね」


ヤマシタさんはすでに潜みながら移動していた、的確な位置を取ろうとする。


敵はそれに気づいているみたいだけど、特に反応を示さなかった。

甘く見ているのか、それともなければ対策があるのか――


出方を伺う僕らの前で、敵はひとつ咳をつき、丁寧に帽子をかぶり直した。


「ところで……前任の方にもお聞きしたのですが、ワタクシ、初対面の方に質問していることがひとつあります」


ごく真剣な、重大な機密を打ち明けるような口調で。


「初潮前の幼女について、どう思われますか?」

「…………は?」

「いえ、初潮前にかかわらず、あるいは場合によっては男女の別なく、かわいい子供というものは素晴らしい、そうは思いませんか?」

「なに言ってんの」

「第四遠征隊を率いる皇女様であられるところのエルメンヒルト王女殿下はその中でもまさに至宝ッ! この世はおろか三千世界の全ての上に燦然と輝く幼女であらせられる! だってワタクシめを蔑んだ目つきで踏み抜いてくれるのですよ!?」

「知らんがな」

「世に在るありとあらゆる幼女は健全かつ健やかに成長するべきです、汚し阻むものは残らず消去し焼却し抹消するべきでしょう、ワタクシがそうなってしまうというのであればこの男根をえぐり取る所存! まして、幼女の頂点に立つものともなればこれ以上ないほどの健常と共にエキサイティッッッッングにあるべきだ、そうでしょう!」

「……なにが、言いたいの」


とりあえず、今すぐ回れ右して全力この場を去りたい欲求を抑えながら訊く。

視線が冷たい半眼になるのだけは抑えられない。


「エルメンヒルト王女殿下は、かっちょよく暴れたいのです」

「あ、そう」

「そのための準備がまだ整いません。ですから先ほどから王女殿下は目下のものに怒鳴りつけて発憤を促すという大変にすばらしいご褒美が羨ましくてしかたないな今すぐ変われコンチクショウというところなのですが、今ここで邪魔が入るのは大変困るわけです」


ようやく、話が本筋に戻った。

だけどそれは――


「それ、ずいぶんと虫のいい提案じゃないかな」


戦うための準備がある。

まだ戦力が整っていない。

なのにこれを放っておいて欲しいと要求してる。


「むむむ――あなたまさか、幼女第一主義者ではないと!?」

「なぜどうして僕がそうだと判断したか言えっ!」

「遠目からでも皇女殿下の御姿を見たのでしょう! ならば心臓が撃ち抜かれ想い焦がれ這い蹲ってその御足をぺろぺろしたいが道理ッ! それをしない男は男ではないッッ!」

「そこまで破綻した男の定義はじめて聞いた!」

「しかしながらまさかエルメンヒルト王女殿下の寝起き写真が取引材料にならない可能性があったとは、ワタクシまったくの不覚でした……」

「それで戦闘を回避できると思う方がどうかしてる」

「はあ、まったく……」


嘆かわしいとばかりに首を振っていた。

まるで僕が金銀財宝美女権力その他のとても分かりやすい報酬を突っぱねたみたいな仕草だ。


ヤマシタさんは完全に気配を消している。

どこにいるのかまったく分からない。たぶん、こんなのに関わり合いになりたくないって感じだ。まったく同感だった。


「仕方ありませんね、では、ワタクシたちは往路においては一切襲わないことをお約束致しましょう」

「む――」

「信用なりませんか? ならば幼女に誓ってッ!」


真剣きわまりないその目は、これはどのような世界であっても通じる絶対遵守の誓いであると宣言してるように思えたけど、そんな文化を僕は知らない。

ただ言葉自体は傾聴に値するものだった。


見逃す代わりに安全を約束する――この場合は、「扶萄国に魔法球を届けること」を見過ごすってことだ。僕らは確実な依頼達成を得ることができる。

逆を言えば、ここで僕が断れば「見過ごさないし戦いになる」。依頼達成は危うくなる。


そう、問題は、敵の戦い方だ。

真正面から来るならともかく――


僕の思考を読んだかのように、男は笑みを浮かべた。


「ええ、仮にこの約束が反故となればですね、ワタクシとっとと逃げます。未誕英雄とニ対一で戦って勝てると思うほど自惚れてはいません。しかしですね? のんびり行く馬車内の『積み荷』を狙撃することくらいはできると自負していますよ」


口元をイヤらしく歪め。


「あなた方とは戦わず、馬車のみに銃弾を降り注げばいい。遠方に位置する我々は追われれば恥も外聞もなく逃げ出します、そして再び襲撃するのを繰り返す――これはワタクシ一人であっても可能です。上手く荷物を破壊できればいいだけですからね」


正直、やられたら一番イヤな攻撃だ。

戦闘によって勝敗を決するのではなく、戦う理由そのものを無効にする努力だ。


おそらく、こちらが遠距離攻撃に乏しいことも把握されている。

確実にそうだとは断言できずとも、「この場で僕らが敵集団に攻撃をしてないこと」はその証拠になる。


いつの間にやら、弱味を握られ、有利を差し出されている恰好だった。


「……もし」

「はい」

「もしもの話だけど、僕がここで、その王女様だけを直接狙うようなことをしたら?」


表情は変わらない、気配も変わらない、なにかの術を発動させたわけじゃない。

だけど、背筋の産毛が残らず逆立つような、凄まじい殺意を感じた。ほとんど物理的な圧力すら伴っている。


「あなた……悪魔ですか? いえ、悪魔であっても幼女には優しくなるのが世界の理。外道の発想ですね……」

「そう?」


少し、うきうきしてくる。


「もちろん、その場合であっても逃げますよ――より正確には、王女殿下を連れての逃走ですね」


迷いのない返答だった。


「その際に多数の捨て駒を必要としますが、逃走自体は決して不可能ではないでしょう。まして、幼女のために死ねるのならば犠牲になる人々もまた本望に違いありません。そうして逃げ切った後、先ほどの嫌がらせを実行致します――ふむ、考えてみればこれは二人きりの逃避行ではありませんか? しかも幼女殿下と、かの至宝とおはようからおやすみから一人寂しいベッドの中まで……! なるほど先ほどの言葉を撤回します、そのような非道は是非行うべきですッ!」

「健全かつ健やかな成長どこ消えた」

「幼女のためであれば、ワタクシは無敵です!」

「欲望に目が曇りまくってるだけに見えるよ」

「らう゛です! ワタクシにあるのは高潔かつ上質な愛(らう゛)であり下世話な欲望など皆無ッ!」

「鼻血を拭いてから言え」

「幼女の望みを叶える、幼女を助ける、両方ともしなければならないのが幼女主義者の――」

「謝れっ! よく覚えてないけど、その言葉はその文脈で使っちゃ絶対駄目なものだから謝れっ!」


なんかグダグダになったけど、結局は「往路の段階ではお互い不干渉」って感じに決着した。

これで僕らは最低限の目標達成を果たし、向こうは万全の戦闘状態を得ることになる。

その戦力が向く先は扶萄国になるのかもしれないけど、正直、そこまで世話していられない。


……というか、もうこれ以上あの変な奴と会話したくない。

殺意自体は良かったけど、真剣に戦える相手かどうかすごく微妙だ。


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