52.狐央国軍について
ヤマシタさんは戦闘終了後、すぐに偵察へ向かった。
そう、僕らが倒した敵兵は扶萄国のそれじゃなかった。
エンブレムや持っている装備、平均的な体格からして隣国――たしか狐央国ってところのものだった。
機械的な文明が発達しているのに加え、ときおり『遺跡』から出るものを頼りに軍備を強化しているらしい。
こんなことなら、もうちょっとくらいキチンと調べておけば良かったと後悔する。
情報ってやっぱり大切だ。物質としての準備だけじゃなくて、知らなきゃいけないことをとたくさん取りこぼした。
後悔はいくらしても足りないけど、それとは別に疑問点が一つ。
敵兵は、そこそこ清潔というか薄汚れていなかった。
何週間もかけてサバイバルしながら森を横断した、って雰囲気じゃない。
「基地みたいなのが、どこか近くにある?」
言いながらも、ちょっと信じられなかった。
ここは扶萄国にほど近い、急げば一週間とかの距離だ。そこに、敵国の軍隊が拠点を構えてる?
さすがに、それは無いと思える。
国っていうのは、分業が成り立つぐらい発達すれば、戦い専門の人間が生まれる。
そして、戦闘集団のもっとも効率的な使い方は、略奪だ。
この「一番効率のいい経済活動」を「あんまり旨みのない経済活動」に変えることに防衛の意義はある。
扶萄国には魔導機械っていう美味しい獲物がある、なのにこれを守ろうとしない? なんでだ。
「なんなんだかなあ――」
きっとこういう諸々に気づいたからこそ、ヤマシタさんは戦闘直後に黙って偵察へ向かった。
そう、情報が足りないからだ。
僕は彼が足早に向かう様子を認めて、どうしてなんだろうって考え、今頃ようやく答えに行き着いた感じだ。
なんだかヤマシタさんが生き生きとしていたというか、喜びあふれる様子で決してここで捕まってなるものかって勢いで、なんかもう二度と戻ってこないんじゃないかってスピードで向かってたけど、たぶんそう、きっとそう。
一応は伝えようと一旦は戻った馬車では、笑顔でロープを準備しながら、とてもつまらなさそうにしている委員長とか、戦闘に参加できずにフラストレーションを貯め、だだっ子のような動作をしているペスの様子があった。
ヤマシタさんの判断はたぶん色んな意味で正しかったんだと思う。
馬車組には注意しながら進んでもらって、僕は再びこの丘のようなところに。
馬車の方に何かあっても、ここならすぐに駆けつけることができるし。
でも、まあ、あとはもうすることがなかった。
ヤマシタさんが戻ってくるまでただ待つ時間だった。
麗らかな風、地面には敵兵集団の屍がまだあってあんまりほのぼのとは出来ない。
じりじりと、焦りと心配がせり上がる。
かといって、ここで僕が向かっても邪魔になるだけ。待つのが最善、耐えるが吉、全部分かった上であっても、見えないところで味方が頑張っているのって、心臓に悪い。
本当に僕に今できることはないのか?
そんな疑問が腹底を焦がす。
「お――」
だから、ほんのかすかな音が聞こえたときには、むしろ僕が助けられたような気持ちになった。
それは指向性を持たせた鈴の音だ。
周囲には聞こえず、僕だけに届く。
本来は魔術の類に属するはずだけど、魔力を微かにしか使用しないからか、それとも僕と同じように体内由来の魔力を利用してるのか、けっこう普段と変わらずにヤマシタさんは操っていた。
剣を抜いて、慎重に向かう。
音の頼りは定期的に鳴らされていたから迷うこともない。気配とか音とかを漏らさないことだけ気をつける。
歩いて五分か、十分か。
外の道からじゃ完全にわからない場所に、ぽっかりと開いた空き地があった。
たぶん、小火で出来た空白地帯だ。
整然と立ち並ぶ軍人たちがいた。
数は、百かそこら。
何個もテントやら宿泊設備やらがあるから正式な数はわからないけど、ぱっと見にはそれくらいだ。
銃火器の類を、それもかなりきちんと整備されてるだろうものを全員が持っている。
幸いなことに通信機器は発達していないのか、それらしきものが無いことだけが救い。まあ、そうじゃなければこんな電波の届きにくいところに陣を張らないんだろうけど。
本当にいたよ……
思わずぼやいた。
戦闘準備バッチリの他国軍勢がここまで来ている。
もうすぐ戦争が開始されるってことじゃないか、これ。
少なくとも、その準備だろうな、って思えるくらいには本格的だ。
「うむ、想像以上であるな。果たしてどうするべきか……」
気づくと、ヤマシタさんが側にいた。
少しうるさくなった心臓を宥めながら、僕はもう一度たしかめる。
いわゆる軍装の人たちと違って、一人やけに豪奢な衣服を着たちいさな女の子がいた。ここからじゃ聞こえないけど、周囲になにかを喚いて要求してる。それともなければ――向かおうとしてる? わがままを言って周囲を困らせてるようにも、戦端に立つと言って周囲を困らせてるようにも見えた。
まあ、同じ意味かもしれない。
奥の方には大きな仮説テントがあるけど、中を確かめることはできない。
ただ、気のせいかもしれないけど、この軍勢はそのテントを中心にして配置されてるように見えた。
「敵は大人数」
「うむ、そのようだ」
「でも、真正面から戦うのは馬鹿げてる……」
真面目なうなずきが返った。僕らの意見と見解は一致していた。
目的は、あくまでも「魔力球を運ぶこと」であって、「敵を残らず駆逐すること」じゃない。
「……」
とはいえ、ここまでの戦力を後ろにおいてほいほい前に進んでいいの? って気もした。
下手すれば、これだけの戦力に追撃されることになる。ある程度は戦力を削るような攻撃をした方がいいんじゃないか?
まだこちらの接近には気づいていない。たぶん、僕らが倒したあの小集団が周囲を警戒する役目をしていたんだと思う。だから、なにか行動を起こすとしたら今。
下手に馬車まで戻って、委員長とかペスの手助けを当てにしてたらきっと手遅れだ。
「とはいえ僕ら、遠距離攻撃ないけどね……」
「うむ……」
弓でも倣っておけば良かったかなと思う。
「小火で出来た広場だろうから、着火で混乱させるのも難しいのか」
燃えるものの少ない場所に、敵は陣取っている形だった。
「……」
「……」
僕とヤマシタさんは、困惑を交換する。
放置するのも駄目だけど、上手い攻撃手段も思い浮かばない。
むしろ、とっとと先へと進むべきなのかもしれない。
そう、選択肢は大まかに分けて二つ、無視して進むか、この場で戦うか。
「どうしよう」
「拙者に決断することなど不可能であると断言しよう……っ!」
無意味に力強くヤマシタさんは断言した。
僕だって、こういうのを選ぶのは苦手だ。
どっちがいいかなんて、それこそ神様でなければわからない。
「んー……」
悩む僕の首筋に、ゆるり、と――
濃く不快な湿気のようなものが接触した。
歯を覗かせた哄笑と凶器と悪意のイメージ。
考えとは関係なく体を半回転、全身を巻き込むような最速で剣を振った。
横のヤマシタさんも弾かれるように跳躍、有利な位置を取ろうとしているのがわかる。
避けられた――
剣は空を斬り、突風だけを巻き起こした。
いや、最初からその場にいなかった。
気配だけをこちらに接近させ、こちらの行動を誘発させる――今のはそういう術だ。
「やあ」
狐央国の軍服を着た人が遠く――僕の間合いの範囲外で、帽子を脱ぎながら挨拶していた。




