51.二重襲撃について
体中というか、主に手に歯形がいっぱい。
それでもペスの機嫌は直らない。そっぽを向いてトコトコ歩く。
噛まれ損だと思いながらも、旅を再開することにした。
「本当に、なにがなんなんだか……」
「うふふ」
「委員長殿は、何がそれほど嬉しいのであろうか」
「複雑な人間関係っておもしろいですよね!」
いい不運が起きそうで、って言葉がたぶん後ろに隠れてた。
僕は、ため息はくしかできない。
「旅って、思ってた以上に疲れる……」
「おれなんかもっと疲れてるぞ」
「少しは元気になってよ、さっき僕から吸ったんだから」
「あの程度でか」
「あんまり回復してない?」
「回復してないな!」
「ペス、顔背けながら断言しないで」
腕組みしながら、完全にそっぽを向いていた。
僕らは警戒しながらも、順調に進んでいた。
御者をヤマシタさんと委員長のタッグが、森に近い右方向を僕が、後方をペスが担当している。
左側はいくらか森との間に距離があるから、準備を整えるだけの間があるし、御者チームにたまに意識してもらうようにしている。
見る方向がバラバラなのは当然なんだけど、会話するのは面倒だった。
「というか、襲撃される可能性一番高いのって初日のはずだった……」
僕らは扶萄国へと向かっている。安全圏に日々近づいてる。
なのに昨日は敵は来なかった。トイレにまで注意を払っていたのが馬鹿みたいだ。
……いや、別に襲ってきて欲しいわけじゃないけど、損した気分になったのも本当だ。
何度か起きた出来事というか生理現象については、僕自身の記憶を厳重に封じ込める。
『生まれ』ることで記憶全てを失うことを、望むことになるなんて思ってもみないことだった。
+ + +
牧歌的というかのどかな風景の中を僕らは進む。
ときどき会話は始まるけど、それすらもカッポカッポって感じの馬の歩みに紛れて消える。
僕らを遠くから写して見れば、きっとどこにでもいるような中世風の旅人たちって雰囲気だ、
なんだか背中がくすぐったくなる。
照れから出る笑いを手で抑えてたら、「くねくねしてんじゃねー」とペスに小石を投げられた。
ちょっと悔しい。
いや、石じゃなくて。
僕以外の三人は、こういう感じ――なんか思ってもみないことをいつの間にかしてしまっているよ! って感覚はまるで無いらしかった。
僕は笑いの衝動が収まってから「うん、ちょっと、ペスが僕の血を飲んでた様子を思い出して思わず――」みたいなことを言ったら巨石が飛んできた。
避けたら、「避けんな!」とか怒鳴られた。
こういうやりとりですらも、いつしか馬の歩みや、風の音に溶けて消える。
僕らは前へと進む者になる。
道は右に左に大きく蛇行し、見晴らしはよくない。
それでも、人や馬が何度も通って作られた道だ。歩きやすくはないんだけど、妙に安心するというか馴染み深い。
他にもここを通った人がいる――その実感が足の裏で感じ取れた。
「ん……?」
呑気さの中に入り込む、異物があった。
ちり、っとした違和感――
なんか変だなくらいの僕に反して、ヤマシタさんの反応は劇的だった。
髭を全開に広げ、何もない中空を睨むようにしながら切迫した様子で叫んだ。
「委員長殿は下車を、ペス殿は手綱を任せた!」
突然の叫びと共に猫が消えた。遠く森の隙間を擦過する音がわずかに聞こえた。
ペスは駆けより素早く手綱を取り、委員長は少しよたつきながらも地面に足をついた。
なにが起きた?
――敵が来た。
居る方向はヤマシタさんが向かった方向。僕の感覚もようやく『それ』を把握した。
他の方向からは来ていない。仮に来たとしても、この場にはペスと委員長がいる。足止めとしては十分すぎる戦力――!
諸々を把握し、僕もまた駆けた。
ろくに踏み固められていない道を疾走し、剣に手をかける。
体勢を上下させず、抜剣可動状態を維持しながら。
感じた殺気は、胡乱に蟠るものと、鮮烈で無機質なもの。
だいたいの敵位置は、鳥の気配の無い場所を探せば分かる。
カーブ地帯の少し奥、少し見ただけじゃわからない森に、そいつ等はいた。
農耕具を一応武器代わりに持っています――そんな集団が攻撃を受けていた。
ヤマシタさんの物じゃない。
複数の銃による襲撃だった。
爆竹そっくりの音が絶え間なく鼓膜を叩く。
たった五グラム程度のそれが人を物体へと変える。
十数人は奇妙な踊りと血をまき散らして倒れた。
おそらくは僕らを狙った集団。
襲撃理由はまったく不明。
もう死人に口はない。
僕らを襲う予定だった集団を倒した、別の集団。
味方か?
そんな甘い期待は、すぐに否定された。
着弾は、今度は僕の近くで弾けた。
攻撃は止まらない、止まる必要がなかった、だって『敵』がまだ残っている―
無機質な殺意はそう語っていた。
口元が歪むのを自覚しながら抜剣。
木々を切り払いながら斜め方向へ進んだ。
風を『掴んだ』――同時に剣にもそれが伝わる。
無秩序に繁茂する木々のヴェールを剥ぐように、低い姿勢で突入した。
ジグザグに突き進む僕のすぐ傍を、銃弾が通り過ぎる。
森っていう視界の悪さと木々の乱立は、安全率を高める。高めはするけど絶対じゃない。
そう、物理遠距離攻撃は技量勝負を確率勝負に変える。
そして、僕は僕の運の高さを信用しない。
このままでいれば、きっといつかは着弾する。
僕は無惨に破壊される。
それを楽しみにしている僕と、心底怯えている僕がいた。
その落差に混乱するけど、口元は笑みへと歪む。
着弾は、徐々に僕へと近づいていた。
あとどれだけ生きれるだろう?
僕の混乱を否定するように、
りぃん――!
と鈴の音が聞こえた。
攻撃してきた相手は、小高い丘みたいな地点にいた。
そして、敵集団の背後、僕からは眼球を動かすだけで確認できて、敵からは体で振り返らなきゃならない地点に、ヤマシタさんはいた。
銃撃が瞬間止まり、苦悩を張り付けた彼らが後ろを向いた。
絶好の機会。
山賊を奇襲した彼らを、今度は僕らが奇襲する。
踏み込み、斬る。
いつも通りの行いは、いつもとは全然違った結果になった。
新しく購入した剣は、『掴む力をそのまま刃に流す』性質を持っていた。他の人であれば握力が強いほどに強度も強くなる剣でしかない。だけど、僕であれば『一振りごとに性質の変わる魔法剣』になる。
十分な準備の間があれば万能の魔剣となる。
最初に『風』を掴むことで可能な限り加速。更に『空間』と『重力』と『物理』を掴むことで破壊力を強化。
小枝を振る手軽さで存分な破壊力――そんな矛盾は、敵兵を銃ごと真っ二つに斬り裂き、それぞれ別方向へ吹き飛ばした。
振り切りながら掴みを解除、再び『風』から掴み直しながら翻す。
更にもう一人を横斬りに分断、上半身だけの縦回転を強制した。
人間を殺してしまった――そんな後悔は不思議なくらいに無かった。
彼らを放っておけば、味方に被害が出る。これを守るために全力を尽くすことこそが最優先、それ以外の諸々は思い悩む価値すらない。
僕の心は心底そう信じ切っていた。
ニ連続の、通常とは異なる破壊力を前に、敵の殺意は急速に萎んだ。
戦えるだけの意識になっていない。
でも、そんな状態であっても反射的に行動するのが訓練で、僕へ銃口を向けとうとしていた。
敵戦力は失われていないし、戦闘行為も止めていない。
「あーあ……」
更に剣を振る。
敵兵に敵兵をぶつける。
血と臓物にまみれて叫びを上げた。
その破壊と残虐を僕がしたことが、なぜか遠く感じる。
自分でも異常と思えるほどの冷静具合。だけど、それでもするべきことは変わらない。
――銃を捨てて、投降してくれれば見逃すけど……
そういう人はいなかった。
最後まで戦闘を行うより他に手だてはなかった。




