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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
遠征
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49.野営の番について

夜の見張りは交代でやるつもりだったけど、ヤマシタさんが一人でやると言い出した。

その代わりに昼間に一人で誰にも邪魔されず、特に首輪とかリードロープとかを持っているような人が近づくことなく一時間ほどの睡眠を取らせてくれればいいと、そう要求してきた。


かなり難しい問題だった。

難易度としてはほぼ等価だ。

ただでさえ慣れない環境。眠る時間をしっかり確保できることはありがたい。


だけど、止められるのか、僕らに。

枕を抱えて心底残念そうにしながら「せっかくの夜の亀甲縛りタイムが……」とか言い出してる人をヤマシタさんに一時間も近づけずにいることが、果たして可能なのかどうか……!


「やはり、難しいのだろうか」

「今のおれは魔術使えないから戦力外だな」

「僕の場合、能力自体は使えるけど、だんだんとパワーアップしてきてる委員長に対応できるかって言われると……」


その不運を『掴む』こと自体はできると思う。

だけど、それは確保できるだけであって消去できるわけじゃない。不運が僕に降りかかるだけだ。

その状態で、委員長がトコトコとヤマシタさんの方へ歩いて行くのを止めることはできない。


「どしたんですか?」


のんきに小首を傾げる委員長。

彼女を止めることができるのは、というか言うことを聞かせることのできる人は、現実的にはヤマシタさんだけだった。


「別に悩むようなことではありませんよね」

「いやいや」

「おまえ、事情があるからって言うこと聞くようなタイプじゃねえだろ?」

「いえ、ヤマシタさんがちゃんと言ってくれれば従いますよ?」


ざわ、と空気が騒いだ気がした。


「えと、それは……?」

「首輪をつけた状態の私に、ヤマシタさんが、待て! と命令してくれればいいのです。とても優秀なペットであるところの私は一時間ていどは微動だにせず待機しています」


はっ、と何かに気づいたヤマシタさんは逃げ出した。

すでに首輪がはまっていて逃げられない!


え、というかいつの間に……


「もちろん、待てをしたあとにはご褒美が必要です。飴と鞭をしっかりしなければペットは権勢症候群にかかり反抗をしてしまいます、がぶがぶ噛んだりベッドに勝手に潜り込んだりいろいろしてしまうものなのです!」


ずるずるとロープをたぐり寄せながらの言葉だった。

説得力がまるでない。


「少しばかり待ってはくれないか!」

「はい」

「仮に拙者がそのようなことを行ったとする、その場合のご褒美とやらはどのようなものとなるのだ!?」

「え――そんな恥ずかしいこと言えませんっ」

「恥ずべきはもっと別の部分に有ると思えるっ!」

「心配いりませんヤマシタさん」

「なにがだ!?」

「ペットと主人との絆は、そんな恥ずかしさなんて越えてみせますっ!」

「委員長殿それは越える意味のないものではないだろうか!?」

「えへっ」


笑ってごまかすというよりも、ようやく引き寄せ抱きしめることができたからこその笑みだった。もはや話なんて聞いてない。


捕まった瞬間の、ヤマシタさんの全身が逆立つ様子が、とてもよく分かった。

この状態であっても爪を立てることのないのは紳士だと思う。


「や、やはり先ほどの拙者の提案は撤回させてもらう……!」

「そうですか、残念です、しょんぼりです――」


委員長は「ご褒美」を貰うことができずに残念そうだったけど、それでも抱きかかえる手を緩めることはなかった。



 + + +



「何故、拙者はこのようなことになってしまったのであろうか……」

「お疲れ、ヤマシタさん」


なんだかんだで普通のローテーションでの見張りになって、そして、最初はこの組み合わせになった。

一応、厳選かつ公平なじゃんけんの結果だ。

上手くチョキを出せないヤマシタさんは物凄く不利だったけど、優勝を手にした。気迫の勝利だった。


それでもヤマシタさんは焚き火の前で黄昏てた。

その手首には、当然みたいにロープが絡まっていた。きっと今頃、馬車の中では首輪をはめた委員長がすやすや寝てる。


「お陰で拙者、ろくに動ける範囲がない……」


リードロープの長さが決まっているからだった。


「できれば周辺の偵察にも出かけたいところなのだが……」

「普段ならともかく、寝ている今の委員長を解放したら――まあ、よくて地盤沈下で生き埋めかなぁ」

「やはり、そうなるか――まったく、このようなものを付けている限り『不運』が起きぬのは、委員長殿の精神が安定するからなのであろうか……」


ヤマシタさんは未だに自分の幸運具合のことを自覚していてない。

僕もそれを指摘するつもりはなかった。「ヤマシタさんは、実はとてもラッキーな人だったんだ」と言っても、現状だとただの皮肉にしかならない。


「どうなんだろうね、たしかに起きているときなら、多少はマシというか、ある程度制御できてるみたいだけど」

「その矛先は拙者であり、逃げ出さなければならぬ仕儀となる」

「いっそヤマシタさんが正式に飼い主になるっていうのは――」


言ったとたん、めちゃくちゃ後悔した。

こぼれ出す寸前の瞳と、震えるヒゲと、ぺたんと倒れる耳が僕の方を向いていた。


「拙者に、死ねと申すか?」

「そこまで!?」

「当然であろう」

「いや、さすがに言い過ぎじゃ……」

「逆の立場として考えてみればいい」

「逆の立場?」

「うむ」


腕を組み、考えてみる。

いくつかのキーワードが思い浮かんだ。


体格差的に十倍以上は巨大。

放置すると、たぶん拗ね出す。

言うこと聞くようで聞かない。

あと実質ほぼ破壊神。


「ヤマシタさん、全面的に僕が悪かった」

「そうであろう?」


怪獣が首輪片手に迫りくるイメージだった、ものすっごく怖かった。




結局、何事もなく担当時間は終わった。

次の組み合わせはヤマシタさんとペス――普段あんまり接点の無い二人がどういう会話をしたのかちょっと興味があったけど、馬車内から覗き見ている委員長が怖すぎてそれどころじゃなかった。

更に次の組み合わせはペスと委員長――いろんな意味であんまり会話して欲しくない二人だった。なんか意気投合っぽいことをしてるらしい様子に、僕とヤマシタさんはガタガタと震える夜を過ごした。なんかヤマシタさんの姿が子供大に膨らんでる気がしたけど、錯覚だったのかもしれない。


そして、最後にもう一回僕と委員長――


いったいなにを喋れと?

そう思ってたけど、ペスとの会話でなにかを得たのか、やたら積極的だった。


「ですから、ヤマシタさんの普段の様子がどのようなものかを、あなたの視点から見たものを是非詳しくっ」

「え、いや、そんなに変わらないと思うよ……?」

「代わりに私もペスティさんの様子を知り得る限りくわしく喋りますから!」

「それが交換条件として成り立つって、委員長の中で判断した根拠ってなに!?」

「飼い主やペットの、普段知らない姿を知りたいのは当然の欲求だとは思いませんか?」

「僕とペスはそんなんじゃないからね? 普通に友達だから!」

「あははー」

「またまたそんなご冗談を的な笑顔されても嘘じゃないから、本当だから!」

「冗談はもういいですから――」

「だからぁ!?」


結局、あんまり休んだ感じはしなかった。

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