48.未来の事について
いくらか騒ぎはあったけど、食事っていうのはやっぱり旅中の最大の娯楽で、それが終わったら何もすることがなくなってしまった。
僕らは焚き火を囲んで、ぽつりぽつりと会話をしていた。
あんまり話は弾まないんだけど、なぜだか気まずい感じはしない。
僕は頬杖をつきながら、木がぱちぱち燃えて熱と光を発する様をただ見つめている。
不思議と、見飽きることがなかった。
ペスは僕の背中を背もたれにして、星空を見上げてるみたいだった。
暑すぎるのが苦手みたいだから、僕を盾に熱源からちょっと距離を離したかったのかもしれない。
委員長は首輪をつけたままご満悦の表情だ。
彼女だけはたぶんここが地獄であっても同じ表情になっている。
ヤマシタさんの姿は見えない。
首輪から伸びるロープは上に向かっているから、たぶん枝のどこかに乗って周囲を確かめてるんだと思う。
「なあ――」
「なに?」
「トイレ行きたくならね?」
「ならないっ!」
「我慢しなくていいんだぞー」
「ぐりぐりするのやめい」
何度もそういうの確認するのは止めて欲しい。
あと後頭部でボディーランゲージするのも。
「おれ、そういうのしたことないからな、実際にしてるところを見てみたい、正直、かなり興味がある。前はなんかよくわかんないけど混乱してたからな、次こそはっ――!」
知的好奇心とそれ以外のよくわからない何かが結合して、ペスはすさまじくやる気になっていた。
「……たぶん本当についてきてもらうことにはなると思うけど、お願いだから、少しは離れて見てよ?」
「えー、けちだなぁ」
「皆隠してるのはそれなりの理由があるんだ」
「ひょっとして……それやったらおれのこと憎くなったりするか?」
もちろんと言おうとして、咄嗟に控える。
後ろを振り向くと、同じように振り返り、目をきらきらさせているペスとぶつかった。
「別になんとも思わないッ!」
「じゃあ、別に見ててもいいよな!」
「だめっ!」
「なんでだよ」
「駄目なものは駄目なの! そんなこと言うともう家の掃除とかしないからな!」
「なんだとうッ! そんなことするとおまえの家に住み着くぞ、いいのか!」
「なにその斬新な脅し!?」
「結果として、おまえがおれの家を掃除することにもなるだろ?」
「しかも購入するつもりだった!」
ペスは、ふふん、とドヤ顔をしていた。
なんだか呆れて、僕は元の体勢に戻り、ため息をついた。
ああ、炎ってきれいだ……
後ろから、ぽつりと真剣な声が。
「……よくよく考えてみれば、これってすごくいいアイディアだったか……?」
「真剣に悩まないで欲しい! プライベートすごく大切!」
「む、おれの良案にけちつけるつもりかタレ目の癖に!」
「顔は関係ないよね!? あと親しき仲にも礼儀あり! 踏み込まない方がいい距離感って絶対あると思う……!」
「拙者も、心の底から、切実にその意見に賛同する……っ」
上のリードロープ先から、やけに実感の籠った声がした。
「なんだよおまえら、器狭いぞ、おい」
「まったくです、いけずです」
「一人きりでいる時間とは、人間にとても必要なものではないかと拙者は思うのだ!」
「うんうん」
「拙者たちは未誕英雄である、なればこそ独立独歩の気概こそが肝要であろう」
「あと、旅の間はともかく、普段の生活とかだとお風呂やトイレの時間は一人きりの方がいいんじゃないかと思う!」
このままだと、この生活輸入しそうな予感がひしひしとしていた。
なんか色々な面でペスがヘンな感じになりつつある予感がする……!
委員長はとても不思議そうに首を傾げていた。僕の言っていることが何一つとして理解できないと言っているみたいだった。
伸びるロープは何度も縦揺れしていた。まるでもの凄い勢いで首肯してるみたいだった。
ふぅん――とペスの声がした。
「じゃあ、おれ、もう飯作らないでいいのな?」
「それとこれとは話が違うんじゃないかな!」
「うむ、拙者もまた話が多少前後しているのではないかと思える!」
委員長がシリアスな顔で「やはり、ライバル……!」とか言っていた。
+ + +
話し合いは、結局ぐだぐだのウヤムヤに終わった。
胃袋を掴まれたら、人はとても弱くなるってことを実感する。
ぺスの冗談交じりの「戻ったら料理作ってやろっか?」って言葉に思わず反射的に頷いてしまったくらいだ。
かなり後悔中だけど、ぺスの機嫌は格段に良くなった。
そうして、さっきと同じような体勢。
なんとなしに焚火を囲む。
ゆっくりと皆で呼吸をする様子だけがある。
背中に触れる感触は、相変わらず軽い。あんまり体重は預けられない。
たまに動くと擦れて痛い。あと、だんだんと体温が奪われてる感じもする。
でも、それ全部含めても、あんまり嫌な感じじゃなかった。
完全にこちらに背を預け、ごくちいさな鼻歌を歌う様子がそう感じさせるのかもしれない、いままで見たことがないくらいリラックスしていた。
「そういやさ、ここってでっかい木が多いのな」
「え、そうだっけ?」
「ええ、そうですね。私たちのあの世界はいろいろと暴れん坊な人が多いですから、そのためかと思っていましたが」
「他の理由も有るはずであろうな、拙者は遠くまで向かったことがあったが、植物の在り方に変化はそれほどなかった」
「ヤマシタさん――私を連れずに一人でそんなことを……」
首輪を両手で握りしめ、真上を見上げながらの言葉だった。
一見すると悲しげな様子だけど、真上では「む、ロープが拙者を!?」という騒ぎが起きてる。
「やっぱ魔力が多いと微生物とかの働きが鈍るってホントの話だったか」
「へえ、そうなんだ」
「パンの発酵も、なんか馬鹿みてえな速度で膨らんでたしな、あれ、本当なら朝食に予定したもんだったんだけどなー」
微生物うんぬん、ってことは土壌の豊かさも違うってことなんだと思う。
木々の成長とか、発酵の速度とかが違ってしまう。
「……魔力だけでもいろいろ違うものなんだ」
「だな」
「というか、何気なく食べたけど、パン屋さんとか大変だったんだね」
「いや、その代わりに魔力やら魔術使って時間短縮してる、おれが習った調理系魔術とかまさにそれだし」
「なるほど……」
必要があったから、そういう技術は発達したんだろうな、と納得する。
「魔力が多少あった方がいいみたいな話もあるけどな、やっぱあんまりにも多すぎるといろいろ不都合が出るみたいだな」
「バランスって大事だ」
「こんな極端に少ないとこは、おれ嫌だけどな」
僕は周囲をぐるっと見渡してみる。
真っ黒な夜が、焚き火の炎に揺れていた。
ここは、魔力がない。僕らがちょっとは慣れ親しんだものとは根本から異なる場所で、そこにたった四人だけでいる……
「僕らが『生まれ』るのも、ひょっとしたらこういうところかもしれないのか……」
思わず言ってしまった言葉だった。
言葉は、そのまま焚き火に吸い込まれた。
それは僕らが普段、あまり考えないようにしている事だ。
たとえて言えば、「確実に来世はあるよ」って言われているようなもの、そんなのどうやって考えればいいんだ。
「……だな」
背中で、ペスが頬杖ついているような動作があった。
「なんか、嫌だなぁ……」
「なにがだよ」
「英雄として、いや、そうじゃなくても『生まれ』るのが、嫌だなって今思った」
「……」
「こういうところに、僕が一人だけでいると思うと、たまらなく寂しい」
よく一人旅とかしようとか考えることができたもんだ。
それをしていたら、僕はきっとこの場で泣いていた。
あんまりにも違う場所で、たった一人でいるしかない孤独だ。
「――」
ペスは無言のまま、こつん、と後頭部をぶつけてきた。
やけに優しい感触だった。




