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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
遠征
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46.お手洗いについて

未誕英雄のあのへんてこな町並みは、意外と明るかったってことを知った。

太陽は、赤くなり始めたと思ったらあっという間に本当に沈んでしまった。

もう少し待ってという言葉はまるで聞く耳持たずに、なにをそんなに急いでいるのかと言いたくなるほどの速度で暗闇に。

きっと借金取りにでも追い立てられているに違いない。


夜に妖怪や化け物や悪霊が跋扈する理由を知った。

これは人の時間ではなく、別のものたちの棲む刻限だからだ――

月明かりや星の光は頼りなくて、とてもじゃないけど身動きなんて取れない、このまま進むなんて自殺行為だ。森のシルエットはもう見えない、夜に沈んで消えていてどれが木なのかすら分からない。周囲の光景も似たようなもの。どこの誰だ、夜目が効くなんて自信満々だったのは、おかげで着火式のライターがどこにあるのかもわからない。というかポケットにちゃんと入れておけば良かった。


「えと、こ、こう?」

「いや、こうだろ?」


上手く作業もできなかった。

木をキャンプファイヤー状に組んでたき火を作ろうとしているけど、自分でもなんかヘンな形になっているのがわかる。ちょっとした前衛芸術みたいな感じだ。それを包帯ぐるぐる巻きのペスが直していた。


「よくわかるね……」

「んー、新月ってわけじゃねえし、これくらいならだいたいわかるだろ?」

「こんな暗い中で作業とかしたことないよ」

「意外とサバイバル能力ないな」

「都会にしか住めない生物だったらしいよ、僕」


かなりがっかりだ。

いろいろと準備したのに、それをちゃんと役立てることができない感じだ。


「ふふん、おれが来ておいて良かっただろ」

「く、悔しいけどかなり助かってる……!」

「おれの下でいろいろ学ぶがいい!」

「ペスの友情に感謝」

「……なあ、なんか最近、ツッコミが冷たくねえか?」


きっと気のせい。


今いる地点はちょっとした野原みたいな感じになっていた。

他の作業はともかく焚き火をするってことはけっこう気をつけなきゃいけない作業だ。物品運びをしてたら放火魔になっていましたとか冗談にもならない。


たぶんここは、僕たちよりも先に来ていた人たちの作った場所だ。

焚き火の跡がある地点は、一回は燃えて消えるまで他に延焼を起こさない地点という保証になる。あとは簡易的な竈も側に設置されていたし、少し歩いて行けば小川も発見できた。

パーフェクトとな野営地点だった。


問題は、僕がその完璧さをまったく生かすことができないだけ。


「人間の目の、暗視能力のなさが憎い……!」


僕らは僕らで準備していたけど、向こうは向こうで準備していた。

馬車で簡易的な結界を張る作業だ。魔力拡散防止とある程度の物理的防御を兼ね備えるそれはニ日か三日くらいしか持たない。出来るだけ長く持たせるために野営時間の今まで張らずにおいた。

だけど、なんかそれとは別のことで騒がしかった。


「委員長殿、勝手に出歩くことは誉められたものではない、というよりも何故に拙者を抱えているのだろうか」

「だって私にはまだ首輪がはまっていて、ヤマシタさんはそのロープを持っています」

「それがどうしたというのだ」

「ヤマシタさん、知らないのですか?」

「だから、なにがだろうか?」

「トイレのお世話は飼い主の義務なのです」

「……離せ! 拙者を解放してくれ! そのような趣味は拙者にはない!」

「ちゃんとトイレができたら偉い偉いと誉めるのです」

「恥じらいの仕草をされたところで、行おうとしていることは紛う事なき変態の所行であろう!」

「えへっ」

「あ、ばれちゃった、みたいな顔をする必要は皆無であり、委員長殿一人でそれは行くべきであろう!」

「いえいえ、ですがね――」

「なんだろうか」

「そのロープを持ったままでいて欲しいのは本当なんです。魔力が枯渇しているためでしょうが、上手く伸縮することができません。そして、トイレ中に不運が起こることはさすがに控えたいのです」


つまり、トイレにつきあって、ということらしい。


「ぬ、ぬうぅう!」

「大丈夫です、さすがに私も恥ずかしいですが、ヤマシタさんがもっと恥ずかしがっていると思えば私は耐えられます!」

「なにかが盛大に間違っているように思えるのは拙者だけだろうか!?」


まあ、実際、トイレ中とか完全無防備状態なわけで、一人だけでするのはかなり危険だ。僕が敵ならその隙を狙う。誰かが一緒に行くことは理にかなった行動だった。ここはもう安全地帯じゃない。

いや、でも――


「まさかと思うけど、僕もそうなのか……?」


恐ろしいことに気づく。

基本的にヤマシタさんは委員長とセットだ。単独でついてきてもらうわけにはいかない。

では、誰についてきてもらうかと言えば――


ようやく着火し、めらめらと燃える火、その明かりに照らされて見えたのは、ペスが満面の笑顔で親指立てる姿だった。

下方向から照らされてる様子がかなり怖い。


「ぺ、ペスもトイレとかするよね!?」

「はっは、おまえ、おれの骨具合が見えないのか?」

「食べたものどこに消えてるの!?」

「気にするな、おれは気にしてない」

「なんかすごく不公平だっ!」

「大丈夫だ、すぐ側で観察してやるっ!」

「どこにも大丈夫な要素がない!?」


準備段階で忘れていることは、きっとこれだった。

トイレ関係としては紙とかちゃんと持ってきてたけど、仲間からの辱めを防ぐようなものは購入していない……!

これは、痛恨すぎるミスだ……!


「せめて耳をふさぐくらいのことを――」

「おいおい、周囲を警戒しなきゃいけないだろ?」


聴覚をふさぐことは、警戒度合いを下げるってことだ。


「僕、もう、帰る!」

「ゲートはもう閉まってるぞー」

「僕この世界が嫌いになりそうだ……!」

「おれは意外と好きになりつつある!」

「アウトドアとか大嫌いだッ!」


かなり遠く、余計な物音が聞こえないくらい離れた地点から、なにか音をごまかすように盛大な「にゃーんッ!」というやけくそ気味な鳴き声が何度も聞こえた。

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