45.道と会話について
なんとかペスはいつも通りの様子を取り戻すことができた。
巻いた包帯の分だけ体積が増えて、なんだかちょっと動きにくそうだったけど、もう寒さは感じてないみたいだ。
ただし、馬車に籠もったっきり出てこなくなった。たまに中から「ぅがぁああ……!」という呻き声とばったんばったん暴れるような音が聞こえる。
「どの道、魔法球を守る役目の人が必要だったし、別にいいんだけど……」
まあ、僕もなぜか知らないけど鼓動が早くなってるから、しばらく間を置く必要があった。
冷静になるための時間が必要だ、きっと。
僕らは、のんびりと進んでいた。
旅は、急いだらいけない。
ゆっくりと、できるだけ消耗することなく進むことが大切だ。
言ってみれば僕らは数百キロのマラソンやってるみたいなものなんだ。まずは完走を目指すことが大切。大会記録の更新とか必要ない。
その一方で今回の場合は、「まあ襲撃とかされるだろうな」ってわかってる状態でもある。
この魔法球がある限り、この国、たしか扶萄国って名のついたここは発展する。
それは隣国にとっては面白い話のはずがない。
相手のライフラインを狙うのは、戦争においても政治においても有効な手段だ。
僕は徒歩で馬車外を歩き、周囲を警戒していた。
本来ならヤマシタさんに先行してもらって、周囲の危険を確かめてもらいたいところだけど、今回の場合はそうもいかない。だってそれをするってことは、委員長が手綱を握るってことだ。しかも、ヤマシタさんが側にいない状態で。
きっと一時間後には、僕らは『生まれ』てる。
「……」
「えへへ」
だからヤマシタさんが前足を使って器用に手綱を操っていた。
ついでに委員長の首輪から延びるロープもその前足に絡んでいた。
馬二頭と委員長一匹を一人で操ってる格好だ。
ビーストマスタービーストなヤマシタさんだった。
修行僧みたいな目で彼方を見つめ、心を無にしている。
その隣には、正座した状態で首輪をつけてニコニコ笑顔の委員長がいる。
「あ、私も降りてこの馬車を引っ張ったほうがいいのでしょうか?」
ヤマシタさんは黙ってロープを引いた。「待て」の合図だった。
「はい、了解です、ご主人様」
「違うであろうっ!?」
「はい、違います、あなた様」
「呼び方を変えてくれと頼んだわけではあらぬ……!」
委員長の笑顔はまったく崩れなかった。
「では、ヤマシタさんと」
「ああ、一体なにか用であろうか……」
「絶望している姿がとてもかわいいので、抱きしめてなでなでしますね」
「結局のところ委員長殿は、拙者の言うことをまったく聞く気がないのではないだろうか!?」
元気よく頷く委員長はとても幸せそうだった。
ぺしぺしと肉球で殴られて、さらに恍惚としていた。
+ + +
道っていうのはけっこう大切で、いろんな情報を教えてくれる。
どれだけの人が通っているのか、どれだけ重要だと思っているのか、あるいはその国の持つ性格みたいなものまでわかる。
木々が繁茂する間を通り抜けるように作られたこの道はと言えば――
「あんまり良くない感じだよね……」
「そうなのか?」
だいぶ復活したらしいペスが、馬車の窓越しに僕を見ていた。
まだちょっと顔が赤い。たぶん魔力枯渇地帯であることが原因だ。きっと。
「うん、僕らが運ぶものは大切だ。この国の命綱のはずだ。それがわかっているのに、この道はあんまり整備されていない」
でこぼこがあったり、水たまりがあったり、草が生えていたり。
ヤマシタさんが上手く操縦しているから今のところ上手くいってるけど、これでもし僕が操縦してたら何回も車輪が轍にはまっていたと思う。
「ちゃんとした石畳とはいわないけど、せめて通りやすいようにしないとダメじゃないかな……」
それをしないのは、未誕英雄の力をそれだけ信頼しているから?
……なんか違う気がした。
「ほんと、なんでだろ……」
「そういや迎えとかも無いな。気楽でいいけど、なんかちょっとおかしいってのはあるな」
「それだけの国力がまだ無いのかな、軍とかも派遣できないし、道の整備なんてまったくできないとか、そういうレベルで」
いろいろとなんかヘンだなぁ、って感じだ。
妙なズレがある気がした。
必要なものを運んでいるはずなのに、それを必要なもの扱いしないのは、どんな時だろう?
いくらか考えるけど、国の上層部が馬鹿だから、くらいの考えしか思い浮かばなかった。
「おまえらの努力が足りないからだ!」とかって部下を叱りつけながら、自分自身は近視眼的で不適切な努力しかしてない感じ。
ちょっと暗澹たる気分になりつつあった。
少なくとも、受け渡す先の国が完全にまともだとは考えない方がいいのかも。
「あーあ……」
しばらく馬の歩く音と、車輪のがらがらと回る音だけがした。
前方の方からは「ヤマシタさん、にゃー、って鳴いてみてください、にゃーって。是非聞きたいです、とてもとても聞きたいんです、今ならだれも聞いていませんから……っ!」とかって会話があるけど、これにツッコミを入れるほど僕は命知らずじゃない。というか、ちょっとだけ僕も聞いてみたい。
「なんかよー」
「ん?」
「……あー」
「なに」
「なんでもない」
「いや、なに!?」
「言いたいことがあったはずなんだけど、忘れちまった」
うへへ、と笑ってる。
なにそれと言いながら、僕も笑い返していた。
さっきまでの暗澹。いつも感じているようなそれがあっと今に霧散する。
「ペスティ、ヘンだよ」
「うっせ、あとちゃんと縮めて呼べ」
「はいはいペス」
「おざなりだな、もう一回心を込めてだ」
「横暴だ!?」
また二人して笑う。
薄々は気づいていたけど、どうやら僕らはハイになってるらしかった。
旅を、楽しんでいる。
「初めての旅行がこれって、なんかヘンな感じだ」
「んー、そうか?」
「これが終わったら、どっか別の世界にも観光とか行くのもいいかもね、せっかくだからごく普通の旅行がしたい」
「お、いいな」
「でも、どんな場所がいいんだろ……?」
ぱっと思いつくのは海とか温泉とかだけど、これってペスが楽しめるかどうかかなり怪しい。
基本、ああいうのって肌を焼いたり、水の感触を楽しんだり、でっかいお風呂を楽しんだりするものだ。
「行くなら冬の雪山だな」
「遭難しに行くつもり!?」
「骨身に染み込むくらい冷たい魔力を味わいたい」
狭いテント、吹き荒れる吹雪。
震える僕を、とても嬉しそうに抱きしめながら魔力を吸っている誰かさんの姿が思い浮かんだ。
「あとかき氷とか食い放題だしな!」
「……雪ってけっこう汚れてるから、あんまり食べ過ぎない方がいいらしいよ」
「まじか」
「本当」
「夢が一つ破れた……」
「ペスにとっては雪山はかき氷の山だったのか……」
「まったくなんだよ、じゃあ、遭難しながらおまえの魔力吸うくらいしかやることないじゃんかよ」
「僕の想像はただの被害妄想でしかなかったんだ、ペスに悪いことしたなとか思ってすっごく損した!」
「なにおう誰もが考えるシチュエーションをおれが考えてなにが悪いんだ!」
「魔力吸うのは誰もが考えるものじゃないよ!?」
「それを考えないのはおまえの魔力吸ったことの無い奴だけだ!」
「誰もがの人数がめちゃくちゃ少なかった!?」
ヤマシタさんと委員長はいつものやり取りをしていて、僕らもまた似たようなやり取り。
誰も周囲の警戒してないな、と気づいたのはしばらくしてから。
ちょっとだけ反省した。




