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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
訓練
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2.ぺスについて

未誕英雄たちの住むこの世界は、かなり変だった。


全体としての調和が取れてない、というか、時代ですらも一定じゃない。

アラビア風建築の横に武家屋敷があって、真向かいに竪穴式住居があるような感じ。


道も基本的には中世ヨーロッパ風のゴツゴツした石畳だけど、当たり前みたいにLED式の街頭が立ち並んでる。

衣料店のディスプレイに並んでいるのは十二単と多機能スキンスーツと呪術法衣と風属性の軽鎧だ。

食べ物店も、和洋中はもちろん、深海住居風とか、神幻霊の踊り食いとか、貴方が食べた一番不味い料理を完璧に再現します! とか書かれた看板がある。

ちなみに最後のは、ちいさく「美味しいものは作れません」と申し訳なさそうな文字もある。


いったい今はここはどこで、どんな文明で、どういうところなのかわからなくなる。


……まあ、このなんか変だって感覚も、根拠があるわけじゃない。

生まれたばかりなんだから、判断材料なんてあるはずなかった。なのに「ここ、変!」と断言してしまう僕自身が、実は一番変なのかもしれない。


実際、他の人たちはそういう風にはあんまり感じてないみたいだった。

「ここはこういう世界なんだし、こういうもんだろ?」――そういう風に真っ正面から受け止め、受け入れてる。

僕だけが「いやいや、いくら何でも変だよね!?」と戸惑ってる。なんだか不公平な感じだ。


 

 + + +



学校へ向かう途中、友達を迎えに行くことにしている。

ネボスケというか、僕が起こしに行くのを計算にいれて自堕落にしているところのある人だ。


なんでこんなことしてるんだろう、僕だって朝強いわけじゃないのになあ、と思うけれど、一度出来上がった流れは今さら止めるのも難しい。

なんかため息ばかりが出る。


変な町には変な人たちが沢山いる。

大半は二回生とか三回生――世界を一回救うなり滅ぼすなりした後で「やっぱなんか納得行かない」と再びこの未誕英雄世界に戻ってきて、レベルアップを図ってる人たちだ。

大魔王を打ち倒したり、世界の行く末を九十度くらいねじ曲げたりしたような実力者、もちろん僕なんか足元にも及ばない。全力を振り絞って立ち向かっても「あー、俺も昔はこんなんだったなぁ」みたいな生暖かい目で見られながらデコピン一発で返り討ち。やる方はほのぼの懐かしむことができるのかもしれないけど、実際にやられるとかなり悔しい。


そういう人たちが今現在、学生街であるこの地域のあちこちで空中戦をしたり、値段交渉に催眠系の魔術を互いに用いたりしている。

暴れて回るその人たちに押されて縮こまるように、僕ら『新入生』が歩いてる。

気分的には平均レベル1000の人たちの間に、レベル10がいるようなもの。これでデカい顔をすればただの馬鹿だ。


僕がトントンとノックした家――洋風建築の三階建て、ちょっとシックな感じの所の家主は、そういう意味では馬鹿に属するんだと思う。実力差を分かった上で傲然と胸を張れる向こう見ずさは、正直ちょっと羨ましい。


「ペスー、来たよー」


複雑な感情と一緒にドアを開いた。鍵はかかっていない。

中の様子を見た。

すぐに扉を閉めた。


「……」


若干の寒さを感じる風に吹かれながら、今見たものが何なのかを考える。

どこからどう見ても、三日三晩眠らず宴会大騒ぎを終えた直後の有様だった。もしくはサバト。あるいは家屋内無差別洗濯機状態。


芸術的に机とイスが詰み上がり、魔術本がジェンガ最終状態な感じにバランスを取り、頂上ではぬいぐるみが決めポーズを取っていた。

綿埃が部屋中央に集められ、「ほらこれ使え」みたいな感じに箒とチリトリが横に設置されていた。

あんまり数のない衣服は、天井から地面までひと繋ぎに、両手部分を結んで垂れ下がってる。


ちなみに昨日はこんなんじゃなかった。

僕が整理整頓に清掃までして片づけたからだった。かなり頑張った。


なんかの飾りみたいに壁に突き刺さってるフォークやナイフや皿だって、ちゃんと台所の収納に仕舞っておいたはずだった。

奇跡的になんの変化もない机付近が、こうなるとむしろ苛立たしい。


「――」


ゆっくりとおおきく深呼吸。目に焼き付いてしまった光景が、なんかの幻か錯覚じゃないかと期待して、もう一度開けてみた。

現実は厳しかった。

むしろ細かい部分の酷さというか、乱雑具合がわかった。

昨日の、僕の一時間強ばかりの時間と苦労は無に帰した。

屋内に入り、どれだけ見渡してみても、その事実が変わることはなかった。


「やはり、僕は未誕英雄……未だ誕生してない程度のものだ……」


目を閉じ、悲劇的に言ってみる。


「掃除の一つもきちんと完遂できないほどにちっぽけだ――だから、いつも起こしてる友達を今朝に限って起こすことができなくても仕方ないんだ……!」


ドアノブを握り、決意と共に宣言する。


うん、この上、わざわざ起こしに行くとか、僕はどんだけお人好しなんだって感じだ。学校へ行くことに躊躇はない。


「――っ!?」


無音の雷鳴――


そんな矛盾を直後に感じ取り、振り向きざまに抜剣、室内の空気を切り裂き、魔力弾もはじいた。

天井に着弾する様子と、痺れる威力が手に残った。


剣風が室内中央の綿埃を巻き上げる、更にその上では跳躍しながら拳に魔力をぎゅんぎゅん集積させているエルシー・ペスティ――この家の主にして、僕の級友にして、衣服をまるで身に纏わず最優先で致死性の攻撃を仕掛けようとしている女の子がいた。


「ちょっ!?」


驚きながらも剣を翻す。

極度の集中のせいか、水中で動いてるみたいに鈍い。


ペスの全身を螺旋状に巡る魔力は、落下速度に合わせるように威力と規模を増大させた。

下弦の月みたいな笑顔も、それに合わせて深くなっていた。


というかめちゃくちゃ怖い……っ!


強く剣を掴み、機を合わせる。

やろうとしているのは、なんの工夫もない全力攻撃。

殺してしまうかもとか、そういうことを考える余地はゼロ。

踏み込み、叫び、全身を可動させ剣を振る。


ペスの「うはははっ!」って笑い声を上書きするように、盛大な衝突音と魔力光が炸裂した。

両手に乗る威力は、連鎖爆発し続けるTNT爆弾があればこうだろうと思えるもの。のたうつ赤や青の光がブロードソードと両手で踊る。


「なに――すんのっ!?」

「なあ、知ってるか?」

「なにを!」

「幼なじみが起こしにくるのって義務なんだぞ?」

「たしかに生まれてすぐに知り合ったから、僕らは幼なじみってことになるんだろうけど生後一年未満なら何か違うんじゃないかな!? というか偏った知識元に殺意満点の攻撃とか無いで欲しいっ!」

「うっせ! おまえがおれを起こさず一人勝手に学校行こうとするのが悪いんだろうが!」


乱光に彩られたペスの表情は、なぜかとても嬉しそうだった。


「幼なじみ気取るなら、せめて人の努力を無にするようなことは止めて欲しい!」

「なんの話だよ?」

「この部屋の様子!」

「は? あんだけ綺麗な室内だったんだ、一日経てばこうなるのって当然だろ?」

「どこだ! どこで僕とペスとの間に決定的な常識のズレができたんだ!」

「いいからおれを優しく起こすんだ! いつもみたいに寝ぼけるおれをおまえが面倒くさそうに着替えとかさせて、そのまま登校するんだよっ!」

「いま寝ぼけてなきゃいけないはずのぺスがこんだけ元気だと、それすら擬態だったんじゃないかって疑いがあるよ!?」


その手に込められた魔力は一向に収まらない。

じりじりと押されているような体勢になる、ペスの笑顔は更に嬉しそうになる。一見すると花束抱えた女の子の喜び。その実、抱えているのは破壊の集積で、それは刻一刻と僕に近づいてくる。


純粋な筋力としては僕の方が勝ってるはずなんだけど、膨大な魔力量と真上からの押さえ込まれてるような体勢がその差を覆してる。


「てか、おれが裸なんだから、おまえも脱げよ!」

「なにその横暴!?」

「同じ姿になるくらいいいだろうが」

「待った、それって僕の肉を剥ぐとかそういう話になってない!?」


ちなみにペスは未だに裸だ。

裸だけど、そこにあるのは肉体じゃなくて、骨ばかりだ。

顔だけは生身だけど、それ以外は魔力を伝導させている骨格しかない。


ペスは、人の悪そうな笑顔で断言した。


「おまえの裸を――おれは見たいっ!」

「それ僕に死ねって言ってるようなものだから!」

「根性無いぞ、おい」

「根性だけでそれできる人がいたら心の底から敬服するけど、僕は絶対できないしやりたくもない……!」


言いながら、拮抗状態をいなす。


「お」


ペスの攻撃が横へと滑り、家屋へ直撃しようとする。

それを反射的に止めるタイミングで、僕もまたペスを抱き留める。魔力が伝導していたせいか、やけに熱い、体重的にはけっこう軽いけど。


「はい、ここまで。というか、もういいでしょ」

「んー」


唇をとがらせていたけど、ニカっと笑い。


「仕方ねえな、そこまで言うならな!」


なにがどういうわけで「仕方ない」のかは、たぶんペス本人もわかってない。


腰に手を当て大笑いしている様子を見ているうちに、僕としては細かい事はどうでもよくなっていた。

というかニ日とか三日に一遍くらいは起きてることに、いつまでも目くじら立てても仕方ない。


僕はブロードソードを仕舞い、ペスはマントを身につけながら「どうだ裸マントだ!」とか言っていた。当然、無視。


「ペスは朝ご飯まだ?」

「ああ、そうだな!」

「適当に買って食べる?」

「どのアイスがいいか、それが問題だ」

「いや、もうちょっとちゃんとしたの食べようよ」

「そんなのはおれの勝手だろ、って……」


くんくんと鼻を動かし、唐突に渋面になった。


「おまえ、またあの変な店行ったのかよ」

「樹さんのところ? それなら、うん」


ものすごぉくイヤそうな顔をしていた。

どういうわけか知らないけど、ペスは僕があそこへ行くことが気にくわないみたいだ。

直接口にしてそれを言わないのは、根本的には「僕の勝手である」って部分を尊重してるからなんだと思う。


「よし、なら一緒にシャワー浴びるぞ」

「なんでっ!?」

「いいだろ別に、さっきからおれ裸だし?」

「そうじゃなくて、ホントになんで!?」

「うっせ、いいからおれにわしゃわしゃさせろ、そして裸を見せろ!」

「どっち!? それどっちの意味での裸!?」


まあ、そんな感じの日常だ。


……ちなみに、シャワーは断固拒否しておいた。


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