43.話と共感について
目的地につくまでだいたい十日。けっこう発展してるそうだから、その町で食料を買い足す方向で考えてるけど、万が一のことを考えて二十日分の食料を持って行く。水は定期的に得ることができるみたいだし、地図見る限り森の間を通り抜けるような道のりだから、たき火の燃料にする木は拾いながら行けばいい。
というか、意外と重いのが馬用の藁で、これを十分に与えないとさすがにヘソを曲げてしまう。
ベッド代わりと魔力球を入れた箱の緩衝材として藁は利用。着替えの服は最低限、代わりに洗濯にも体を洗うのにも使える粉状石鹸を持って行く。衣服乾かすためのロープも必要。とにかく旅は身軽にが基本だけど、なにを最低限にするかが問題で――
とかやっていたらあっという間に日が暮れた。
それでも、形くらいは整ったと思う。
「なんか絶対忘れてるんだろうなぁ……」
向こうに行ってからハッと気づいて、どうして思いつかなかったんだって悔しがるパターンだ。
ほとんど未来予知みたいにはっきりそれがわかる。問題は、その忘れたものが何か、今の僕ではまったく思い当たらないことだ。
机に額をつけて鬱々としてしまう。
「あー、そうだ、ペスも行くことになったんだから、いろいろ魔力関係に気を使わないとダメだよね、ええと、馬車内に結界張って魔力遮断みたいなことをしないと。それ用の衣服を買ったとはいっても、自由に着替えはできた方がいいはず。魔力球を運ぶんだし、このあたりの備えは絶対必要だ。明日朝イチで調べて買ってこないと。あと、万が一に備えて魔力の補充ができるようなのは――ああ、だめだ。前に調べたとき、めちゃくちゃ高かった覚えがある、というか、その高級品を僕らが運んでるんだよね……」
「……大変であるな」
「うん、意外と」
肘をついて、ため息をつきながら。
「僕がこんなに心配性な奴だったなんて、僕が一番驚いてる」
僕らは、樹さんのお店に来ていた。
夜にはあんまり開いてない――というよりも夜間に活動するって概念がないから、店内は真っ暗なまんまだ。
まあ、僕もヤマシタさんも夜目は効くから問題ない。
「別段、おぬしがすべてを用意する義務を負っているわけでもないであろう」
「かもしれないけどね――」
たぶん、ペスは細々とした旅のための準備とか考えないはずだ。
ヤマシタさんには委員長の側にいてもらうっていう大役を果たしてもらわなきゃいけない。
委員長は論外。
「僕しかやる人がいない以上、がんばるしかない」
選択肢なんて他に無かった。
「そうか――」
「うん」
「して?」
「ん」
「拙者をここへと呼んだ理由はいったいどのようなものであろうか」
「あ――」
脳味噌が準備にばっかり行っていた。
わざわざこの場所にまで――委員長やペスと離れて、ヤマシタさん一人を呼び寄せた理由は二つあった。
「ちゃんと言わないと、って思ってたんだ」
僕はきっちりと向き合い、頭を下げる。
「せっかくメモもらったのに、バレらすようなことしちゃってごめん」
「それは――」
とても意外なことを言われたように、目をぱちぱちとさせていた。
「それは……仕様のないことであろう。仮にも委員長殿は探索系の訓練を受けている。それを戦士系の訓練のみを受けているおぬしが感知できぬからからと言って、非難できる筋合いがあるはずもない」
「かもしれない。それでも秘密を漏らしたことは謝らせて欲しい」
「……意外と義理堅いのだな」
「自分でも意外だけど、そうみたい」
ヤマシタさんは、机の上に座って目を閉じながら、尻尾を横に振っていた。ちょっと喜んでいるらしい。
「それで、どうしよう?」
「うむ?」
「ヤマシタさん、旅とかあんまり好きなタイプじゃないでしょ」
「……おぬしは、よく見ているな」
「実は」
あまり突飛なことをしたがらない。
意外と古風で、通常通りの日常通りを好む感じだって把握していた。
旅行っていう非日常を積極的にしたがるとは思えない。
今回は、本来は一時的な逃亡目的のもの。
その意図はもう挫かれた。なら、僕と一緒に行く理由は無い。
委員長と一緒にこの世界に残るのだってアリな選択だ。
「ふむ――」
目を閉じ、考え込んでいた。
暗闇で彫像みたいに身動きせずに、たまにヒゲを揺らしてる。
「行く必然性は消失しているが、かといって行かずにいることも心苦しいものがある……」
「あ、その辺の引け目的なことはあんまり考えないでいいよ」
「……正直、こうしたことを選択することが、拙者は苦手だ」
「そうなの?」
「他者を見つめ、そのものにとってよいことかどうかを考えることは楽だ。しかし、拙者自身のことについて判断し、選ぶとなると、どうにも困る」
「単純に、好き嫌いで選べばいいんじゃないかな……?」
「むむむ、拙者は……そう拙者は――平穏が望みだ」
「そうなんだ」
「そしてそれは、委員長殿が側にいる限り叶わぬ望みだ……」
やけに遠くを見つめていた。
「従って、この地に残ることも、かの地へ行くことも変わらぬということになる――果たして拙者はどうすればいいのだろうか?」
「そ、それを僕に訊かれても困るよ……?」
「確かに」
小さな口からため息を出し、前足で顔を洗うような動作をしていた。
「まったく、拙者は情けない。このような選択すら己が意思ですぐさま選ぶことができぬ。ただでさえ行いの些少なる身であるというのに――果たしてこの世界に、この未誕英雄たちの世界に未だいていいのかどうか、少しばかり申し訳なく、後ろめたい思いがある」
恥じたように視線を下に向けた。
僕の目はまん丸になった。
その悩みは、僕のそれと相似だ。
というか、英雄として生まれることに引け目みたいなものを感じているのは、僕だけじゃなかった、それどころか仲間内にいた。
ちょっと意外すぎて、上手く言葉にすることもできなかった。
「え、ええと、ペスもそうだけど、ヤマシタさんもちゃんと行動できている、僕はそれがうらやましいと思ってるよ?」
「む、むむ?」
「成すべき最善を迷いなく実行できるって、実はすごいことだ」
「そうであろうか……?」
不安そうに言うその猫は、ボス狼を相手に迷いなく、ただ一人で立ち向かった人でもある。
「それに、行えることが少ないって言えば、僕だってそうだ」
「それは無いであろう」
「僕は『掴む』ことしかできない。攻撃力はペスに負けてる、遠距離攻撃なんてもってのほか、他の人のアシストなんてどうやればいいのかまったくわからない。あと委員長は卑怯」
「それはまさに拙者こそがそうだ。この身で敵を打倒することなど叶わない。遠くの敵に対してはまるで無力。支援も必ずしも要るものではないだろう。あと委員長殿の力はたしかに卑怯極まりない」
「だよねえ」
僕らは強く頷き合った。
「まったく、なぜ委員長殿は拙者ばかりを標的とするのであろうか、他に執着するべき相手はいくらでもいるように思えるのだが……」
「その辺りは僕もそうかな、ペスの家とか掃除したり一緒に遊ぶのは楽しいけど、ことあるごとに部下になれって言うのは勘弁して欲しい。友達関係を上下関係にしたがる理由がわからないよ……」
「最近、上手くいえぬのだが、拙者の身が詰みへと近づいているように思えるときがある。どれほど抗おうとも無意味な地点へと追い込まれている予感だ。これが単なる錯覚であれば幸いなのだが、どうにもそうとは思えぬ……」
「僕の場合は逆かな? なんか知らないけどペスがヘンに追い込まれてるように感じるときがある。なにか悩んでるっぽいんだけど、まったく思い当たるものがないんだ」
「不思議であるな」
「ヘンな感じだよね。ああ、そういえば――」
言葉はつきることなく出た。
最初の目的も忘れて、僕らは夜通し話をした。
半分は愚痴みたいなものだった。もう半分は不安の吐露だ。
同じような悩みを持っている、同じ立場の人がいる。
それは、想像していた以上にありがたかった。
翌朝、寝ているところを樹さんに発見されて、うきうき笑顔で捕獲されそうになったけど、あんまり後悔はしていない。うん、本当に。
準備編、終了。
あと、コネストーガ幌馬車の平均的な積載量、5400kgを超えるとかすごいなとか調べて思った。




