41.準備不安について
参加人数が一人から一気に三人に。
増えた事実を知っていたのは三人中二人だけだったけど、すぐ三人になった。
ヤマシタさんは首輪をはめられ、抱きかかえられた状態で「そんな馬鹿な」って表情になっていた。
僕もそんな馬鹿なと言いたい。あるいは、僕はそんな馬鹿だったでも可。
脱獄を計画していたら仲間からの密告にあってより酷い状況に陥ったかのようなその絶望を、僕は直視できなかった。
撫でられるたびに悲鳴を押し殺すヤマシタさんをなんとか助けたいとは思うけど、今の委員長に手を出したらもれなく破滅すること請け合いで、遠くからお祈りするくらいしかできることがなかった。
僕ら三人は、旅行者用の専門店に来ていた。
+ + +
旅を必要とする未誕英雄はけっこういる。
そもそも生まれた先でそうした行動が必要になることもある。
だからちゃんと専用のお店があった。
一見すると大きなログハウス風の、なぜだか三階建てのお店だった。
行く世界の方向性によって大きく三つ分かれてる感じだ。
宇宙旅行するのに名馬とかあんまり必要ない。
主に僕が旅行装備を選ぶことになった。
委員長が下手に触ると壊れるからだ。
そしてヤマシタさんは下手に解放すると逃げるからだった。
宿泊については寝袋一つか、厚手のコートがあればなんとかなるかとか簡単に考えていたけど、他二人はそうじゃないからいろいろ買う必要がある。
貞操が危ないから、ここは慎重に選ぶ必要があった。もちろん、ヤマシタさんのだ。
「テントは一つでいいですね」
「いや、それはダメじゃないかなあっ!」
「うむ、拙者もそれは却下すべき事柄であるように思う!」
「それなら二つでしょうか?」
うん、そうだねと僕は頷こうとするけど、相変わらず全身を震わせながら抱き抱えられているヤマシタさんが待ったをかけた。
「確認をしたいのだが、それはどのような振り分けなのであろうか」
「え、私とヤマシタさんはセット一組ですから、当然――」
「拙者たちはいつからそのようなことになった!?」
「ですが殿方と同衾するのは控えたいですし……」
「ごめん、それは僕が控えたい」
「委員長殿は、なぜ最後の可能性をきれいに外すのであろうか」
同衾とか言っても、これで僕が委員長にヘンなことをしたら漏れなく僕が面白い感じの死体になると思う。
あと、殿方って部分にヤマシタさんが「つっこみたくてたまらないけどぐっとここは我慢」みたいな反応だったのはどうしてなんだろう?
「そもそも、委員長殿は夜間、その能力を制御しきれぬのだから、これを封じるような設備を必要とするのではないか」
「……やっぱり、そこまでヒドいの?」
「うむ、大変に酷いことになっているのだ。異なる世界へ赴いたところで、この法則は変わらぬものだと拙者は考える」
「ええ、わかっています。ですから、ヤマシタさんは私と一緒に寝なければならないのですよ?」
「何故そのような結論になるのであろうか!?」
「ふふっ」
「意味ありげな微笑みを浮かべられたところで拙者にはとんと心当たりがないのであるが!?」
「そっか、テントは二つ必要だよね――」
「待て、待ってはくれないか、何故切なく諦めたように購入を行おうとしているのであろうか!?」
「旅行、楽しみですよね」
今の僕には、不運が見えている。
だからそれがヤマシタさんと接触した瞬間に対消滅してる様子もわかってる。
うん、個人的な葛藤というか同情を別にすれば、本当にこれがベストな分け方なのかもしれない。
「あとは――食料と水か……」
「本当に少しは待ってはくれないか、すでに決定済みとなっているのか!?」
現地調達もできないことはないんだろうけど、魔力が補充できない環境はなにが起こるかわからない。
いざというときの無理が効かない。
だから、水と食べ物だけは必要だ。本当に必要だ。絶対に必要だ。特にうどんはなにがあろうとも――ッ!
いや、だから違う。
おちつけ僕。
隣で委員長が「そういえばどうしてゴロゴロしてくれないのでしょうか」とヤマシタさんをあちこちなで回してる様子とか、助けを求めるか細い悲鳴とかに意識を奪われてる場合じゃない。
とにかく旅をする、っていうのはそれだけカロリーを消費する。
食料補充のために「現地で狩って調達」とかやってると詰みになりかねない。
狩ること自体が大変だし、せっかく獲物を得ても毒物の有無とか素人にわかるものでもない。ノウハウがわからないのにメインの食料源にしたら痛い目を見る。
「水は、豊富にあるんだっけ――」
というよりも、その水を豊富にするために魔力球を運ぶ必要があるらしい。
魔導装置を使って、不毛の大地を実り豊かで河川が多く流れる地域にしたとのこと。
これを妨害するのがその隣国だった、「なに人に黙って繁栄してんだコラ」と因縁付けているらしい。
もともとは一番の大国だったのに、あっという間に追い抜かれて怒り心頭中とのこと。
「水の心配がないのなら、乾燥食料をメインにするべきかな」
あ、そういえばとヤマシタさんを見る。食料について確認がしたかったからだった。
塗れる瞳が切なく助けを求めていた。
僕は視線を逸らした。
「あ、ヤマシタさんであればチョコレートもタマネギも大丈夫ですよ?」
僕が聞きたかったことは委員長が答えてくれた。
「たしかにそうではあるが、なぜ委員長がそれを知り断言できるのであろうか!?」
「ええと、本当に大丈夫なの?」
「も、問題はない、ただし食べている姿を見られるわけにはいかないが」
なにかのジンクスというか宗教的な理由かなと、思う。
委員長がやけに嬉しそうに含み笑いをしていた。
「ああ、そうだ、魔力球けっこう量が多いから、馬車とかも借りないといけないんだ……」
それ考えるとテントは必要かどうか微妙だなと思う。
馬については、本来なら訓練がいるけど、この未誕英雄世界でいろいろやった結果、馬車であれば素人でも問題なく乗れるらしい。だけど、それでもちょっと気がかりだ。
「というか、たぶん魔術的な措置でおとなしくさせてるんだろうから、なにか問題があったら本当に僕らお手上げな感じになるよね……」
いや、そもそも水だって本当に飲めるかどうか怪しいんじゃないか?
湧き水以外はできるだけ飲まない方が無難だって聞いた覚えがある。この場合、水が湧いてるところは目標到達地点とかになるから「カンペキに安全な水」は望めない。
ええと、だから沸騰させたり、キツ目のお酒を買って混ぜて飲むとかしたりしないといけない。
「水があるなんて奇跡だ!」って感覚と「絶対に腹を壊さない水を飲みたい」って感覚の間にはかなりの差がある。
そういうお腹を壊したときとか怪我をしたときのために医療系の薬もちゃんと完備しておかないとダメだ。
近くに医者がいるわけじゃないんだから、自分たちで治さなきゃいけない。
「ぬぉおお……」
考えれば考えるほど、いろいろな不安が増殖し出した。
いくら馬車つきとはいえ何もかもを持って行くわけにはいかない。
無制限にものを入れられるアイテムボックス的なものが切実に欲しい。
ああ、でも、こういうのって大抵の場合は杞憂で終わるものだよね。
備えあれば憂いなしとは言うけど、その備えがむしろただの荷物で終わることなんてけっこうある……
頭を抱えていた悩みに、ちょっと救いを得た思いで顔を上げた。
「えへっ」
委員長が微笑んでいた。
「……」
ヤマシタさんは未だに抜けさせていなかった。
「――」
絶望を理解する。
備えをすれば、きっとそれは無駄な荷物になる。
備えをしなければ、きっとそれを必要とする事態になる。
僕の脳裏では、不測の事態に備えた物品がどんどん増殖していた。




