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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
遠征
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39.はじまりについて

「個別クエストを受けよう」


みんなにそう提案したのは僕だった。

理由として切実なものだったけど、気分としては軽かった。

あんなことになるなんて、思ってもみなかった……



 + + +

 

 

黒鎧のことがあってからしばらく。

指示された通りの鉱石素材を持って、例のロックな鍛冶屋を訪れた。


バンバンと肩を叩かれながら「ひゃっふぅうう」と叫ばれた。

直前までの「ああ、どうせ新しい剣もらったとかそういう報告なんだよね、わかってるわかってる、いいよ別に気にしないでハハハ……」みたいな諦めを浮かべていたのに、今は小躍りしながら太鼓を叩き、周囲一帯に響くような吠え声を上げる。正直、ちょっとうるさい。


「ええと、それで、作ってくれるんですか」

「IYAA! もっちろん任せといて欲しいっす!」


強く拳を握っての断言。

この上なくやる気だってわかる。


鍛冶屋殺しに武器を造る、そのことにこれだけのやりがいを感じている人は他にいないんじゃないかと思う。

申し訳なさみたいなのと同時に、期待も高まった。

腕が確かな人が全力をつくしてくれるんだ、どんなものが出来上がるかワクワクする。


「代金こんだけっすよ」


で、その紙切れを渡された。

僕の笑顔だけが一方的かつ圧倒的に消えた。

見たことが無かった桁の数字が並んでた。

言葉として翻訳すれば「今からおまえは飢え死にすることになるのだ」って感じだ。


冗談だよね、という願いを込めて視線を上げた。

すごくやる気の、嘘偽りのないまっすぐな視線とぶつかった。


ああ、そっか、これたぶん、良心価格だ……


頭の中が真っ白になりながらそれを理解した。

だって悪気とかゼロどころかマイナスくらいの勢いで、純粋に腕を振るえることの喜びばっかりがあった。今更「ちょっと値段が高すぎるからしばらく待ってくれませんか」とかとても言えない感じだ。

ただでさえ、僕は鍛冶屋を自由には選べない身だ。


金策に走った。

緊急用のクエストはもちろん、他にもいろいろ。

未誕英雄は、こういうときに担保にすべきものがないのが痛い。借金だってマトモにはできない。それでも、なんとか、どうにか目標額に達した。信じられなかった。


数日後、できあがった剣は、とても、大変にすばらしいものだった。

もちろん僕の財布からは、すべての金銭が残らず消えた。

入ってる紙切れは借金のそれだ。かなり法外な金利だけど文句も言えない。


新しい剣、その柄を握りながらも涙は流れる。

きっと抱えている空きっ腹が、僕をとても悲しい気分にさせるからだ。



 + + +



樹さんのところで購入した果物をかじりながら、個人用依頼を確かめる。

お金がないなら血で支払えばいいじゃないと、どこかの捏造されたプロパガンダみたいなことを思いながら。

なんか体力的にはマイナスになってる感じがかなりある。


目を皿のようにしながらゆっくりと、味わうように果実を食べる。

なぜか周囲の人たちは僕を遠巻きにしてた。

金、お金が……

と気づけば呟いていた。

かなり気色悪いだろうなとは思うけど、それよりも今はクエストだ。というか食い物だ。果実以外の、ちゃんと血肉となるものが僕には必要だ。


依頼、あるいはクエストと呼ばれるこれは、未誕英雄が頼んでいる場合もあるけど、つながりのある別の世界からのものもあった。

ゲートの開きやすくなっている異世界は、残らず二回生が活躍した地点だった。行って、戻って来たからこそ連結が可能になった。


「よし……!」


そして、たいていそういう異世界依頼は制限付きというか、条件付きな感じになっている。

前に皆でやった実戦訓練みたいに、「出された依頼をクリアしない限り再びゲートが開かない」って仕掛けだ。


異世界まで行ってのクエストとは、依頼をこなすか、死か、そのどちらかしか認められていない。

依頼失敗しちまったぜ好き勝手ヒャッハァするぜヒャッハァ! みたいなことをやれば即座にゲートが開いてバッサリだ。

このあたり、噂話も混じっていて真偽がつかない感じだけど、どちらにしても何らかの処罰がされるのは間違いない。


冒険者ギルドみたいな後ろ盾というか互助組織がない代わりに、二回生や三回生が睨みを効かせ、場合によっては「おまえもういいからとっと本来の世界に生まれてこいや」とかやられる感じだ。

まあ、せっかく必死にがんばって救った世界なのに他の未誕英雄が乱暴狼藉するのを見過ごしたくはないよね、というのはわかる。


つまりは、こういうクエストを受けることは、命の危険を得るってことだ。


その分だけお値段的にはお得なんだけどね。

前払いもたっぷり貰える。


そうして選んだのは――魔法球の運搬。

いわゆるお使いクエストみたいなもの。

壊れやすいから乱暴に運ぶわけにもいかなくて、転移系もちょっと厳しい。だから、僕らみたいなのがえっちらおっちら護送しながら行くしかない。


いつの世も、物流こそが経済活動の基本だ。

物が動くからこそお金が動く。

実に手堅い。


クエスト自体の信用度も問題ない感じだった。

予想される困難。依頼のいままでの成功率。報酬未払い問題ゼロ――

手にした紙にはそうした細々としたことがきちんと書かれてあった。

張られてる紙が真新しいのもポイント高い。

依頼の定期的な達成と更新の証だ。


よし、と頷き、僕はその紙を千切って予約の代わりにした。




そして、教室内で皆に、それを見せた。


「妨害する敵もいるみたいだけど、注意さえすれば問題ないと思う。どうかな?」


長机に置いたそれに皆の視線が集まる。特に反応はなかった。

よしわかった行くぜ! みたいな声を望んでいたわけじゃないけど、もう少し前向きな返事が貰えると思っていたから、その場のしぃんとした空気はかなり意外だった。


ペスはものすごく微妙な表情になって顔を背けてた。

そういえば、朝の寝起きが悪いみたいだから、日を跨いだような旅は嫌なのかなと今更気づく。

委員長は黙ってお茶を飲んでいた。

たぶんイエスでもノーでもなく、保留って感じなんだと思う。

ヤマシタさんは沈痛な面もちで頭を振っていた。

正直、いちばん予想外な反応だった。少なくとも積極的に反対することはないと思っていたんだけど……


「え、ダメ……?」

「いや、だって、なあ?」


少し呆然とする、くうくうとお腹は鳴る。

そんなにダメだったかなと紙を切なく見返してみる。


あ――

金とメシにしか行っていなかった脳味噌がようやく起動した。


「ごめん、考えてみたらペスはこれ、止めておいた方がいいのかも」

「は?」


書かれた内容をたしかめる。

うん、やっぱりそうだ。


「この世界、魔力が枯渇してるんだ。自動的に回復しないから、ペスにとってはかなり厳しいと思う」


ただの魔術師だったらそこまで問題じゃないけど、ペスの魔力が底をつくのはそれこそ生死に関わる。

体を構成している連結が解ける。


「あー、そりゃあ、なあ……」


喩えて言えば、それは僕が一切水のない世界に行くようなものだった。

手持ちの水筒をこぼしたらそれで終わり。補給のあては一切なし。旅の難易度がとんでもなく跳ね上がる。


「大変残念ではあるが、委員長が行くのも止めておいた方が無難だと拙者は考える……」

「え」

「どうしてですか?」

「委員長殿を外世界に行かせ、しかも睡眠までその場で取ることは集団自殺に等しい……!」


ちょっと納得する。

前に委員長が昼寝したら教室が三つくらい同時に崩壊した。


「なら、僕一人か……」

「行かないでおくって考えはなしかよ」

「そこまで難しい依頼じゃないし、せっかくだから行ってみるよ」


というかそうしないと僕は死ぬ。

死因、武器買ったから餓死って、ちょっと理由として情けなさすぎる。


それに、考えてみればこれは一人旅ってだけだ。

一度くらいは経験しておいてもいいんじゃないかな。

そう考えたらわくわくしてきた。


「うん、そうしよう、ヘンなこと提案してごめん」


そう言って僕は席を立ち、準備をすることにした。

さすがに着の身着のままで行くつもりはない。

入念な準備が必要になる。


意気揚々と僕は向かった。

これはこれで、楽しみだった。


……この時点で僕はいくつかのことに気づいておくべきだった。

気づいていたらなにか変化があったのかと問われたら、たぶん違うとは思うけど、それでも、もうちょっとくらい観察しておくべきだった。


たとえば、こっそりといつの間にか僕のポケットに入れられていたメモとか。

それをヤマシタさんが入れたことをばっちり把握していた委員長の表情とか。

拗ねた子供みたいな、「理屈はわかるが納得いかない」って顔をしているぺスとか。


そういう諸々の大切を、僕は完璧に見過ごしていた。



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