37.ぺスティの日々Ⅳ
タレ目は煤だらけ、誇りだらけになりながらも「どうして僕は爆心地で寝ていたんだろう?」と不思議そうな顔をしていた。どうやら直前までの記憶がないらしい。
ヤマシタさんはいつの間にか消えていた。
どうやら今までになく本気の追跡者から逃げ出すために全力を振り絞っているらしかった。
「くっそぉ……」
委員長との勝負は、決着がつかなかった。引き分けだ。
しかし、ペス本人としては敗北感で満たされていた。
強くなった、だから勝てるはずだ、という認識が、どこかにあったのかもしれない。
委員長が持つ力の脈略のなさ、あるいは理不尽さは十分理解していたつもりだが、まだ甘かったようだ。
骨の手を強く握る。
委員長はすでにいなかった。
ぱたぱたという擬音のよく似合う走り方で、ヤマシタさんを追いかけた。
「まさか、魔術までやられるとか思ってないっての……」
物品が壊れる。
建物が壊れる。
投擲物が逸れて向かう。
敵が標的として定める。
それらは、委員長がなにもしていないにも関わらず、勝手にそうなる。
あのとき、委員長は鬼のような形相で迫り来ていた。
一歩進むごとに草木が踊り出し、大地が裂け、大精霊が逃げ出し、遠くを歩いていた二回生の浮気がバレ、カツラが天高く空を飛び、周辺の電子機器魔術機械の一切が動きを止めた。
委員長は――内に留めていた不運を残らず外へと放出していた。
不運の対象が彼女ではなく、外部へ向かう。
禍々しい様子ではあったが、これがヤマシタさんを取り戻すだけの動きであればペスは放置していた。むしろ応援したいくらいだった。だが、その目は「同じ目に遭わせてやる」的な意思に満ちあふれていた。
つまりは、ぐうぐう平和に寝ているタレ目にちょっと膝枕してやるぜ的な事柄をやろうとしていると、わかった。
即座に魔弾を撃ち込んだ。
掠らせるだけで終わらせる予定だった魔弾の群は、しかし、予定を変更してすべて委員長への直撃ルートを取った。脅しの攻撃が殺傷のそれへと変わり、ペスの顔が青ざめた。一度放たれた弾丸はすでに操作を受け付けない。必殺の速度で九の魔弾が疾走し――そして、ひとつ残らず自壊した。
委員長がなにかをしたわけではなかった。
だが――絨毯が壊れ、家が倒壊し、プリントにかかれた文字がたまたま魔術的な効果を発動したように――『たまたま』魔術の不備を引き起こした。『偶然にも』連鎖的に破砕し、自ら壊れた。
思わず笑った。
その凶悪な能力が楽しくて仕方なかった。
さらなる魔術を送り込んだが、同じような結果となった。
歓喜は底なしに深まった。
手加減なしを決めた。すでに膝枕のことは脳裏から吹き飛んだ。魔法陣を展開し隕石破壊用魔術を放つ。
立ち上がらなければならなかったので、片方は頭部を強打し、ヤマシタさんは即座に逃げ出した。
必殺どころか必壊の――周囲の場そのものを破壊する魔術ですらも委員長のそれには通じなかった。威力の大小まったく関係なかった。
発動した端から、一センチ進むごとに一時間が経過したかのような有様で消失した。委員長へは涼風ですら届いたかどうか。
委員長は逃げるヤマシタさんを見た途端に、本能的にこれを追いかけ、膝枕リベンジは未遂に終わったが、あのまま戦いが進めば一体どうなっていたかは不明だ。
あの能力自体は、長時間連続して行えないようだが、このまま力を蓄え、自在に操れるようになれば、誰よりも怖いのは委員長ではないかと思えた。
「あーあ、くそお……」
悔しい、と思うが、同時にどこか嬉しかった。
その嬉しさがなにに由来するのか、ペス自身にはよくわからなかった。
「ねえ、なにが起こったの……?」
「すげえ、いいことだ!」
呆然と言うタレ目に、そう笑顔で断言してしまうくらいだ。
そう、ペスは部下予定だけではなく、越えるべき者――ライバル予定の相手まで手に入れた。
+ + +
午後の授業を終えて、町中を散策に出かける。
上機嫌はまったく止まらない。
まあ、だがここで訓練漬けになってもまったく無意味。焦ってもいいことはなにもない。
気分転換も必要だ。
「学校以外だと、気分転換しかしてないような気もするよ?」
「なにが悪い」
「んー、そうだね、考えてみれば悪くないのかも」
「アイス最中うめー」
「ホント好きだね……」
「嫌いな奴なんていないだろ」
「かもね」
なにか反論を言いたそうにしていたが、ペスはそれを見てない振りをする。
部下は上司に不満を持って当然だ。その不満を受け入れてやるのも上司のつとめだろうと頷く。
虫歯のある人とか、あるいは甘いのがそもそも嫌いな人とかはいるけど――
といったぶつぶつとした台詞も聞き流す。
愚痴だっていいたくなるだろうと頷く。
せいぜいが油断していた部下の、その手に持つアイス最中をかじるくらいだ。
抗議の叫び声も、同じように流しておく。
実に公平な判断だと頷く。
頷きすぎて首が痛い。
おまえのせいだと更につまみ食いをしようとしたが、さすがに怒ってきた。まったく心の狭い奴だった。
「でもなー、なんかもうちょっと楽しめるところあってもいいだろ」
いつも通りのやりとりをいつも通り終えて、周辺を見て思うことはそれだった。
どこもかしこも代わり映えのしない風景だ。
そこそこ広い町ではあるが、ほぼ毎日見回っていればさすがに飽きてくる。
「娯楽施設、あったとしても、僕たちは行かないほうがいいと思うよ」
「なんでだ?」
「えっと、たとえばさ……」
食べているものを指さし。
「アイスとかかき氷とかジェラートとかの無い世界に、ペスが行ったとしたらどうする?」
「世界滅ぼすしかないな」
「本気のトーンで言わないでよ!?」
「え、当然だろ」
むしろきょとんと言う。
「……とにかくさ、あんまりにも好物なものがその世界にまったくなかったとしたら、ものすごい喪失感というか欠乏感みたいなものを味わうんじゃなかって言われてる。そうなると、なんかいろいろヘンになる、らしい」
「らしいってなんだよ」
「だって、そうなったら『二回生』として帰ってくることなんてないんだから、わからないよ。ただ、変質的に好きなものがあって、生まれた世界にそれが無い場合、『二回生』になる確率がかなり低いみたい」
「ふーん」
さく、と歯ごたえよく食べて味わう。中はひんやり甘くてとろける。直に触れずに最中の分だけクッションがあるから、なおのことその至福を楽しめる。
「うめえ!」
「なにを叫んでるの」
「まあ、乳牛あって砂糖があればなんとかなるだろ」
「なんだったら、そういう魔術開発したら?」
「ん?」
「料理魔術みたいな感じのを、ここでちゃんと覚えたら、生まれた後でも使えるんじゃないかな」
思わず両目を見開く。
ペスの中にはまったくなかった発想だった。
「……いいこと教えてくれた」
「いや、ちょっと待って。僕が言ったことだけど、もうちょっと考えようよ」
「くそ、どうしておれは魔術の破壊力なんてことやってたんだ、そんなことしてる場合じゃなかった、もっと大切なことがあったってのに、なにやってたんだ……っ!」
「だから、ペス、お願いだから冷静になろうよっ!?」
未誕英雄のスキル、あるいはギフトと呼ばれるものは、生半可なことでは得られない。
ただ単純に「使うことができる」というだけではまったく足りない。最高レベルのものを自在に使えるようになってもほぼ無価値。血肉としてとけ込ませてようやく半分。魂魄に刻み込むかのような自在さで、それこそ生まれた直後の赤ん坊であってもそれを使用可能な領域へと至って初めて『得た』とされる。
「おれは――氷菓子の魔王になってやる!」
絶対にあきらめないという決意を以て、そう叫んだ。
氷だけにしようよ! なんで菓子を付け足しちゃったの!? と叫ぶ部下の言葉はもちろん耳に入らなかった。




