36.ぺスティの日々Ⅲ
力を得た、と思えた。
あまり実感はないが、以前よりもさらに強い力を放つことができるだろうという確信がある。
使いこなしているとは言い難いが、きちんと準備を整えればできるはずだ。
さすがに課題訓練時の破壊力は出せないだろうが、新入生内における『単純攻撃力最高』は自分であるという自負を持つことができた。
やったぜ、という感じだ。
まだ呆然としている部分や、一体なにが起きたのだかわからず、自分の内に起きた心の動きはなんだったのかと不思議に思う気持ちもあるが、その嬉しさには変わらない。
こうしたとき、苦労話や大変だったということを言い合いたいものだが、残念ながらそれはできなかった。
本来であれば怒っただろう。少なくともぶうぶうと文句くらいは口にした。
しかし、あんまりに意外すぎる事態の場合はそうもいかない。
一体どうしたらいいのかわからなくなる。
「むむう……」
「うう……」
突然ではあるが、ぺスティの体は骨である。当然のことながら肉体はない。その全身を巡る力は相当のものであり、世の魔術師が素体として垂涎の的であるのはたしかだが、物質的な柔らかさなどは皆無だ。たまにタレ目が頬っぺたをぷにぷにしてくるが、あれは一種の嫌がらせだろうと睨んでる。ともあれ、どこもかしこも固いばっかりであり、触れても柔らかさなんて欠片もありはしないのだ。
だというのに、この状況はいったいどういうことか――
「おおい……?」
呼びかけの声も遠慮がち。
無理もないし、その困惑も当然だった。
なぜなら、午後のうららかな陽光の差し込むひととき。
校内の芝生にて寝転がっているのは、ぺスが将来是非とも部下にしようとしている少年であり、もう一人はヤマシタさんと呼ばれる猫だった。
彼らは、ぺスの膝を枕にぐーぐー寝ていた。
逆ハーレムかと少し思うが、おそらく誰も同意はしてくれないだろう。
+ + +
状況としては無理もないものだった。
午前は、ペスだけではなく他の人たちも別ベクトルで辛い課題だった。
タレ目の部下予定が行ったものは、どSと評判の二回生による防御訓練演習だった。
普段は医療に従事しているその人は、たまに後輩指導という名目のもとに訓練を行う。それは性癖を存分に満足させつつ防御訓練の役にも立つという画期的な方法だった。
まず、針を用意する。
針といっても人差し指ほどの長さと太さのある立派な凶器だ。これには回復魔法が付与されている。もともとは点穴を突くとき高い効果を付与するために開発されたものらしいが、今となっては「かすっただけで致命傷が回復する」というレベルの、とんでもない代物になっている。
この針を、投げる。
手首のスナップだけでの投擲は、最初は四本程度だ。むろん、一秒につきである。
十秒でたったの四十本。一分では二百八十本。気分が乗れば倍加する。
ちなみに早さはライフル弾以上だ。
やさしさと思いやりのこもったその攻撃に、最初の数秒は持つが、すぐにボロボロに撃ち抜かれることになる。
だが、撃たれる側から回復される上に、投擲によって筋肉繊維を直接操られるので倒れることすらできない。
案山子のように立ったまま、延々と撃たれ続ける。もちろん、痛みを打ち消すような処理は一切なされず、回復のお蔭で常に新鮮な激痛を味わう。
そして、二回生の人の理性的な声を聞き続けることになる――どのような部分でミスをしたのか、なにがいけなかったのか、本命とフェイントの攻撃の差がわからないのは猿の脳味噌以下だからなのかとか、その目は節穴なんだから貫通しておくべきですよねとか、がんばれがんばれ♪とか、棒立ちに立って何もできないあなたが英雄ですか? え、なにその冗談おもしろーいとか――
心も体もべっきべきに折られ続けることになる。
二回生の人の鼻息だけがだんだんと荒くなり、苦痛に耐えて睨みつける新入生の様子を見ては鼻血を垂れ流し、ついついやりすぎてしまい先端恐怖症患者を大量に作りだし、たまに上手く防御できたときなどは舌打ちしながら忌々しそうに誉める――そうしたやりとりは恒例のことであるらしく、もはや風物詩と化しているようだった。何人か見物にまで来ていた。
普段は温厚で優しく腕も確かと評判のその人は、いい汗かいたとばかりにすっきりとした様子ですたすた帰る。
後に残るのは死屍累々の新入生たちだけだ。
ペスの方は達成感のようなものを得たが、こちらはただひたすらにトラウマ的ななにかを刻まれただけだった、ある程度は防御能力は上がったのだろうが、それ以上に傷だらけだ。
だから、その難関をくぐり抜けたタレ目がもそもそと昼飯のサンドイッチを食べていたかと思うとばったりと倒れて、ペスティのジーンズにつつまれた膝を枕に魘されながら眠りについたのもある意味では仕方のないことでもあった。
ふらふらと現れたヤマシタさんがその様子を見て、同じようにばったりと空いていた膝部分に倒れ込んだのもまた無理からぬこと。
「――」
いや、おれも大変だったんだけど?
といったような言葉は出ない。
ペスティは、両手を空中でふらふらと動かしていた。
撫でてやるべきかと思うが、なかなか決心がつかない。それをしていいのか? 噛みついてこないか? むしろ世界とか崩壊するんじゃないか? というか見られたらなんかマズイんじゃないか、いや、なにがマズイのかわからんけど――
隕石群などよりもよほど困惑すべき事態だった。
葛藤がそのまま動きとなっていた。
眉をしかめてつらそうにしているその顔の上を、骨の手が蝶のようにひらひらと、実際のところはカタカタ動く、いつまで経っても留まりそうにはない。
いつもみたいに遠慮なしにくすぐってしまうか、さもなければちゃぶ台替えし的なことをしながら「うしゃしゃしゃぁ!!」と叫べばいい――そう忠告する心の声があるが、その『いつも通り』を拒否したくてたまらない心理もまた存在する。
うららかな日差しの中でぽかぽかと暖まりながら、二人は眠り込んで、一人は盆踊り的な動きを続ける。
「あー……」
どうするべきかと助けを求めるようにさまよわせていると、視線がぶつかった。
委員長だった。
木陰からじぃいいいっと無言で見つめ続けていた。
「お、おう!」
朗らかにペスは手を挙げるが、委員長の表情は変わらない。
むしろペスの笑顔がより深くなる。
どうするべきかわからないかった状況と違い、今はどうすれば望み通りになるかが明白だ。
ゆっくりと、見せつけるようにヤマシタさんを撫でた。
委員長が潜んでいた木立が一斉に自壊した。
バキバキと壊れて断末魔のように崩壊している中を委員長は進む。
「よく寝てるよなー」
その憎悪を、むしろ心地よさそうに受け取りながら、さらにヤマシタさんを撫でる。
心なしか、ごろごろという声をあげているようにも聞こえた。
間違いなくリラックスしている。
「なんだ、委員長そんな顔して。まるでこの猫の、こんな様子を初めてみたみてえな顔だな?」
暗雲が物理的に立ちこめ、「はいっ……!」と歯ぎしりしながらの返事が来た。
その日、皆の憩いの場である野原と木立が根こそぎ消滅し、地上から消え失せた。
もっとも、いまさら驚くような人は誰もいなかった。




