34.ぺスティの日々Ⅰ
朝起きるとしばらくの間はぼーっとしている。
エルシー・ペスティという名前の、骨の体を持つ少女は、その機能を起動させるのに時間がかかる。
「んあ……?」
時間を確認しようと置き時計を見ようとした。
落ちて壊れた。
勝手にすぅ――と動いて机から地面へとダイブした。誰も触れていないにも関わらず。
「あー……」
またやってしまった、という後悔が少し。
まあ仕方ないという思いも少し。
まだ寝ていたいという願いが大部分。
一体他の人たちは、どのようにして朝起床しているのか不思議だった。
こんなにも辛い作業を毎朝しなければならないのは何かの刑罰なのか、それともなければ本来の自分は夜行性だからなのか。
まったくもって謎であり、不思議で不思議で仕方なかった。
ただ単に自分の寝起きが悪いだけという自明の結論は、彼女の中から出なかった。
「……」
しばらくして、意を決して身を起こそうとするができない。
まだ、体の連結が上手く行っていない。
魔力が上手く巡らず、半端なそれが屋内を駆けめぐる。
彼女自身は認識していないが、毎朝この時間になるとこの家では、バリンバリンと物が割れたりタンスをひっくり返したような音がしたりぬいぐるみがキレッキレのダンスを踊っていたりすることで有名だ。
すべては体に接続していない魔力が暴れた結果だ。
寝返りを打つようなタイミングで魔力がこぼれ、濃密なそれは起床前後の意識に影響を受けて『魔術』となる。
部屋は人の心を写すと言われているが、彼女の場合、別の意味でそれは真実だった。
今日もぬいぐるみは「やりきった」というような様子で両手を挙げており、食器類は触れれば崩れそうな塔として組み上がっており頂上にはフランスパンが突き刺さっている、そして、机だけはいつもと変わらずなんの変化もない。そこにはいくつかの魔術本と記念写真がある。
「よっとぉぅ……」
ぎくしゃくと体を起こす。
上半身を起こすだけでもかなりの労力。
だが、早くしなければ部下予定のタレ目が来てしまう。
部屋内部の様子はどれだけ見られようとも今更かまわないが、ぼっさぼさになった髪やばっらばらになった体の様子やぐぉんぐぉんと蠢いている魔力の有様は見られたくなかった。
親しき仲にも礼儀ありといよりも、単純にそれはかっこ悪い。
かっこ悪いのはかっこ悪いからだめなのだ。
かっくんと、そう頷く。
とはいえ眠いこともまたたしか。
このままベッドに逆戻りできればどれほどいいか。
「……」
仮にあのタレ目を部下にすれば、そういう部分を見せてもかまわないのかな、と少し思う。
おそらくとんでもなく迷惑に思うだろうし、さんざん文句も言うのだろうが、それでもなんだかんだと言って優しく起こしてくれることだろう。そうした部分では手を抜かない奴だと把握していた。
ひょっとしたら朝から天然水で作ったかき氷とか用意してくれるのかもしれない。
「うへへ――――はっ!?」
いつの間にか枕と頬が接触していた。
寝てしまいそうだったことにようやく気づく。
半ば夢へと戻りかけていた。
時計は相変わらず見えない。
おそらくはベルが鳴ったからこそ起きたと思うが、いったいどれほどの時間が経過したのかわからない。なにせまだ体が上手く動かせない状態だ。
カチャカチャと、再び起床作業に戻る。まずは右手の骨を連結させる。関節部分のそれらは残らず魔力による結合だ。
五指を動かし腕を振り、接続ミスが無いかどうかを確かめる。
腕が動くようになれば、あとは面倒な念動系の力を使わずとも自分の手でそれらを組んでしまえる。実はそれでもまだ大変でしんどいが、魔力の繊細で緻密な作業よりはまだ楽だ。これも部下を持ったらやってもらいたいことのひとつだった。
「いや、やっぱりそれはダメだな」
即座に考え直す。
たとえ部下といえども、なんかこう、それは、ダメだろう。
自分のみっともない状態の体を他人に見せて、しかも触られ、組み立てをされる。
あかん、それはダメだ――
上手く言葉にできないが、それを拒否する感情が根強くあった。
+ + +
長い年月を経た物品は、ときに心を宿すと言う。
それは時間と魔力と想念の足し算だ。
魔力の部分は別の世界では別の呼び方をされることだろうが同じことだ。
継続的に受け取れば、相応に変質してしまう。
毎夜、自然界のそれと比べれば数百倍もの強力な魔力を流しているこの建物であれば、もはやペスにとってみれば第二の体のようなものですらあった。
それだけ、慣れてしまっている。
きっと『生まれ』た後でも、この家は一緒についてきてしまうのではないか。
これそのものでなくとも、似たような家が似たような形として在り、そこを自分は根城にするのだ。
そんな夢想をしてしまうくらい、ある意味では一体化していた。骨の体を動かすのも、家を体とすることも、どちらも彼女本人の意識としてはさしたる違いはない。
だから、欠伸をしながら呑気に近づいて来るものが扉を開く様子――指の動きや、ごく手軽に握りつぶしてしまえる強さや、完璧に制御している具合などが、ペスティには直接触れられているかのようにわかった。
「まだあの手甲つけてんのか……」
それだけが、ちょっと不満だ。
素手の感触と、どれほど高性能だろうと鎧越しの感触とでは、違う。その程度のこともわからないのか、さっさと部下にして教育してしまわなければ――
そんな義務感が湧いて出る。
まして、いつものように鼻が曲がりそうなほどに臭いニオイをさせているのだからなおさらだ。
どのような理屈と意味かは知らないが、あの樹とかいう奴が出すジュースは、ペスティにとってはかなりの臭気を感じるものだった。他の人に聞いてもそのようなことはないと言っていたので、ほぼ確実に狙ってのことだろう。
「うん、だから、あいつにおれが接触するのはまったく当然だ、うん」
首に腕を回し、あるいは、髪の毛をがしゃがしゃとかき混ぜることは、当然の義務である。
ちょっと必要以上に魔力を流してしまっている気もするが、これにもまったく他意はない。
ほんの少しずつ、本当に少しずつではあるけれど、魔力が彼の者と馴染んでいることに達成感的な何かを覚えているのは、きっとその分だけ部下に近づいているからであり、それ以外の目的とかないからまじで!
冷たい手を両頬に当てながらそう頷く。
なぜか今の顔を見られたくないので、急いでベッドに戻って布団にくるまるのは、もはや毎朝の作業だった。




