30.委員長の日々Ⅲ
基礎的なものを別にすれば、何かを強制されることはない。
なにを選んで、なにを伸ばすのか、すべては良く言えば自己責任、悪く言えば完全放置、それがここの基本的な教育方針だった。
経験値増大を得るか、それともなければ魔法の汎用拡大を選択するか、あるいは特殊技能を更に得るか、肉体的なものを底上げする方向を選ぶべきか。すべては自分で選んで獲得しなければならなかった。
そのための訓練施設や方法は、きちんと用意されている。
二回生や三回生、あるいは更にその上の人もいるらしいが、彼らに教えを請うことは得策とは必ずしも言えない。
場合によっては奴隷扱い、下手をすればただの実験体として扱われ、そのまま『生まれる』ことになりかねない。
未誕英雄の、この場所における死が死ではないということは、どれほど無体で無茶な扱いをしようともかまわないということでもある。殺人罪が適応されない。「死ねばそれまで」ではない、死こそがむしろ始まりだ。
だからこそ、さまざまな方法と手段で殺意の牙を剥き出しにすることを忌避しない。
あるいは、この未誕英雄の世界は、むしろ自分たちを殺すためにそうした苦難を与えているのではないか――
「なんか変なこと考えてますね、私」
少しばかり反省する。
陰謀論は、突発的に現れた不運不幸への意味付けだ。
そこに人の意思が――たとえそれが悪意であったとしても、あって欲しいという願いだ。
委員長としても好みではあるが、あまり耽溺してもいいことはない。
とはいえ、やっぱり暇だった。
いま委員長がいるのは荒廃したビルの立ち並ぶステージだった。
銃撃が飛び交い、地雷が設置され、そこかしこにスナイパーが息を潜める中を進み、目的の地点へ行かなければならない。
敵は魔法的に作り出された人型、まっしろでのっぺりとしており、目だけがぎょろりと大きく、それ以外の鼻口耳髪などはない。手や足があるのも銃火器をきちんと使用するためだ。
意外と知恵は回るし、決して油断できる相手ではない。拳銃はファンタジー世界のそれと違って簡単に、誰でも殺傷力を作り出せる。
一般人百人の集団に片方に名刀百本、もう片方にアサルトライフル百丁を与えたとき、どっちと敵対したくないかなんて誰でもわかる。
そして今は、そのアサルトライフルの方の敵集団と偶然にも鉢合わせとなり、盛大な銃撃戦の真っ最中だった。撃てば外すを確実に行う委員長は、こうしたときに参加してはいけない。
たまに首輪と縄をするする動かし、敵のいるらしいビルを崩して回るくらいがせいぜいだ。
野戦能力適正が、巧くすれば手に入れることのできる訓練らしいが、果たしてこんなもので獲得できるかどうかはかなり疑問だった。
ステータス確認の特殊能力を持つ人が新入生の中にはいなかったので、「なんか上手くなった気がするからたぶん獲得できたんだろうな」というような確認方法しかなかった。
ヤマシタさんが影のように動き、敵の横に位置取った。
思わず首輪を全力で投げつけようとするが我慢する。
りぃん――
澄んだ音が響いた。
たとえ眠っていても起きて確認してしまうような強力無比な『興味』の呪が発動する。
こちらからすればほんの五度か十度ほど首を動かせば確認できる場所だが、敵側にとっては九十度以上首を回さなければ確認できない。
相手が視界の隅にいる状態と、完全に視界から消えている状態。
その瞬間、味方と敵で圧倒的な『情報格差』を作り出すことに成功した。
横合いからの奇襲と同じ状況となった。撃てば当たる。
もちろんヤマシタさんは敵全員に注目されて、攻撃を受けることになるが、猫という標的のちいささがこの場合は役立つ。隠れることのできる地点や穴も、人のそれよりずっと多い。
あまり見るのもダメかな、と委員長は目を逸らす。
自分が接触しなければ、ヤマシタさんは無事でいるはずだと確信していた。
だって――
「あんな幸運なひとは、私は他に知りません」
きっと銃弾が掠ることすらないはずだ。
+ + +
委員長は、実を言えば不運を直接見ることはできない。
なんとなくで感じ取ることはできるが、それがどのようになっているのかは、わからない。
代わりに、他人の現在における幸不幸を視認することができた。
現在幸せであるのか、あるいは不幸であるのか。
どのような判断基準かは不明だが、たしかにわかった。
だからこそ、不運が必ずしも不幸につながらないことも知っていた。
不運とは、言ってしまえばミスだ。
人の意思の介在しない失敗こそが、不運と呼ばれる。
一方の不幸は状態だ。
継続的に長く続く不利な状況を指して不幸と呼ばれる。
不運は一瞬で、不幸は継続だ、と言えるかもしれない。
起きた不運を、不幸にするのも新たな機会と見るのも、たいていは人の解釈と努力に依る。
そして――
「……」
思い浮かぶのは子供の姿、どこも見ていないような、何の意思もないような、それこそ今戦っている魔法生物よりもよほど生きていないと思える様子――だけど、「自分がどれほど全身全霊で不運を与えようとしても不可能だった相手」。
記憶が勝手に再生される。
背中が粟立ち、笑みが勝手にこぼれる。
ある種の呪いではないかと思えるほどの、幸運。
「ああ、本当に……」
まったく遠慮することなく、なんの制限もなしに、それこそ死すらも望むがほどにそれをしてもなお通じない。
屋益下雅という存在すべてを余さず展開しても受け入れることのできる相手――
「本当に……」
そんな人がいるだなんて、まったく想像の外だった。
周囲に迷惑をかけないように、あるいはところどろこ小出しにするように己の『それ』を放出しなければならないと覚悟していたのに、丸ごと受け止めてしまえるほどのキャパシティ――それだけの幸運値を持つひとがいた。
それは――触れれば全て脆く崩れてしまう世界のなかで、唯一きちんと触れることのできる相手だった。
極端なことを言えば、他はすべて幻で、仮想現実で、ヘッドフォン越し画面越しにしかやりとりをしない相手で、ヤマシタさんだけが本当にそばにいるようなものだった。
まして、不運がその幸運を上回ったとしてもなお、それを不幸ではなく幸福へと転換してしまえる。
それができることを彼女は体験していた。
その過去があったからこそ、名前をあげた。
口角は更につり上がる。
未だに銃弾を避け続けるヤマシタさんを見るうちに、自然と表情はそうなってしまう。
屋益下雅は運命なんてものを信じない。そんな幸運が自分に起こるはずがない。
なにもかもは努力によって、「運不運だなんて関係ないくらい、ごく当然の帰結として」獲得しなければならない。
「だから、ヤマシタさんをペットにするか、私をペットにしてくれれば完璧なんですが……」
なかなかそう上手くはいかない。
欲しいものを得るための努力は、けれど決して欠かすつもりはなかった。
具体的に言えば、今はヤマシタさんを撃つような輩の排除だ。
ほのぼの(強調)。
半端だけど委員長終了、ヤマシタさん編難航中。




