28.委員長の日々Ⅰ
委員長と皆に呼ばれている彼女が、実は屋益下雅という名前であることを知るものの数は少ない。というか、ほぼ名乗った事がないから誰も知らない。
いつの間にか委員長になったのかは、実をいえばよく覚えていない。
訳も分からず連れてこられた教室――他の未誕英雄がたくさんいるその場所で、二回生の人に「まあ、適当でいいや、おまえやれ」と名指しされたのがキッカケだったような気もする。
どちらにしても運の悪さが理由だろうと、彼女は確信している。それだけはきっと間違いない。
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朝、起きるとベッドが崩壊していた。
真ん中あたりからべっきりと。
ちょうど腰のあたりがくぼみにフィット、けっこう角度キツめの「く」の字になっていた。
まるで体重が重すぎてぼっきり壊れたようで嫌ですなあ、とか思いながら彼女は起床する。
偶然にも接続してしまったらしい魔術ゲートがばっくりと黒く開いて、中から死霊が這い出て手を伸ばしていた。
顔まで骨で、目深にローブをかぶった姿。
ちょっとペスティさんに似ていると連想する。
伸ばした手に握手をしたら、なぜか死霊の方が絶叫して引き返した。
ベッドから降りて、スリッパを穿く前に手に取り、逆さにして振る。
画鋲がダース単位でざらざら落ちた。
誰かの嫌がらせではなく、偶然に入り込んだためだった。
夜間、寝ている間に空気の動きや振動や家の傾き具合によって、それらが入り込む確率がどの程度のものなのかはわからないが、「たまたま」あるいは「不運にも」起こり得ることは、彼女にとって必然的な出来事だった。
改めてスリッパを穿いてトントンと整えると、絨毯がビリビリに破けて壊れた。
新品のそれが、あっという間に雑巾以下に。
おそらく、点穴とか壊れやすい部分とかクリティカルポイントとかを突いてしまったのだろう。
日常生活を送っていれば誰もが経験するよくあることだ。
台所の方では、水音が聞こえる。
きっと夜の内に蛇口が壊れたのだろう。
床一面が水浸しになっているはずだ。
ふぁ……と伸びをしながら欠伸をする。
窓の向こうを見ると、さっきまでの青空がもくもくの曇り空へと変化していた。
それどころか雷を鳴らし、雨が降りつけ、突風が小石を運び窓ガラスにヒビまで入れた。
「おはようございます」
それらに対してにっこりと、小鳥さんに挨拶するが如き朗らかさでそう言った。
「だけど、今朝はちょっとヌルいですね、もうちょっとがんばってください」
そう不運にダメ出しをすることも忘れない。
指を振り、採点するかのように振る舞う様子に、冗談や負け惜しみ的な要素はいっさいない。
だってまだ家が倒壊していないのだ。
着替えや朝食や洗顔や確認や、それらの合間にもいろいろな不運は起きるが、そのどれもが彼女の観点から言えば半端だった。
一応決められている朝の集合時間、学校へ行くべき時間の三時間前に起床したが、なんと普通に家を出ることができそうだった。
「物足りないことこの上なしです……」
少ししょんぼりと言う。
最長で一週間ごとに家屋が勝手に壊滅し、別の場所へと引っ越さなければならない彼女には手持ちの荷物はとても少ない。
少ないが、きちんと確保はできている。
どういう理屈かは知らないが、「間違いなく自分のもの」といえるものは、それほど被害を被っていなかった。
初期装備の拳銃は勝手に壊れることはないし、一番最初に渡されたセーラー服も破けない。
だから歩いていたら真っ裸という事態には起きずに済んでいる。
たまにスカートがすとんと落ちることはあるが。
「あれ……」
何かに急き立てられるかのように飛ぶ鳥の様子があった。
種類はわからないが、かなり大きい。
ひょっとしたら伝書用の鳥かなと彼女は思う。
信頼性のある伝達手段は、巡り巡って結局は原始的なものとなる。
魔法や電子機器による伝達は防聴と盗聴の戦いの歴史であり、百パーセントの信頼を置くことはとてもできない。
転移系の魔法も万が一の事故の発生を考えれば、できれば避けたい。
だったら固い信念を持ち、ドラゴンくらいであれば単騎で落とせるものに運ばせてしまった方が手っ取り早いと考えた。
結局は、意志あるものこそが信頼に値する。
それが、委員長の頭上を通過がてらにフンを落とした。
真上からのそれは前髪を掠めるように落ち、地面に着地、委員長の靴がそれを踏んだ。下ろしたての新品だった。
「やはり、おかしいです……」
だが、むしろ不審そうに委員長は言う。
以前であれば十個くらい同時に降って直撃していたはずだった。
一個だけであり、しかもかすめるだけとは、ありえないにもほどがある。
「これのせいですかね」
ぱしんぱしんと、リードローブを引っ張り、物足りなさの原因をそこに求めた。
隙あらばすり寄っていた『何か』が、まるで雷に対するアースのように流れる様子があった。
委員長自身の意思によらず、勝手にそうなってしまうのだ。
お陰で不運素敵ライフが台無しだが、かといって、これを手放すわけにもいかない。
だって、ヤマシタさんはいつどこに現れるかわからないのだ。
首輪つきのそこには寝る直前まできちんとはまるべきものがはまっていたはずだが、今はもう空だった。
「どうしてヤマシタさんは首輪を嫌がるのでしょうか……」
まったくわからないと頭を振る。
少しだけ寂しかった。
寂しかったので、その首輪を自分につけてみる。
猫のそれにもぴったりフィットするそれは、委員長にもぴったりとフィットした。大きさ自在だ。どんな対象も間違いなく確保できる。
「わー」
目を閉じ想像するのは、このリードローブをヤマシタさんが引く姿。「この世の中のシステムに致命的なバグが発見されてあなたはそれに巻き込まれています」と告げられたような表情で歩く様子。
「夢のようです」
いったいどこがだろうか!? とツッコミを入れる幻の声は委員長の耳には入らない。
見てはいけないものを見てしまったかのように逸らされる通行人の視線についても、気づいていない。
垂らされたリードロープが勝手に蠢き、近くに潜んでいたヤマシタさんにむけて矢のように向かうが、これを危ういところで回避。しばし死闘が繰り広げられていたが、目を閉じ夢に浸っている委員長はやっぱり気づかなかった。
一人につき二話か三話書く予定。
ほのぼのとした話になるといいな(願望)




