26.結末について
数日後――僕らは樹さんの店にいた。
あまり客の入らないところだけど、これは別に樹さんがえり好みしているわけじゃなかった。
普段でも、何人か果物を買いに訪れてる。
数えられるくらいだけどお客はいる。
今みたいに着席して、喫茶店みたいに利用してるのは珍しいかもしれないけど、決して厳選したメンバーしか受け入れませんよって感じに入店拒否してるわけじゃない。
「いいお店です」
委員長が満足そうにそう言ってるのは、だから雰囲気の良さとか居心地の良さであって、閑古鳥が鳴いてるお店の商売不繁盛具合のことを言ってるわけじゃないと思う。たぶん。
僕らは、思い思いの恰好で丸テーブルに座ってた。
それぞれの前には、それぞれの飲み物。
一応はお疲れ様会というか、お披露目会というか――まあ、結局は集まってなんかしようか、って感じの緩い集まりだった。
とはいえ、僕はまだ疲れが回復しきってなくて、ちょっとダウナー気味。
ペスも同じように疲れてるはずなんだけど「うへへ」とちょっとハイ。
委員長は相変わらずで、ヤマシタさんも解脱しそこなった仏教徒のような目でテーブルに行儀よく座ってる。
樹さんは相変わらずの笑顔を浮かべていたけど、心なしか冷たいような感じになっている気もした。
そういえば、折角治療してくれたのに、すぐさま疲弊した顔を見せて、引きとめたのを振り切って、なおかつ大けがをもう一回してきたよな僕、ということを思い出したのは今更だった。
こっそり用意している巨大注射器は、いったい何に使うのかあんまり想像したくはなかった。
温かい紅茶に似たものを飲みながら、僕の冷や汗は止まらない。
よくよく考えなくても、店選びに失敗したのかもしれない。
「わはは、これすごいな!」
ぺスは手首に嵌る銀円を、シュタン、シュタン! と小気味よく腕輪を広げたり狭めたりしていた。
おおきく広がった腕輪内部の円には、魔法陣が描かれ、ゆっくりと回転していた。見ているだけで目が痛くなってくるほど精緻な模様だ。
それは一回開閉するごとに別のものになっていた。
「うん、そうだね」
ちょっと悔しいけど、という言葉は言わないでおく。
カップを持つ僕の手には、手甲がはまっている。指まできちんと覆うタイプのやつだ。
普通に考えたら持ちにくいし、若干失礼なことをしているんだけど、それでもこれを外す気にはなれなかった。
いろいろな作業が、それこそカップを持つことすら精密かつ緻密にできた。
いままでが十段階の力配分しかできなかったとしたら、いきなり千段階の操作が可能になったような感じ。
卵の殻どころか、卵の黄身だって掴んで壊さない自信がある。
掴むことのできる種類も、同様の感じだった。
今の僕であれば不幸ひとつ取っても
・カップが割れて驚いて机を倒して魔法的なバッティングを起こして大爆発。
・カップ内の液体がとつぜん生命を持って猛ダッシュで逃げ出す。
・カップに皹が入る
この三種類の中から自在に選ぶことができる。
ちなみに委員長がぜんぶやったことだ。
爆発はペスが止めたし、逃げた生命体はヤマシタさんが叩き潰したし、皹は入る前に僕が取り上げた
十握手甲――黒鎧に貰った装備のお陰だった。
+ + +
あのとき――勝利の余韻に浸りながら眠ろうとした僕らが聞いたのは、まぎれもなく『起動音』だった。
なにが、なんて考えるまでもない。
あの黒鎧が再び動こうとしている。
「っ!」
とっさに体を起こすことができたのは上出来。
だけど、そこから立ち上がることすらできなかった。
中腰姿勢で震えるくらいしかできることがない。
支えとなる剣すらもう手元にない、積乱雲かネット炎上かって勢いで膨らむ不安を押し殺し、睨むことだけが精一杯。はたして今の僕は、幼稚園児にだって勝てるかどうか。
僕が見ている前で、黒鎧はまだ胸元扉に手を突っ込み――
「……は?」
「おお……?」
「な、なにが起きているのだろうか、拙者の位置からはまるで見えないのだが、く、委員長殿の視界封鎖でっぱりが……!」
黒鎧は、ちいさな白旗をどこか嬉しそうにぱたぱた揺らした。
相変わらず頭部がないまま、まるでデュラハンみたいに、だけど体を小刻みに上下させてる様子は笑ってるみたいだった。
なにが起きてるの?
わけがわからないままに、黒鎧がっしゃんがっしゃんと歩いて、落ちていた頭を気軽に拾い、手軽にはめ直す様子を見ていた。
相手が完全に元の姿を取り戻したっていうのに、危機感すら浮かばなかった。それどころじゃなかった。なにも行える手だてがなかった。すでにこちらのカードは全て出し終え、手元には何も残っていない状態だ。
信号弾らしきものを空へと撃つのも、だから、黙って見ているしかなかった。
ペスのそれと違って色付きで、長く目立つように発光する――救助要請の信号だった。
きっとしばらくすれば「ああ、面倒くさいなぁ」という顔をした救助隊という名の未誕英雄小遣い稼ぎ集団が僕らを回収にくることだろう。
「な、なんで……?」
声に出せたのはようやく、ペスも無言でこくこく頷いた。
黒鎧は、うーん? とばかりに腕組みして悩んでた。
赤い光が、今は糸目になっている。ちょっと味わい深い顔だ。
やがて、ぽん、と手をたたいたかと思うと、中央の暗黒――物質変換装置に手を入れ……
+ + +
「これを貰った、と」
言葉として説明すれば単純。
だけど、ついさっきまで本気の殺し合いをしていた相手が、いきなりサンタクロースしてきたんだ、どう対応していいのか本気わからなかった。
挙動不審に「あ、ありがとう……?」と言えただけでも御の字だと思う。
黒鎧は、なんか嬉しそうに拍手してたから、それほど間違った対応じゃなかったとは思う。
そのうちに「ついさっきまで飲み会してました」って感じの救助隊が来て、僕を運び、ペスの散らばった骨を回収し、委員長をヤマシタさんごと運び、病院へと放り込んだ。
僕らが生まれた場所でもある地点であるそこは、日が沈んだにも関わらず大盛況で、僕らはあっという間に処置された。
委員長とヤマシタさんは軽い怪我しか負っていなかったからごく軽いものを。
体半分破損したぺスはそのまま入院、骨の回復施術を受けた。
僕も一応の回復処理をされて、あとは邪魔だと家へ帰された。絶対安静をこれでもかと強く言い渡されたけど。
そうして、しばらく寝込んで身動きとれず、ようやく元のように動けることができたのが今日で、みんなで集まろうってことになった。
僕の復帰がぺスよりも遅かったのは、色んな意味で理不尽だと思う。
「でも、なんだったんだろうな、あれ」
「あの黒鎧?」
「ああ、なんでまたおれたちに装備くれたんだ?」
「さあ……?」
わからないこと、納得できないことが残っていた。
というか、なにが納得できないのかも、よくわからない。
僕は腕を組み首をかしげる。
「なんで、装備をわざわざくれたんだろ……」
「おぬしらが認められたからこそ、それらが貰えたのであろうと拙者は思う」
「どういうこと?」
「皆に口止めがされているのは何故であろう?」
「それは――」
突然の質問に混乱しながらも考える。
ある程度調べれば、あの黒鎧と戦う必要がないことは分かる。
だから、欲しいものがあれば頼めばいい。
口止めが行われているのは、黒鎧の外見の印象に引きずられ、後先を考えずに攻撃するような真似を戒めるため――
「だけじゃないのか……」
「うむ」
まだら模様の猫が頷く。その首にはしっかり首輪が嵌ってる。魔力兵器の爆発程度じゃ壊れなかったらしい。
にこにこ微笑む委員長が持っているそれはは、以前に他ならぬ黒鎧からもらったものだった。
「口止めされている点は二つ、ひとつは戦わずとも素材をもらえる事実、もうひとつは初回に限りその者に最も適した装備を貰える事実なのだ」
鍛冶屋がいきなり不貞腐れた理由がそれだった。
せっかく造ろうとしていたのに、もうすぐ僕が最適な装備を手に入るとわかったからだ。
「どれが最適なのかについては……」
「使う技を見せればある程度は、直接手を合わせればより詳しくわかる、長く限界まで死闘を行えばさらにであろう」
戦うような恰好をしたいたことにも意味はあった。
「なんだよおい。よく調べれば戦わなくてよかったのに、本当いえば戦った方がよかったってオチか?」
「そういうことになりますねー」
「うむ」
「なんて面倒くさいことしてるんだろ……」
かなりの本気でそう言った。
ため息をつきながら、それでも残るいくつかの疑問と、引っかかっていることが脳裏に浮かんだ。




