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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
序章
3/179

・未誕について

つまるところ、僕らは英雄である、らしい。

しかも生まれる前の英雄。その魂に、かりそめの肉体を与えた姿が今の僕。


英雄である「らしい」というのは、ほとんどの場合その証明ができないからだ。

この世界から別世界へ送り出され、生まれて活躍して成した出来事については確認することが難しい。

自力でこの世界に戻って来ればそれがわかるけど、基本的には一度送り出したらそのまんま、何が起きたかわからない。


ただ、英雄として成すことの成功率を上げるために――もっと言えば生まれ持ったチート能力のより効率的な使い方や、より素早いレベルアップや、各種の特典みたいなギフトを得るためにこの世界があるとのこと。


ここで努力してそれらを得て、それから誕生しましょうよ、という話。


なんでこんな世界があるのか?

そんな結果も不確実なことを行っている理由については――


「いやあ、これがわからないんだよ」


無責任なことを言われた。


「誰かとんでもない魔術師集団が作ったんじゃないかと言われてる、魂や時空やらに介入して、システムを構築して、英雄が有利になるよう便宜を図った。だけど、本当になんでそんなことしたのかについては、まったくわからないよ」


けらけらと楽しそうに肩をすくめて笑ってる。

ずいぶん年をとっているように見えたけど、案外若いのかもしれない。


「あれ、でも、ここは――」

「うん、見ての通りの病院だ」


なんでそんなところに?

僕の表情に対して、医者は少し面白そうに笑った。


「君は自分があの部屋で誕生したんだ、ってことは実感としてわかっているだろう?」

「それは、はい」

「もともとここは、殺風景なだけのただの建物だったんだ。ただ君たち未誕英雄が発生するというだけの場所だった。だけど、君たちの中には一定割合で救急医療が必要な人もいてね、即時の必要な治療と、あとはついでに事情を説明するために、今みたいな形になったんだよ」


つまりは、順番が逆らしい。

この病院で僕らが作り出されたわけじゃなくて、僕らが生まれる場所がここだからこそ、病院を作った。


「ああ、学校ってものもあるからそれに通った方がいいよ、それも強制はしないけど」

「あの――じゃあ、どうして?」

「ん? なんだか質問の範囲が広すぎるよ」

「どうして、どんな理由で僕は、ここに呼ばれたんですか……?」

「だから、英雄としての力を得るためだけど?」

「……僕は、そんなことを望んではいません」

「そうかい?」


言って、ごとりと取り出したのは分厚い拳銃。

見るからに凶悪そうなフォルムだった。


「なら、君に必要なのはこれだね」

「……」

「どうして君が選ばれたのかについては、わからない。誰が選んだのかも不明なんだ。責任者がどこにいるのかもわからない。既に起きてしまった現実ってやつがあるだけでね?」

「……」

「言ったろう、君は生まれる前の魂だ。ものすごく不自然な存在だ、まあ、それが嫌で不満だというのなら、否定してしまえばいい」

「……」

「別にね、意地悪ってわけじゃないんだ」


少し困ったように。


「ここは、生まれる前の君たちが助走をつけるための世界だ。そのために用意された場所だ。それが嫌だというのなら、引き留める理由は本当にないんだ。だって、君が生まれた世界でどう苦しもうとも、あるいは君の世界の行く末がどうなろうとも、こちらではまったく観測できない――つまりは、カンペキに他人事なんだ」


僕は、その黒の凶器を魅入られたように見つめ続けた。


「こうして説明をしているのも、下手に暴れて余計な被害を出さないためだよ、まったくわからないままに生まれて、不安のままに暴れて、理由もわからないままに退治されるのは嫌だろう? こっちだってそんなことはしたくない」


ため息をつき、やれやれと首を振り。


「まったくね、成長した体を持ち、自意識をきちんと持ち、特殊スキルを持ち、装備までしている『赤ん坊』。こんなものをここへと寄越して、放置して、なにも指導することなく命令するだけ――さあ、今から、苦労して技術とか技とか魔術とかを獲得し英雄らしくしなさい――本当にカンペキに無茶苦茶だ。そんなことに巻き込まれてるこっちがいい面の皮だ……だけどまあ、君たちにも少しだけ同情してる」


視線には、ただ真意だけがあった。


「生まれてからの苦労は約束されている、そこでの苦労を軽減するためにここで苦労する、どこにも平穏なんてありはしない。まして、ここで暮らしたときの記憶は生まれてから後には持っていけない、持ち出せるのは魂に刻まれたものだけ。まったくもって最悪だ」


だから、これは一番簡単な解決法だ――お互いにとって。


言葉にしなくても、その意思がわかった。

ズルもなしに本来生まれる世界に戻りたければ、ただこの銃口を覗いて、引き金を引けばいい。


「……」


さっきまで絶え間なく喋っていたのに、今はもう沈黙して僕の様子を見つめてた。

なにも促さない視線だ。ただ見守っている。


どうすればいいのかは、わからない。

僕が今どうしてここにいるのかも、わからない。

あるいは、なにを望まれているのかすらも不明だ。


だけど――


「おや、いいのかい」


僕は銃を押しやりながら頷いた。


「せっかくですから、もうちょっとこの世界で悩んで行きます」

「なるほど、それも一つの答えだ」


気のせいかもしれないけど、少しだけ嬉しそうにしていた。


「脅すようなことを言ったけれどね、ここもまあ、そこまで悪いところじゃない。あるいは、魂の奥底に刻まれた安息の地としてここが機能するかもしれない。すべては君次第だ。生まれる前のここも、生まれてから後の世界のことも」


お大事に――と最後に医者らしいことを言い、僕に丸薬をひとつ寄越した。

どういう意図かわからなかったから、廊下を歩きがてら飲んでみたけど、疲れが取れてすっきりしただけだった。


通りすがった看護士に、とんでもない馬鹿者であるかのように見られた。



 + + +



世界は輝いてなんかおらず、死と苦しみと不幸だけが横溢していた。

病院っぽい無機質な場所で僕は生を受け、そして、きっとこれから悩み続けることになる。


この日、百人の未誕英雄が『生まれ』た。

その内の三十四人が即座の『帰還』を選んだ。


生まれて後では絶対に交わることのない人たちが、ここでも交流することなく去った。

そのことを少し寂しく感じる。


たぶん、別れはこれからもきっと多くある。

無機質な廊下を歩きながら、その「どうしようもなさ」を想った。


「はは――」


少しだけ出た照れの笑い。

最初のよりは、きっと前向きだ。

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