25.余韻について
爆発の残響音と、重い黒鎧の転がり横たわる音と、少し遅れて兜が岩に落下した様子。
勝利の余韻なんかよりも先に、僕の体は勝手に崩れようとした。
もうすでに力は存分に出し切って、欠片も残っていない。そういえば、今朝方はなんか体力枯渇のひどい有様だったなぁ、と思い出したのはこのときで、体の方もようやくそうだったと気が付いた。
なんていうか、心も体もそろって間抜けなのかもしれない。
ぼろぼろになった剣を杖に、それでも倒れなかったのは、きっと意地とかやせ我慢とか無意味な努力とかってやつだった。ここで素直に倒れても、誰も困らなかったはず。
ひょうひょうと、夜がはじまったばかりの風が吹いて僕らを揺らした。
ヤマシタさんは気絶した委員長に逃さんとばかりに抱きかかえられていた。
ぺスは僕と違って素直に倒れて、半端なくの字に寝ていた。大の字にはなれない。
僕は杖ならぬ剣を老人みたいに突きながら辺りを見渡した。
なんか、曰く言い難い沈黙があたりを包んでた。
言葉として言えば「え、ホント? 本当にこれで終わり?」とかそんな感じ。
だけど、首なしの黒鎧は倒れ伏したままで、起きあがる音はなくて、濃密な静寂だけがあたりを包んでた。
ペスが倒れたまんまの状態で、「ぬぎぅ」と呻く言葉を言いながら、空に向けて照明の魔弾をへろへろ投げた。
ようやく周囲の様子が明らかになる。
激戦を終えた後としては、かなり綺麗だ。
魔力分布は無茶苦茶な様子で天変地異でも起きた直後の様子を見せているけど、物質的な破壊の痕跡としてはかなり控えめ。死体の一つもないし、血を流してるのも僕しかいない。ちょっとだけ不公平だと思う。
誰もなにも喋らない。
たまにヤマシタさんが不満の鳴き声を出しているだけだ。
僕は一応確認しようかと四歩ほど進んだけど、つまずいてコケた。そのままごろん、と一回転。体の限界を過ぎてたらしい、杖にしていた剣も壊れて砕けた、破片で怪我をしなかったのは幸運というよりも、それだけボロボロの上にもボロボロだったからだ、後で調べてみたらほとんど砂みたいになっていた。
僕の体力も似たような有様、それきりもう起きられない。
「あー……」
うつ伏せ体勢。
ごつごつとした様子を全身で感じ取りながら、足に引っかかったものを、のろのろと取る。
骨だった。
「ペスー」
「……なんだー」
「これ、ペスの?」
「あー?」
ひょこっと顔を少し上げ、僕の方を見る。
「違うんじゃね」
「そっかー……」
「だなー……骨違いだー……」
「探さないとね……」
「面倒だな」
「うん」
「……」
「……」
ぷ、と吹き出したのはどっちだったかわからない。
気づけば爆笑してた。
ひいひいと腹をかかえて笑う。
全身が痛かったし、苦しかったけど、まるで止められない。
「骨って、骨っておまえ!」
「ペス以外こんなもの落とさないって!」
「てかやべえ! すげえ! 運とかアリアリで偶然しかなかったけど勝てた、信じらんねえ!」
「なんか、なんか――ああ、もう無茶苦茶だよホントにっ!」
「うっせうっせ、やってやったんだからやってやったんだよ!」
「負けた! なんかもう黒鎧には勝てたけどペスには負けたよ!」
「いえーい!」
「やったぁああ!」
ああ、すごいな、と心底思う。
きっと四人の内の誰か一人でも欠ければ勝てない戦いだった。
虫一匹も殺せないようなヨレヨレの拳を空へと掲げる、その消耗具合も楽しかった。
「あー、やべえ、本当に動けないな、これ」
「僕も実は」
「喋れるんだから動けるだろ」
「それ言ったらペスもそうでしょ」
「はっは、おれの今の魔力枯渇具合を知らないな」
「ペスだって、僕の今の体力消耗具合を知らないな」
「このまま寝ちゃうか」
「それもいいかも」
「あの、拙者を解放してもらえれば、誰か人を呼びにいけるがどうだろうか」
ヤマシタさんが、どこか申し訳なさそうに言った。
「ごめん、僕はそこまでいけない」
「無理だなぁ」
「まさか拙者このままか!?」
「今のヤマシタさんにとって幸運なことは起きないし、きっと僕らにも起きないよ」
「だな。きっと明日の朝くらいまでこのまんまだろ、素直に諦めろ。おれはもう諦めた」
「夕食、たべられないのだけが不満かなぁ」
「あ、そうだ、あとでアイス奢れなアイス」
「……覚えていたらね」
「大丈夫だ、おれは絶対忘れない」
忘却系の魔法覚えようかなと、かなり真剣に思う。
「く、このロープのようなものが絡まり、身動きできぬ。訓練したどの技術も通用しないのは一体どのような絡繰りなのか……!」
たぶん、委員長の髪の毛で作られたものだからじゃないかなぁ、とは言わないでおく。
不必要に追いつめても良いことはない。
「ああ、そうだ、ヤマシタさん、助かったよ」
「なんのことだろうか」
「いいタイミングで鳴らしてくれた」
「ああ――」
いきなりトーンを落として。
「申し訳ないとも、思っている。拙者はただ見ているだけしかできなかった」
「それが最高のアシストだったんだからいいだろ、気にすんな」
ペスのとんでもない精度の射撃は、間違いなくヤマシタさんからの視点もあったからこそ可能だったものだ。
いろんな要素が絡み合って得た勝利だ。それはきっと、絶対に間違いじゃない。
僕は、黒鎧の方に視線をやりながらぽつりと言う。
「でもちょっと、悪いことしたかな」
「なにがだよ」
「みんなの素材入手先、殺して台無しにした」
「知るか、単純に物くれるだけなら、そういう感じにしとけばいい、戦えるやつと戦って何が悪い。てーか少なくともおれとおまえは何も貰ってないんだからイーブンだ」
無茶苦茶な理屈だなぁ、と思いながらも、僕自身それほど後悔してない感じがあった。
あれだけの意思と剣術と能力があって、ただ素材をあげる役しかしないのは、やっぱり駄目だ。
勝手な意見かもしれないけど、戦うことを望むものは戦わせるべきだった。
そうかぁ、と僕は言う。
そうだ、とぺスは言う。
それきり、ぷつん、と会話がとぎれた。
言うことがなくなったこともあるけど、それ以上に体力・魔力・気力にその他が限界だった。
もう動くどころか、舌すら動かせない、唇を開くことすら難事業。
たぶんこのままだと数秒もしない内に、すやすやと寝息だけが聞こえることになる。
岩を枕に、風を掛け布団に、それでも十分熟睡できそうだった。
満足感は、どんな睡眠薬にも勝る効果を発揮する――はずだった。
巨大な金属を擦り鳴らしたような音が聞こえてくるまでは。




