24.決着について
黒鎧は右腕を中央暗黒へと突っ込んでる、日中ストーカーしていた限り、内部にあるものを取り出すのには時間がかかっていた。どうしたってワンテンポ遅れる。
左手に剣を持っているから、攻撃範囲は限られることになる。
僕は、その死角から突進していた。
スニーカーのゴムを圧縮して前進し、剣に練り込まれたバジル臭すべてを発散させるように掴み、ペスの位置関係を把握し、敵の首もとを狙い動こうとしていた。
その動作の全てが凍り付く。氷混じりのプールに飛び込んだみたいな悪寒、僕の行動は馬鹿が馬鹿やるための馬鹿さの証明だった。
僕が見たのは、胸元に突き込まれた無骨な手が「なにも持たずに」再び出た様子だった。
次の瞬間、裏拳が僕の肋骨を纏めてへし折った。
カウンター気味に入った攻撃をもろに食らった。横に高速回転する景色は、僕が錐揉みしながら吹き飛ばされているから。食堂を逆流する鉄臭さは、肺が出血しその血が逆流しているから――
岩肌で二度三度とバウンドしながら、まるで他人事のように把握。後悔が脳を焦がした。
扉内部から何かを持ち出すのには、ワンテンポ遅れる。
逆をいえば、何も持ち出さなければ即座に攻撃ができる。
単純きわまりない引っかけにかかった……!
感じたのはただただ悔しさ。
僕自身への不甲斐なさだった。
「ガっ……ッ!」
吐き出す血で岩肌を汚しながら、懐から最後の丸薬を取り出し、噛み砕く。
同時に、黒鎧が再び中央扉奥の暗黒に手を突き入れ、今度こそ装備を取り出そうとする様子を見た。
もうすでに死に体の僕には目もくれていない。
変わらず魔法弾を放つぺスの方だけに注目している、ハエを追い払うように巨剣を動かし、攻撃を防ぎ、悠々とした態度で武装を引き抜こうとしてる。
失敗、失着――
脳裏を埋める単語を押しのけ、僕は叫んだ。
「ペス、逃げろ!」
「やだ!」
「そんなこと言うとアイス奢らない!」
「なんだそれ奢れ!」
ずるり、と引き出したのは、一見するとおかしな鉄柱。ゴテゴテとおかしなアイテムの付いた。
根本中心部にあるのは先ほどペスに投げて半壊させたボール状のもの、それをエネルギー源にして循環させ、加速させ、銃口から射出する。理念としてはレールガンに近いものに見えた。違うのは、磁力による加速じゃなくて、魔力による力の集積であること。
「くッそぉ!」
ペスが放った魔力弾が、残らずその装置に吸い込まれた。
周囲一体の魔力が吸われ、その循環に巻き込まれ、更なる獰猛な唸りとなる。
僕は体を起こし、口にたまった血を吐き出した。
体の回復は遅々としていた。
立ち上がり、剣を構えるだけで膝から崩れ落ちそうだ。
太陽が沈む。
最後の残照が惜しむように消え、暗闇となる。
黒鎧の持つ魔導機械だけが響きと発光を周囲に見せつける。
まるでこの世の終わりみたいな光景だった。
黒鎧が、トリガーを引いたらすべてが終わる。
できれば僕の方に来て欲しいと思う、敵わずとも、最後の抵抗としてそれを斬ってやる。
足はもう、倒れ込むことくらいしかできない。動きとしては待ち受けてのカウンターだけ。
だから、来る一撃をただ斬り裂く。
「こっち撃て、戦ってる相手は僕だろうがッ――!」
「いいや、今はおれの方だ!」
ペスの方も、似たようなことをしているとわかった。
有効じゃない魔弾を止めて、密かに準備をしている様子があった。
黒鎧の赤い瞳がどちらを向いているのかは、暗闇に紛れてわからなかった。
どちらを撃とうとしているのかも、その瞬間までわからないに違いない。
ただ――どちらにせよ、タイムリミットは来た。
決定的な時刻を過ぎたことを知らせた。
りぃん――
『興味』の呪を秘めた鈴の音色によって。
待ち望んでいた瞬間だった。
+ + +
黒鎧は強制されるかのようにそちらを向いた。
この呪が効くということは、この機械の中にはまぎれもなく魂と呼べるものがある証だ。
そのことに喜ぶ暇すらなく、いくつかのことが同時に起きた。
黒鎧が向けた視線の先には、きっとヤマシタさんがいたはずだ。
僕はその目を通してぺスの様子を把握することができたし、連携や精密射撃のアシストにもなっていた。
今まで身動き一つせずに、鈴を鳴らすこともなくこの場にいたのは、すべてこの時この状況を作り出すため。
「!?」
カシャン――と金属音が、澄んだ音を立てて鳴った。
「あれ、別のを捕まえてしまったみたいですね?」
そう、セーラー服で呪術師で首輪主義で小首をかしげている委員長を、この場に引き寄せるためだった。
ゆらめく黒いオーラのようなものが、彼女の姿を露わにさせる。
にこにことした笑顔で、ロープを手に持ち、ヤマシタさんとは反対方向――ちょうど黒鎧を挟んだ位置から来ていた。
ロープの先には首輪がついており、それは今は黒鎧が持つ魔力集積機へと嵌っていた。
「あ、危ないかもしれませんよ?」
そう――どれだけ力があっても、あるいはどれだけ知恵や魔力があっても、逆らうことの難しいものがある。
運不運はそのうちのひとつだ。
発射寸前だった機械に、火花が散った。
ばちり、というそれはごく小さいものだったけど、僕らは揃って行動する。もう何が起きるかなんてわかりきっていた。
僕はより強く『掴んで』事態に備え、ぺスは素早く魔力を練り上げ、ヤマシタさんはダッシュする。
委員長だけが「お、む、意外とむずかしいです」とロープさばきだけで首輪をかっこよく外そうと四苦八苦していた。
委員長が手にした黒い黒いロープを、おぞましく更に黒い何かが這って伝う様子があった。
それはゆっくりとした動作のはずなのに、気づけば首輪へ――もっと言えば今それが嵌っている機械へと入り込もうとしていた。
限界まで力を蓄えたもの、そこに不運が注ぎ込まれればどうなるか?
結果なんてわかりきっている。
ハッと気づいた黒鎧が振りほどこうとする動きよりも先に大爆発が起きた。
閃光、極炎、乱舞――
「わー」
のほほんと呑気なことを言っている委員長を、全速力で駆けたヤマシタさんがタックルで転倒させた。
まるで狙ったかのように伸びた火炎の渦が倒れる二人の上を通り過ぎた。
捻じ曲がったように迫る熱を、ペスの魔力弾が打ち抜き散らす。
それでも委員長は吹き飛んだ石片で頭を強打し、目を回した。
そこそこ遠く離れていたはずの委員長ですら、二人のアシストがなければ死亡確実の威力。
ごく間近で抱え持っていた黒鎧への影響は、より致命的だった。
さっき空中での一撃を受けたペスそっくりの有様で吹き飛ばされる。
今作ったばかりの、故障することすら想定外の機械がとつぜん爆発したことに目を回し、事態を把握できていない。
魂がなければそうした揺らぎはきっと無かった。数少ない勝機のひとつ。あとは――
「委員長慣れしているかしていないかの違いだ!」
我ながら情けないことを叫びながら、剣を構える。
振る必要なんてまったくない。全身全霊、自転や宇宙の膨張すら止めるつもりで、『掴む』。ただ剣を固定させる。
空間ごと、運命ごと、魔力ごと、あるいは魂魄そのものを掴み、その場へ留める。
飛ばされる黒鎧が通るゴールラインのように、そこへ置く。
宙を泳ぎながらも黒鎧が剣を振ろうとするのが見えた。
少しばかり逡巡した様子は、きっと僕を斬るか、剣を斬るかを迷ったからだ。
剣を叩き斬れば、身の安全が買える。
僕を斬れば、固定された剣へ突っ込む。
たかが殺された程度で離すつもりはなかった。最期の最期まで握り掴み固定する。相打ちはむしろ望むところだ。
馬鹿げたチキンレース。
後はお互いの殺意の比べ合い。
黒鎧の剣は――固定された方を崩すことを選んだ。吹き飛ばされながらも回転し、一閃を作り出す。
さんざん苦しめられ続けた絶対的な攻撃。
対するは、いま僕ができうる最大の防御。
音を置き去りにするような剛剣と、ただ固定されているだけのバジル剣。
二つの剣は今日何十何百と行ったように、再び交差し。
一方的に、巨剣を砕いた。
つんのめるように巨体が傾ぎ、散らばる破片が数ミリ動き出すより先に――
「ああァあッッ!」
固定させていた場そのものを鞘として、直剣による居合抜刀を行った。
何もない中空でせき止めていたものを解除、跳ねるように剣が行く。
動かないゴールラインが、凶器へと戻る。
踏み込みと、固定解除と、斬撃。
赤い目と視線が交差する。
剣を、振った。
線を作れた――
振り切った動作で思う認識はただそれだけ。
剣筋を通せた、刃筋を通せた、力を無駄なく通せた、そして、敵の首を通せた。
地面をバウンドし、幾度も転がる黒鎧には、もう頭がついていなかった。




