23.戦闘について
タイムリミットは決まってる。
人間は真っ暗闇で完全にその性能を発揮するようにはできていない。
赤さが薄れて暗闇が押し寄せようとする狭間の時間。
この日が沈み切れば僕らは終わり。マトモに戦闘できなくなる。
つまりは、不利に不利が重なった。もう今更だ。
黒い姿は変わらない。
暗闇を更に深く切り取ったようにも見えるし、滑る表面は夕日を惜しんでいるようにも見えた。
黒鎧の視線は僕だけに注がれている。
背後の、若干不満そうなぺスに意識は向いていない。
――この黒鎧は、謝れば許してくれる。
今更のことを確認する。
それどころか素材をくれる。
物質的に欲しいものを得たいのなら、ここで戦う必要なんてまったくない。
これは、メリットのある戦いじゃなかった。
どこまで行っても満足するための、ワガママを辺り一帯どころか来世にまで叫んで回るような戦闘だった。
殺し合いの理由としては最低な部類に入る。だからどうした。
剣を握る。手の汗が吸い込まれ、一体化する感じ。
これはこれで、いい剣なのかもしれない、相変わらずバジルの香りがしてるけど。
なんか、英雄みたいだ――
そんなことを脈略もなく考え、思わず笑う。
真正面から対峙すると、実際のそれよりもさらに大きく思えた。
巨大さは、そのまま破壊力の差だ。
重さは技術があれば威力となる。
唇を舌で湿らせる。
やけに乾いていた。
ぺスは、僕といっしょに笑いたいと言った。
それは、彼女の願いだ。
とても嬉しい言葉だけど、僕の願いってわけじゃない。
「僕は――あなたを殺したい、どんな手段を使っても」
偽らざる本心として、それを言う。
逃げでもなく、今ある感情を殺すための手段でもなく、むしろ憧れの表明として。
ただ、まっすぐに見つめる。
「そっちだって、僕を殺したいはずだ」
答えはない、ただ巨剣を持ち上げ、力強く構えてた。
「僕はそれを肯定する」
ぺスが僕にそうしてくれたように。
返事は相変わらずない、注目されているとはわかる。
ひょっとしたら、いま僕がやってるのは独り言か?
だとしても、構うもんか。
「たとえあなたの製作者がそれを否定したって、他の誰が否定したってどうだっていい、他ならぬ僕がそれを認める。あなたの殺意を僕が肯定する」
眼前で、じわり、と滲むものがあった。
黒鎧の剣を持つ手がわずかに揺れた。
「だから、存分に殺し合おう――!」
それまで蓋していたものが外れた感覚。
髪の毛が逆立つ、僕の口元が勝手に笑みを作った。
黒鎧の瞳が、ひときわ赤く、強く灯った。
ああ――!
言葉もなく声もなく、そんな感嘆のようなものが聞こえた気がした。
殺意は湯水のようにあふれかえった。
僕は、剣を構える。
眼前には強敵、互いに殺すことを認め合う者。
背後には相棒、僕が僕であることを認めてくれた人。
その間に僕は立つ――なんだ、これって最高じゃないか。
その単純に、ようやく気付き、僕と黒鎧は同時に駆けだした。
+ + +
わずかな距離は瞬時に消える。
体格差は大人と子供。
武器の質量は爪楊枝とナイフ。
技量でいえば白帯と黒帯。
そんなことは百も承知。
掴みを加速へ変えて、一撃とする。
全力以上の全力が出せたのは、不思議であると同時に当然だった。
それでも、格差は覆せない。
豪風は剣を破砕し、僕を通り過ぎ、大地に破壊の爪痕を刻む――その様子が未来視のようにはっきりと。
互いの全力は、一方的な打ち負けに終わると誰でもわかる。
「!」
だから、それを覆したのは、僕の技じゃなかった。
精密なんて言葉じゃとても片付けられない魔弾の連射。
先々の動きを見越して置かれた弾丸が、極悪な威力をわずかに逸らす。
ぺスが腕を立膝に乗せ、狙撃兵みたいに撃つのを僕は見る。
空気が千切れるかと思うほどの一撃の内側へと滑り入り、こちらの全力をそのままたたき込む。高い金属の悲鳴が上がった。
「ちぃ――!」
攻撃は、効果を発揮しなかった。
分厚い装甲は、たとえ三重に『掴んだ』一撃であっても通らない。
――真正面からの突破は無理、どこか隙間を狙わないと……!
それが分かっただけでも僥倖。
内側に入り込んだ僕を、鋼鉄の拳が振り払った。
轟音と共に迫るそれを、僕は剣を盾に防ぐ。吹き飛ばされたけどダメージはなし。だが、離れた。黒鎧の距離――!
再び迫る剛剣、今度は互いに準備なし。
『掴む』力は緩めない。
体を回転させながらの横振り。魔力が残らず枯渇し、全身の血液が偏るような一撃。それでも互角以下しか作らない。
鳴る剣と剣、その格差を背後の魔弾が埋める。
痙攣のように体を動かす、意識なんてノロいものはお呼びじゃない。機動、回る、剣を振る、これが最適かなんて考える暇はゼロ。全力がそれ以上の速度ではじき返されるのは通常業務。動かし遅れて右額がざっくり裂けた。視界が狭まった。獣のように吠えることで代替とする。痛み? そんな奴いらない、どっか行け。
嵐のような巨剣が足下の岩と僕を斬る、ほとんど速度は鈍らない。
動きと動きの間に停滞はなく、どこまでも終わることなく繰り出される斬撃は、ふざけんなクソと思う間に三度は振られる。断続的に吹き出す蒸気は、気にくわない笑いそのものだ。
それでも、まだ僕は生きている。
まだ戦えてる。
背後からの魔弾は僕の体には一発も当たらず、ただ敵だけを打ちのめし、その動きを鈍らせる。
秒間五十を越える弾丸は全て残らず、敵の剣線上と間接部にだけ撃ち込まれる。
神業というのも馬鹿らしい精度、マシンガンで狙撃やってるみたいな無茶苦茶。
あとでアイスをマウンテンにして奢ること決意、ご満悦に笑うペスの姿を想像し思わず笑う、代償としてわき腹を削られた。
徐々に空間に血風が混じる、すべて僕のだ。
継戦能力は失われつつある、馬鹿なことした奴の馬鹿の代償。知るか。まだちゃんと一撃ぶち当てていない。ここで逃げれば僕が「さっきの言葉は嘘だった」と叫んで回る馬鹿になる。
こいつの殺意のすばらしさを誰が否定したってかまわない。恥知らずに物乞いする奴らなんて知ったことか。未誕英雄世界の全員が「それは無意味なんだよ」と訳知り顔で言ったところで関係ない。
ああ、そうだ、僕はそれがすばらしいと感じだ。なら、何一つとして打ち消しちゃいけない。この黒鎧の殺意を誰よりも僕が守る――!
吠えて血塗れ、剣を振る。
合間――ほんの隙間のような時間に、黒鎧が南京錠を斬り飛ばし、扉を開いた。
内部に覗き見えるのは真っ黒な、地獄もここまでじゃないと思えるような暗黒。
物質の転換装置。
この黒鎧の本当。
素材入手なんて生やさしいものじゃない。
様々な物質をそこへと放り、別のものとして取り出す。
その変換速度は、ペスの全力を残らず瞬時に受け止めてしまうほど。
無骨な手を無造作に突っ込み引きだそうとしているのは、だから『新しい武装』だ。
全滅の前兆、曲がりなりにも拮抗していた状況を崩すための手段。
遠距離武装を持てば、まずは後ろのペスがやられる――!
いや――だけど、『だからこそ』……!
僕は全速で駆ける。
これは、勝機でもあるはずだった。
片手を胸ポケットにつっこんでる奴が普段より強いわけがない。踏み込み、一点を目指す突きを入れようとして――
「――っ!?」
全身に悪寒が走った。




