22.動機について
そのとき、僕がなにを思い、考えていたのか、後になってどれだけ考えても思い出せない。
ただ黒鎧の様子を――投擲を終えて立ち上がり、僕を見る様だけがなぜか強く記憶に残っている。
だから、きっと凄まじい目つきで睨みつけていたんだと思う。
敵は投擲直後、剣を手放している、今であれば素手の勝負に持ち込める、握力による力比べとなればこちらの有利。
たとえ膂力そのもので劣っていたとしても、それ以外の耐性があるわけではない、魔力による対処法がその証、ならば『それ』にて握りつぶしてやればいい――
そんなことを考えていたと思う。
殺意で頭を満杯にし、進めた歩は、だけど放物線を描いて落下する様を見てすぐ消えた。
綺麗にクリアになった。
僕の殺意の証明よりずっと大切なものが、失われようとしてる。
ペスが死のうとしている――
「――ッ!」
正確には、ここでの死は死そのものじゃない。
誕生への契機だ。英雄として、中途半端ではあるけど生まれるってことだ。
だけど、二度と会えなくなることと死別の間に、どれだけの違いがあっていうんだ……!
駆け出した。
黒鎧はどこか意外そうに僕のその様子を眺めた。気にしていられない。
走る、ごつごつとした岩肌は走るのに向いていない。
転びそうになるけど、それを僕は僕自身に対して許さない。
野球のことをなぜか思い出す。慣れないと落下地点の予測が難しい。捕球できればワンアウト。
なんて気楽だったんだ、こっちは捕り逃せば命が一つアウトだ。冗談じゃない。
魔力でいくらか浮遊しようとしているから、さらに落下地点の予測が難しくなる。
でも、追いつく可能性が出来たのもそのお陰だった。
力の限りに、走る。それでも足りない。
全力を出そうとしたって易々と叶うわけじゃない。
それが出せる状況と、僕の感情は関連しない。
だから、叫んだ。
全力を振り絞ることを僕自身に命じる。
分からず屋の体は、どれだけ脳味噌が命じてもなかなかそれを実行しない。
耳が痛くなるほどの大声を発することで、僕の体にそれを理解させる。
わずかに速度が上がった、気がした。
落下予想地点に到着したのはギリギリ、まずはその魔力に触れた。これを『掴む』べきか。考えと同時に却下。
ぺスはそれを痛がっていた、ダメージになる、これ以上の怪我を与えちゃいけない。
小さい姿があっという間に大きくなり――
「ぐァッ!」
頭部と骨だけの体、しかも半壊してる。それでも高度からの墜落威力は十分。
全身の肉に突き刺さる、頭部をかかえ、離さないようにする。
尻餅をついて、背中を強打し、体全体で受け止める。
「はは――わりぃ……」
真っ青な顔で、それでもペスは笑っていた。
「どう、いたしまして……」
痛みに耐えながら答える。
僕にとってたぶん、人生を百回繰り返してもお釣りのくるファインプレーだった。
+ + +
丸薬の一つを、ペスの口へと放り込む。
すさまじい回復力を誇るそれは、だけど、砕けて散った部分までは再生しない。
ペスは片足と片腕と、肋骨のいくらかを失ったままだった。
僕は肩を貸すようにしながら、その体を支える。
その間、黒鎧は身動き一つしなかった。
そう、敵はこちらに注意を払っていない、前と同じように無視してまた直立体勢を取っている。こちらから自発的に近づかない限りはきっとあのままだ。
「あー、おまえ……?」
「なに」
「なんか変だぞ」
そんなことは無いはずだ。
ただ強く黒鎧を睨みつけているだけで。
「……いったん引くよ、いいね」
「やだ」
「嫌だって、ペス……」
青白い顔、ほとんど明滅しているだけの魔力、欠けた骨はその循環を阻害する。
「わがまま言ってる場合じゃないよ」
「うっせ、ワガママ言ってなにが悪い」
「時と場合によるよ」
「おまえ、あの鎧、ぶっ殺すつもりだ」
「それは――」
「どんだけ時間かけても、冷静に、感情殺して、なにをしてでもそれをやろうとする、今のおまえは、そういう顔だ」
たしかにそう計画していたし、それをやろうとしていた。
「……それの、どこがダメなの?」
「ああ、駄目だ」
迷いのない断言。
「そういうのは認められない、それやるくらいなら、ここで景気よく散った方がまだマシってもんだ」
「なにを言って……」
残った腕で頭を抱えられる、いつもと同じ動きは、だけど絶望的に弱々しい。
「なあ」
「……なに」
「おれはおれの勝手をやる。だから、おまえもおまえの勝手をやるんだ」
「なにを言って……」
「怒れ、憎悪しろ、ふざけんなって滾れ、ちゃんと憎め。で、それやり終わったら思いっきり笑え――殺意に逃げんな」
弱々しい体調で、笑顔だけはいつもと変わらなかった。
「おれのことなんざ気にするな、おまえは今、なにがしたい?」
心を押し殺すな――そう言われてるように思えて、返事が上手くできなかった。
敵味方の戦力差は、もうわかりきってる。
冷静に考えればここは一端引くのが最良だ。他の手筋なんてありはしない。どう考えたってそれはない。戦い勝ち殺しつくすための最善であり最短だ。許せない。敵の武装は基本は剣だけど内部から取り出し武器とすることができる、その一方で魔術的な対応の不備が見られることから、この地点から突破口とすることが考えられる。どれもこれも準備が必要だ、今の武器じゃダメだし、ぺスの様子も回復が必要だ。長いこと同じ状態でいれば生まれた後でも同じ状態として固定されてしまう可能性がある。今ここで起きていることもまた誕生後に似たようなことのなぞり直しを行うかもしれない。可能性、あるいは噂話。だけをそれを嘘だと断じることもできない。だから――
だから――引くのか?
ぺスが気に入ったと言ってくれた僕の姿は、それか?
「どんな思いだろうが、おれはそれを肯定する、状況なんざ知ったことか、勝敗も知らん、そんなことは関係ない」
珍しくまじめに言っていたかと思うと、にかっ、と破顔し。
「おれはおまえと笑いたい。そのための勝手をやる。おまえはどうだ?」
「僕はあいつをぶちのめしたい」
卑怯な笑顔だ、と思う間もなく、言葉は出ていた。
その意外さに驚く暇もなく、次の言葉が出た。
「今すぐ一発ぶん殴ってやらなきゃ、気が済まない」
「おっけ、やろうぜ」
敵に、向き直る。
強大だし、手ごわいし、ほとんどダメージは受けていない。
こちらの片方は半死半生、もう片方はバジルのする剣を持ち、両方共が一度は相手に負けている。
これで勝てたら、きっと奇跡だ。
だけど、不思議と嫌な気分じゃなかった。
なぜか笑っている。
本当に不思議だ。




