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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
装備
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20.黒鎧について

その研究者は、筋金入りの戦争嫌いだった。

戦災を逃れて生き残ったその出自がそうさせるのか、ありとあらゆる暴力を嫌った。

それでいながら、作り出す武具は一級品を越え、伝説と語り継がれるものであったのは皮肉というより他にない。


他世界へ行く術を覚え、見聞を広め、そのありようを粒さに観察し、戦争嫌いの暴力忌避は更に筋金入りとなった。

自身が作り出すものがその一助となっていることに、たまらない恥と罪悪感を覚えた。


作り出すことが好きだった。

だが同時に、それが自身と同じ痛みを作り出すことを後悔しない日はなかった。


苦しみ、泣き、ときに爬虫類の冷たさに心を和ませ、ときに料理と錬金術に精を出した。


そして、血塗られた己の手を幻視し、痛切な絶叫の幻に耳を傾けながらも作り出すことを止められなかった。

どうしようもない業にも似たものが、その手を動かし続けた。


武具そのものを賢くすれば戦いは止まるのではと知恵ある武具を作り出した。

より高度な戦略を必要とするようになればと大量破壊の兵器を作りだした。

非致死性を研究し、殺すことなく決着をつける武具を作った。


そのすべてが失敗に終わった。

人は、必ずどこかに抜け道を見つけた。

どれほど切なる願いとして異なる道を求めても、人が殺戮と破壊を止めることはなかった。

それを是とする者が現れ、一度現れれば不可逆的に加速した。


研究者はそれを、一方的に愚かや悪であると断じることはできなかった。

手を止めることができず、作り出し続けたのも同じ業、同じような「どうしようもなさ」なのだから。


方法を求め続けた。

人は本当に他者を壊さずにはいられない生物なのかを問いかけ続けた。


この世界――未誕英雄世界に足を運んだとき、どのようなことが起きたのかはわからない。

あるいは、この研究者こそが未誕英雄世界を作った一人であると推測する者もいる。


この世界のありようを見て、どのような感想を持ち、なにを思ったのかは、ほとんど何も伝わっていない。

たしかに来た痕跡はあるが、他者のものを含めてあらゆる記録が消えていた。


ただ一個、あの黒鎧を残し、再び去った。


 これがあれば、大丈夫だから。


それだけの言葉を残して。



 + + +



読み終えて、


「ああ、なるほど――」


少しだけ、理解できた。

なにを思いあの黒鎧を作ったのか、なにを僕らに望んでいるのか。


それは要するに、暴力以外の解決だ。


ヤマシタさんでいえば、中央部分の鍵を開けて盗み出す。

委員長でいえば、呪いのような不運を相手に渡して手に入れる。


それ以外にも、たぶん手はある。


「んー……」


でも、なにか納得ができない部分が残った。

上手く言葉にできない。

単純に言ってしまえば、綺麗すぎる。


なんか変じゃないか?


天井の木目をしばらく眺め、考えるけど、言葉にまとまらなかった。

よくわからないモヤモヤが、胸のあたりで堆積した。


僕があの黒鎧を殺したいと思うこと、これはどうしようもない人の業で、とんでもなく幼稚で馬鹿らしいものなんだろうか?


この研究者の意見でいえば、そうだ。

そしてそれは、たぶん正しい。


だけど、反発する部分がある。

ほとんど子供のワガママみたいなものなんだと思うけど、それだけじゃない。


なによりも――


「あの黒鎧は、あんなにも戦いたがっていたじゃないか」


それを無碍にただ全否定するのは、違うんじゃないかと思えた。



どれだけ調べても、あの黒鎧の名前は乗っていなかった。



 + + +



しばらく屋上から、あの黒鎧の様子を観察することにした。

前提となる知識は得たんだから、あとは実地での観察だ。


双眼鏡にシート、雨が降ったときのために簡易テントと虫除け呪具も忘れずに。

食堂でおにぎりも用意してもらった、水筒には緑茶をたっぷり。なぜかこういうものが好きだった。

気分としては、ほとんどピクニックだ。やることはレジャーじゃなくてストーカーだけど。


体を横たえ、休養しながら、目だけは激しく酷使する。

とはいっても、ほぼ動かない相手だからだいたい暇だったけど。


深くおおきく呼吸を繰り返し、体内に酸素を取り込み回復を促す。

時間を開けて、定期的にもぐもぐとおにぎりを食べる。うめぼしすっぱい。

体は出来る限りリラックス、血液がよく回るようにだらけた姿勢で。

どれもこれも回復には必要なことだ。


上からは、太陽光がさんさんと降り注ぐ、きっと首筋だけ変に焼けることになる。

じりじりと炙られた屋上は、人の気配がなくて鳥ばかりが忙しない。

僕みたいな休養必要な人を含めて、けっこうな人数がまだ学校には来ていない。


たまに暇すぎて、双眼鏡の角度を変えてみる。

キャンプファイヤー跡を片づけてる人や、無言でランニングしてる人とかがいた。

あとは、縄を手に追跡する委員長と、必死に逃げるヤマシタさんの姿も。

基本、別方向へ行ってるけど、徐々に距離が縮まっていた。


二時間とか三時間に一回、誰かが黒鎧のところへやってきていた。

僕みたいに返り討ちに会うこともあれば、別の手段を使って手にしてる人もいたし、中にはごく普通に「お願いだからこれをくれ」と頼んで貰ってる人もいた。

黒鎧は、閉じた扉をぱかりと開き、どうぞとばかりに手渡してた。


……なんか、ここで観察してるのが、馬鹿らしくなってきた。


暴力を嫌う者が作り出したそれは要するに、「暴力以外の方法」であれば入手できるのだ。

頭を下げて頼むだけでも簡単に。


「あー……」


威圧的なたたずまい、いかにも悪役ですというフォルム、そうしたものに惑わされず、きちんと対話をすればクリアーだった。


僕みたいに喜々として戦いを挑めば、むしろ盛大な回り道になる。

そんな愚か者が、今ここに。


「まあ、殺したいって思っちゃったしなぁ」


今更引き返すのも、なんか違うだろうと観察を続ける。

双眼鏡のついた跡がちょっと痛い。


塩気の強い鮭おにぎりを食べる、シソとゴマも混じっていてけっこう旨い。むっしゃむっしゃと腹へと詰める。

別のものを見ながら味わうのはなんだか変だった。黒鎧・鮭味な感じ。

このまま続けていれば、黒鎧が美味しそうに思えてきてしまうかもしれない。


日が沈む前、ようやく黒鎧が自発的な行動をはじめる。

突き刺していた巨剣を引き抜き、ぐるりと周囲を見渡す。


どことなく偉そうに歩いて位置を定め、何度か踏んで体勢を整え――


「……ッ!」


剣を振った、ように見えた。

剣先どころか腕そのものが霞んで消えて、目で追うことができなかったけど。


ただ、その成果だけは分かった。

図書館で司書さんが運んでいた本の塔、それとそっくりなものが残響音と共に出現していた。

違うのは、材料が紙ではなく岩石であること――もっと言えば鉱石や希少石が混じった岩の塔だ。


大きな赤を投げかける太陽、それを貫くようにその石塔は現れた。


生産元は黒鎧の足下。

それは、真四角の円柱状に斬って、宙に放った岩盤だった。


一瞬だけの停止、すぐさま重力に引かれて落下する。

斬ったところへ寸分違わず、真下へと。

加速をつけて戻る動きの最中、黒鎧の目が赤く光り、剣を再び振るった。


上下左右に、無尽に振るうそれは的確に主要鉱石だけをくり抜いた。

目はより赤くなり、剣は更に加速する。


かろうじて追える動きは、ぽん、って具合に飛び出る鉱石の様子だけ。

それらは狙ったように開いたままの黒鎧中央の扉に吸い込まれる。


ずん――


と音響かせ終わった時には、四角にへこんだ岩が残った。

周囲と連続してるはずなのに、べこんと窪む。

3D描写のゲーム内であれば簡単な作業を、現実にしようとすれば隔絶した技がいる。


足で踏んで均そうとしている黒鎧を見ながら、呆然と呟く。


「あれ、ぜんぜん本気じゃなかったのか……」


いま膨大な鉱石を一度に内部へ取り込んだあの敵は、強い。

僕と戦った時はもちろん、今の作業ですらも全力じゃないはずだ、たかが鉱石掘りでそれをするはずもない。


その性能を、フルに発揮したとなれば、どれほどなのか――


底の知れなさに全身が震えた。

今更ながら、僕はとんでもなく馬鹿なことに挑戦しているのだと分かった。


心のどこかで悲鳴が上がり、敗北を叫ぼうとする。

あれを見れば、誰だってそう思うはずだ。だけど――


「なんだよ、すごいなおまえ! ちょっとおれと遊ぼうぜ?」


凶悪に笑いながら近づくペスは、そうじゃなかった。


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