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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
装備
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18.殺意について

未誕英雄の世界は、定住する人の数が少ない。

しばらくは暮らして、すぐに離れる――正確にいえば本来の世界に生まれるからだった。

どれだけ愛着があって、いつまでも過ごしていたいと思っていても叶わない。


一番多く住むのは未誕英雄だけど、同時に一番この世界と縁遠いのも僕ら未誕英雄、そんな変な人口構成だった。


メインの僕たちを除くと、他は本当にいろいろだ。

二回生の人たちの中には、自分ひとりじゃなくて多数の人と一緒に来るような人もいる。

専門的な技術の研鑽を目的にした人が、自力でたどり着くこともある。

そういう人とか、その子孫が、この世界の定住者になる。


ある意味では、彼ら技術者こそが、この世界の本当の住人だ。

僕らは強くなることを目的としてここにいるけど、彼らは延々とその技術を重ねて高める。


先祖伝来のものはもちろん、定期的に外からの情報も来て技術が更新され、新旧のそれらが入り混じり、更なる発見へと繋がる。


ウサギと亀の逸話じゃないけど、いつかは追い越されて、未誕英雄の世界から技術者たちの楽園になるのかもしれない。


まあ、それでも、いま僕はここで暮らしていて、武器とその素材を必要としてる。

その事実には変わらない。



 + + +

 

 

ヤマシタさんから教えてもらった位置は、学校内だった。

灯台もと暗し、というのはちょっと違う。

この学校は、どれだけの広さがあるのか誰にも分からなかった。

地図を作ろうとしても空間が一定期間を置いて変化するから無意味。

家に帰るまでが授業ですがまったくシャレにならない所だ。


だから、周囲の様子もどんどん変化しているはずなんだけど、『それ』は、狙ったみたいに僕ら一回生の近くに居るらしい。


素振りカウンターのある場所を抜けて、ゴツゴツした岩が無造作に並ぶ地点をしばらく行くと、直立不動に立つ黒鎧がいた。

抜き身の巨剣を岩肌に突き立て、柄に両手を乗せている。

形はどこもかしこも鋭角の、抱きつきでもすれば全身出血多量のアイアンメイデン確実の姿。


発散しているのは怒気にも似た闘志。

周囲へ無秩序に発散していたそれは、今は近づく僕だけに注がれる。


――ヤマシタさんによれば、これは機械だって話だけど……


とてもそうだとは思えなかった。

あんまりにも人間臭い。

あんまりにも、きちんとした『殺意』がある。


傲岸不遜、鎧袖一触。

二つの単語を混ぜ合わせたようなその形。


周囲の空気を吸い込む呼気が聞こえた。

眼球の赤光が、より一層強く輝く。


コレから、素材を手に入れるらしい。

中心の鎧中、そこに入っているものは千差万別、僕ら一回生専用の『素材入手先』、それがこの黒鎧だった。


わずかな機械音をさせながら、鎧が動く。

胸元の、鍵付きの扉中心をトントンと叩いたのち、僕に向けてクイクイと人差し指を動かした。

意味するとことは単純。


 ここにある。

 欲しければ取ってみろ。


背中がぞわりと粟立った。


「上等……!」


わずかな動作だけでも、そのバランスの良さは分かる、体の中心がまるでブレていない。

けど、こんなにも素敵な殺意をぶつけられて返さないのは、まったくもって失礼だ。


吠えて、駆けて、斬る。


僕の持つ剣から、バジルの良い香りが周囲一体に広がった――



 + + +



で、負けた。

これ以上ないくらい、完璧な敗北だった。


ひっくり返りながら呼吸する。

空の青を、ただ仰ぎ見る。


思ったよりも、悔しさは感じなかった。

それどころじゃなかった。


「ああ、うん……」


いろいろと僕は駄目すぎた。

強さを求めて、弱くなった。

その間抜けさと、阿呆さ――


そうしたもろもろよりも、別の感情が心の奥から出てきた。

僕自身でも意外なその感情。


むっくりと、体を起こす。

岩肌に体を叩きつけられたけど、それ以外の外傷はない。

まったくの無傷と言っていい状態でいる。


黒鎧はまた元のような直立体勢になっていた。

僕のことはもう、見てすらいなかった。


じいっとその様子を確かめる。


「今の僕は、殺す価値すらないか――」


あれだけの殺意を出しながら、それでも控えた理由がそれだ。

怒りや悔しさはある。当然だ。

でも、それ以上に胸を満たしたのは、寂しさだった。


あれだけまっすぐに殺意を交わしたのに、僕のそれは嘘じゃなかったというのに、向こう側から一方的に「あれは嘘だった」と告げられた。


機械だから、なんて考えはもう残っていなかった。

他の誰が何と言おうと僕は敵の殺意を感じた、それが嘘だと疑えば、何もかもを嘘だと疑う必要がある。


だから、この敵は僕を殺すつもりで、そして、途中で手を緩めた。

敵としてさえ認められなかった――


「じゃあ、殺さないと」


意識せずに、するりと言葉は出た。

弾かれ転がっていた剣を持ち、壊れていないことを確かめる。

岩肌の様子は変わらない。

黒鎧の様子も変わらない。


今一度、僕は標的を見る。

見ることは重要だ、そのものが過ごしてきた痕跡が確実にわかる。


黒色の鎧は分厚い。人が着るプレートアーマーの厚みが1.5mm程度だが、その比ではなさそうだ。

関節部分にも鎧を組み合わせ、直接狙うことができないよう工夫が施されている。


それでいて、動きはこちらを圧倒しているんだから性質が悪い。

防御力はもちろん、攻撃力も速度も技術ですらも劣っている、その現実をまずは認めろ。


手にした剣、これを通し、貫くためには、一体どうすればいい?


「うん、そっちの殺意は嘘だったけど、僕のそれは嘘じゃない」


よろりとふらつきながらも立ち上がる。

手足や体はまったく問題なし、折れてる骨すらありはしない。その無事もまた殺意の根拠となる。


望むものは単純、この難敵を殺すこと。

その難易度は、けれど目もくらむほどだ。


だけど、それでも、コイツを殺そう。

どれだけ時間をかけても、どんな手を使っても。


深く、強く、そう決意していた。

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