17.選択について
僕はひとつため息をついて歩き出す。
そう、とりあえずはよく分からながらも剣は入手した。
腰にさしてるとほのかに立ち上る香りが鼻をくすぐり、なんだかお腹が減ってくる剣だ。
鍛冶屋通りは来るときよりも若干のなじみ深くはなったけど、それでもやっぱり寂れてる。
一人でお腹をさすりながら僕は歩いた。
「ああ、まったく……」
素材入手をしなければいけないらしいけど、一体どこでどうすればいいのかわからない。
ヒントを教えてはいけない、ってことは、きっとそれを調べることを含めて自力でやらなきゃいけないんだろうと思う。
「となると、上級生とかに聞いてもダメか……」
頼ることができるのは、同じ新入生の人たちだけ。
僕だけじゃなくて他にも武器防具を新調したい人はきっといる。素材入手方法そのものでなくとも、せめて調べるためのとっかかりくらいは欲しかった。
今のままだと本当に、どこへ行けばいいのかもわからない。
いくらか話を聞ける人に聞いて、細かいことは図書館で調べて、さらにそれでも駄目だったら――ええと、どうしよう?
「まあ、考えても仕方ないか」
そのときに考えればいい。
大型販売店の横を通り過ぎて、中央広場まで戻る。
実はけっこう距離がある、疲れが溜まった体だとちょっとキツイ。
ここまで来ると人の数もずいぶん増えてた。
騒がしい様子に、なぜかホッとする。
きっと人の気配の少ないところにずっといたせいだと思う。
ほぼ無人の町を歩き続けるのは、ちょっと寂しい。
屋台でホットドッグを買った。
店のおじさんが、白い歯を見せつけ、大きく笑いながら盛りつけた。
焼きたてのパンに挟まれたソーセージは勢いよく飛び出して、注ぐ手作りのトマトソースがたっぷりと、チーズもとろりで、湯気はもうもう。
けっこう本格的なものだった。
お金を払って受け取って、まずは余ったみたいな感じのソーセージ部分をカリっと食べた。ちょっと塩辛くて、舌が焼けるほど熱い。
そのまま恐れず、バクっと三分の一くらいまで噛みついた。
ふわふわのとろとろのかりかりでうまー、だった。
トマトすっぱく、肉はどっしり、パンは香り高く、チーズは芳醇、熱々の湯気が口からハフハフ――
目を閉じ味わう間にも、パンにソースが染み込んでしまう。
がつがつと、ちょっとばかり行儀悪く食べた。
空いていた小腹へと、容赦なく「これ美味い!」が広がった。
満足の息を出す。
店の人が「どうだい?」みたいな顔をしてるけど、勢いのままもうひとつ買ってしまうのは耐えた。きっと二個目は今ほど感動しない。また次の機会にまで取っておくべきだ。うん、そうするべきだ。
口横のついたソースをなめとりながら思う。
……チョリソーだとまた違うのかな。
煩悩に負けそうになる胃袋を叱咤しながら、学校へと向かおうとする。
途中で見かけたアイス屋前でしばらく足止めされたけど、僕の理性は買った。
勝利ではなく購入だった。
うん、冷静に考えてもデザートは必要だ、きっと。
ストロベリー、とても美味しかったです。
「……この剣、呪いというか、余計な付与されてないよね……」
さくさくとコーン部分を食べきりながら、ちょっと思う。
人の胃袋を常に刺激する恐るべき魔剣だった。
+ + +
町並みは相変わらずカオスで、一定しない。
石畳だけは綺麗にどこまでも延びるけど、その左右に陣取るものは「好き勝手」を体現したみたいな有様だった。
正直、あの寂しい感じの鍛冶職人たちの通りの方が統一感があるし、人間らしい。
ここ、たまに建物が人を喰おうとするし。
気のせいかもしれないけど、学校に近づくほどに危険な建物が増えてる気がした。
昨日の今日ではあるけど、学校ではきっと誰か一人くらいは残ってるはず。
素材入手について知ってるかどうかは不明だけど、意味なくうろつくよりはきっといい。
だから、ちりん、と音が聞こえたときも無視をした。
いかにも意味ありげに、路地奥からそれは聞こえたけど、余計なことに構ってる余裕はない。
そう、そのはずなのに――ほんのかすかに鳴っただけなのに、なぜかそれは意識に残った。
今にも命が消えようとする人が、かすれた声で助けを呼んでいる――
たとえて言えばそんな感じ。無視して進むのは後味が悪い。
せめてそれがどんなものなのか、確かめないといけない。じゃないと気になって気になって、きっと夜も眠れない。
若干いらいらしながら、道を引き返し、路地をのぞき込むと。
「あれ? ヤマシタさん」
まだら模様の猫がいた。首には鈴がきらりと光る。
やけにまじめな表情だった。
「う、うむ、呼び止めて申し訳ない」
「どうしたの?」
「い、委員長殿は、周囲におらぬだろうか……?」
声は震えてた。
「見た限り、いないと思うけど」
「そうか、それは僥倖であった――拙者どういうわけか先ほどから寒気が収まらず、落ち着かぬのだ。我ながら情けないと思うが、直接確かめることもできずにいた――」
「なるほど」
委員長が作ろうとしている装備を思えば納得だった。
「あれ――そういえば、それ」
「ああ、うむ、金銭も手には入ったことだし装備を新調してみたのだ。業腹ではあるが、たしかにこの首輪自体は役に立つ」
少し胸を張って見せているのは銀の鈴。
きらきらと、明かりもないのに光る様子は、魔力を纏っている証だ。
「これには『興味』の呪がついている。効果としては単純であるが、その分だけ範囲拡大と応用がしやすい。拙者、戦力としてさほど力を持たぬからな、潜入や攪乱の役に立つものを選択したのだ」
「なるほど――」
ヤマシタさんらしい選択だと思った。
地味ではあるけど、効果的だ。
敵に回った際に、これをちりんちりんと鳴らされ続けたら、集中力なんてまったくできない。
「でも、装備……?」
「うむ」
「ええと、素材とか、いろいろ必要だったんじゃ……」
「そうだな、だから手に入れたのだ」
「え」
「む?」
「――ど、どうやって?」
「むろん、それが手にれられる場所へ行ってだ。当然であろう」
なんだか話が噛み合わない。
僕としては、どこの秘境に行って、どんな大冒険をして、どんな敵を倒して手に入れるのかと覚悟していたのに、ヤマシタさんは「ちょっと近所まで買い物した」くらいの雰囲気だ。
「ど、どこで!?」
訊いていいのかな、と思いながらも叫んだ。
ヤマシタさんは少し悩んでいたみたいだけど、簡単に答えを教えてくれた。
かなり、いや、相当意外な返答だった。
お礼に、委員長がヤマシタさん専用捕獲具を作ろうとしてることを伝えた。
「な――!」
目を見開き、ヒゲを広げて驚きを表し、鈴を急いで確かめた。
注意を逸らす装備は、直接捕獲から逃れることには、たぶんそんなに役立たない。
それは、チームとかみんなのためを考えての選択だった。
ヤマシタさん自身についてはあんまり考えていなかった。
どんな装備を選ぶか、っていうのは重要だ。
それを実例付きで教えられた感じだった。
耳と尻尾を項垂れさせ、狼狽えるヤマシタさんを背後に、僕は教えられた場所へと向かった。




