16.落差について
えーとつまり、僕は見えないもの、あるいは概念上のものを『掴む』ことができるらしい。なんとなくはわかっていたけど、改めて説明されると変な気分だ。
僕自身としては、あくまでも魔力を掴むことができる能力で、他はたまたまとかなんとなくな感じだと思ってたからなおさらだ。
「なんとなくで剣握りつぶすなやぁ……」
怨念みたいな声をスルーしつつ思う。
筋力的にはさほどでもないはずなのに、簡単に剣破壊ができたのは、無意識に別のものを――たとえば空間そのものに影響を与え、掴んでいたからだという。
なんだそれ。
「筋力はそんなに無い癖にヒキョーな力っすね、ケッ」
「卑怯いわれても……」
「ある意味じゃ万能、ある意味じゃ無能な能力、剣殺しの鍛冶屋泣かせの迷惑疫病神が今ここにぃ……!」
「万能なのに、無能?」
変な恰好しながらの動作は見なかったことにする。
「むむう、無視されたですのう」
「どうでもいいから」
「……それ、結局は『握る』ってえことしなきゃダメダメなんすよ、遠くから攻撃されたら亀さんやるしかありませんな!」
「亀?」
「手も足も出ないってことだよ説明させなアホぅう!」
空間って『概念』そのものを掴み、変形させているからこその影響力。ただし、攻撃にはあんまり使えない。
説明を聞くほどに、なんか不便な能力に思えてきた。
「その球を壊すの、素早くはできないっすよね」
「ああ、うん」
「無茶苦茶な力を使うには準備がいるんですな、咄嗟の攻撃にはあんまり使えず、相応の手間暇時間が必要という使い勝手の悪さ、なのに鍛冶屋が精魂込めた武器防具はぽんぽん手軽に気軽に壊しよるんだこの人たちはっ! 最低だっ!」
僕と似たような能力の人は、珍しくないらしい。
純粋に握力が異常に強い人とか、持った物を光へと分解するとか、物体の硬度を自在に操るとか。
そういう人たちをまとめて『鍛冶屋泣かせ』と呼んでるらしい。
「ええと、じゃあ、僕に使える武器はないってことでいいのかな……」
少し、茫然とする。
今更ながら、初期装備のブロードソードを壊したことが大変な事に思えた。
いや、大ごとだとは思っていたけど、でもそれは、いつか別れなきゃいけない道具を手放すってことだった。
ひょっとしたら延々と大切に使い続けなきゃいけないものだとかは、考えていなかった。
「ははあ、なんですかのう、いま面白いこといいましたっすね!」
僕の表情をどう勘違いしたのか、唇の端をひくつかせながら言う。
「たしかにこれはいい剣だ。鍛冶屋泣かせにゃ勿体ないほどの、滅多なことじゃ壊れないすっばらしいモンだ。でも、それは新入生にしてはって枕詞付きの、期間限定補助輪程度! お得ではあってもノットフォーエバー!」
たぶん、火をつけたのは、鍛冶屋魂とはすこし別のもの。
いつの間にか、ダンダンダン! って感じに楽器を鳴らし、僕を敵みたいに睨みつけながら叫ぶ。
「おおとも、ロックが好きさ、ロックは破壊さ、傍から冷静に小賢しく見れば馬鹿らしくて笑い飛ばせるもんだよ、それでも壊してこそだ、壊れようがないモンを壊して拳を振り上げるのがロックだ」
ニヤリと笑い。
「そう、壊しがいのないモン壊しても仕方ない、弱いもんだけ壊すのは憂さ晴らしの情けなさ、どんだけ破壊しようと思ってもできないものがあるからこそ、それが無茶苦茶に無残に無慈悲にしてまう瞬間こそびゅーてぃふる、だからこそ面白い!」
「あの?」
両手をパンと打ち鳴らし、両手を広げ。
「作ってあげようじゃないですか、作ってみようじゃないですか、数ある能力、いろんな鍛冶屋泣かせが寄ってたかってやろうとしても壊せない、たとえ使い手が灰になって消し飛んでもなお残る、羨望と切望と恨み呪いに運命その他もろもろあらゆる影響を排除しても更に存在する剣を! ロック魂マッスルスピリッツ鍛冶屋の矜持もちょびっと込めて作ろうじゃないないっすか!」
「その順番どうなの!?」
「あははは、マトモな鍛冶屋が鍛冶屋泣かせに剣作るわけないじゃないっすか!」
だからこその鍛冶屋の矜持ちょっぴりらしい。
「さー、これから大変ですな、色々と準備というか用意してもらわなきゃいけないものが山盛り沢山。だけれども、ここならそんなにも問題なし! どんな素材も少量なら、それも一回生が使うってなれば自由自在でぇ……」
上がっていたテンションが、僕を見つめたとたんに急降下した。
元気よく天をさしていた指が萎れる。
「……ひょっとして、いやまさかと思うんすけど……」
「なに?」
「新入生っすか……?」
「ああ、うん、見ての通り」
一回生といっても、実は定期的に人が入ってきてる。
一回生のさらに下に位置しているのが僕ら新入生だ。なにも分かってない集団だ。
「素材収集、まだしてない……とか……」
「なにそれ初耳」
「おおふ……」
心なしか、七色の髪も色彩が薄くなっていた。
「えー、あー、もう……そうですな……ええと……」
がさごそと、メモ用紙を取り出して、材料をさらさらと書いて。
「これをー、そうだね……できるだけ早く用意してくれたら、いいんじゃないっすかね……」
「あの――どうしたの?」
「……」
死んだ魚類の目つきだった。
なんか曰く言い難い恨みがどろどろと込められてる。
「言ったらいけないし、ヒント出しちゃいけない規則なんっすよ、ああホント人が久々にやる気だしたのに、なんかもうついてないっす……」
そういえば、ここに来る途中で委員長に会ったな、となんとなく思い出した。
たぶん関係ない、はず。あんまり自信ないけど。
「とにかくっすね……テキトーな人に聞いて、素材入手してきてくださいっす……」
「あのさ、僕、まったく武器がないから――」
どんなことをするか知らないけど、素材とやらを『入手』するのであれば、なんかいろいろ危険なことをやる必要があるんじゃないかなと思って訊いたけど。
「はいぃ? あー、うん、そうっすねぇ……」
呆れと絶望みたいな表情をしながら、ぽい、と投げ渡してくれたのは一見するとそこそこ良さそうな品だった。
「古い鉄釘使って武器作ったリサイクル話を聞いてっすね……作ってみたやつっす……」
「なんか、変に汚れてるんだけど」
「元は調理用に使ってた包丁とかナイフとかっすからねー……いいからさっさと出てけぇい……」
手で追い払われた。
僕はやけにバジルの匂いのする剣を受け取った。
口がもにもに動いてる様子を見ると、それだけじゃなさそうだった。
「とにかく、書いてある素材を手に入れればいいってことだよね」
「そーっすよー……」
「うん、わかった、がんばってみる」
ものすっごく微妙な顔して送り出された。
扉を閉めた内側では、なんか憂さ晴らしと八つ当たりみたいに盛大な音が鳴り響いていた。
「いろいろ、謎だ……」
僕はそう言うしかなかった。




