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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
終章
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170.未だ誕生せずの事

突き刺したそこへ流し込むように、力すべてを振り絞って『不運』を『掴む』。

委員長が使う本物じゃない、たぶん効果としてはそれほど強力に発揮されない。


それでも、黒雲のようなものが裸の体に染み渡る。


「――っ!?」


向こうは僕が何をするのか、わかったみたいだ。

驚きと恐れを含みながら、その胸に突き刺さった剣を握り、なんとか脱出しようとする。

そういう先読みの能力には、とても優れている。


そして、こっちは片手だけの状態、全身血だらけ、いろいろと無茶をしたから心身ともに限界に近い有様。正直、意識が明滅しつつある。


――ここで倒れたら、かなり情けないなぁ……


一つ気を抜けばそうなりそう。

それでも、この場で行う無茶には意味がある。


奥歯をかみしめ、全身で勢いをつけて、剣を持ち上げた。

筋繊維の引きちぎれる音がするけど無視。


「ふ……ッ!」


そのまま、ハンマー投げの要領で振り回す、刀身半ばには医者の体。抜こうとする動作は無意味、文字通り『掴んで』いるから外れない。その両手が血だらけになっただけ。

一回転、二回転と繰り返す度に速度が上がる。外から見れば残像とかでき出そうな感じになる。


「――っ」


医者の口が、グバ、と開いた。喉奥が光った。

どれだけ振り回していても、向こうとこっちの距離は変わらない。

僕が即座に右腕を上げたのと同時に、熱線が放出された。

避けることなんてできない。頭部への直撃を防ぐために、半端に消えた右腕をその代わりにするので精一杯だった。


「ああああ亜ぁああ嗚呼ッ!」


僕自身で出来た焼き肉の臭いを嗅ぐ、血液が沸騰して飛び散った、剣と熱線、二つのラインが僕と医者とを繋いでる。


「ひ、ひはははあははあぁあ!」


笑いのリズムを取りながら熱線は僕を焼いた。


「――!」


バランスを崩し、瓦礫に体ごと突っ込む。手のひらの表皮がズルリと剥け、肩間接が外れる。

手から、剣が離れた。

医者の目が喜悦に歪んだ。


でもそれは僕が能力を――『掴み』を解除したからだった。

完全にロックされていたものが、すっぽ抜けた。狙ったタイミング、狙った角度でだ。


高速回転中、横倒しになりながら、ハンマーを繋ぐラインが途切れたらどうなるか?

答えは真上に――ゲートに向けての吹っ飛びだった。逆バンジーの有様で行く。


攻撃のために開いていた口は、そのまま唖然に変わる。

叫び声は理解の度合いと一緒に大きくなる。


「こんな――――」


なにを言いたかったのかは、わからない。

医者の体は、あっけなくゲートへ吸い込まれた。

言葉の続きもまた消えた。


「……」


あの白い獣がそうだったように、医者だってこの程度じゃ死ぬことはない。

回復して戻ってくることだって、たぶんできる。


だけど、もう既に十分すぎるほどの『不運』を、その体には染み込ませた。

委員長のほど絶対的じゃないけど、脱出しようとすれば失敗するレベルであることは確実。


効果の継続は――たぶん、一年かそこら?

僕らが『生まれ』るまでには十分すぎるくらいの時間だった。


「……っ……」


荒い呼吸を繰り返しながら、僕はゲートを見つめる。すぐさま戻って来る様子は、ない。

さらに奥の手を持っていた、ってオチはなさそうだった。

満身創痍の有様で寝転びながら、左手だけで中指を立てる。

なぜだか、そうしなきゃいけない気分だった。


勝利も達成感もあんまりない決着は、こうしてついた。



 + + +



……で、戦闘は終わったけど、僕の苦境が終わったわけじゃなかった。


「あー、どうしよ……」


仰向けで、呟いてみる。

もう、立ち上がることもできそうになかった。


一応、回復のための丸薬とか用意してたんだけど、手元に無かった。

あんだけ無茶な戦闘したんだから、衣服は酷い有様、そりゃ残ってるはずもない。


あるいは、この瓦礫のどっかにあるかもしれないけど、それを見つけることができるのって、ヤマシタさんレベルの幸運値が必要だ。

つまり、この場には、回復するための手段がない。


うん、考えてみたら、僕には回復能力ってものがなかった。


「そういうのも、ちゃんと『掴んで』おくべきだった……」


いや、それも難しいのかな。

僕は殺すことには習熟してるけど、治すとなると勝手が違った、どんな概念なのかピンと来ない。

たぶん根本的に不適合な感じだ。


「泣きたい――」


こんだけ無茶したのに、ずいぶんな結末を迎えそうだった。


というか、ここで死んだら、僕はどうなるんだろう?

『新入生』は『生まれ』ることなく終わった。

『一回生』になったなら、違うのかな、それともやっぱり普通に終わるだけかな……


「……」


僕の未来は、どうなるんだろう?

あるいは、ペスの未来は?

ヤマシタさんの、委員長のは?

以前に垣間見えたあれらは、偽物の幻想なのか、それともあり得た可能性なのか。


「わからないことだらけだ」


たぶん最初っから、そうだった。

今までもそうで、そして、これから先も「わからない」はついて回る。


「きっと、どうしようもない、ことだ……」


あきらめとも違う気持ち。

まあ、なるようにしかならないよね、という感慨。

力が抜け、意識が拡散し始め、しずしずと瞼が下りて――


「おい」


がっつりと、頭部を骨の指で拘束された。


「あ……れ……?」

「なに人のこと置き去りにして、勝手に旅立とうとしてんだ。てーかこの有様なんだよ、なに死闘してんだよ、いくらなんでも身勝手が過ぎねえか? なあ?」


地獄の底から響くような声だった。

当たり前みたいに、ペスが目の前にいた。僕に乗ってる状態だった。


「おまえが、どんなことしようが、なにをしてようが構わねえよ。だけど、置き去りでお別れでさよならは違うだろうが……!」

「いや、あの、違うよ?」


目の前には、笑顔要素一切なしのペスの顔。

顔色が赤いのは、照れとかじゃなくて別の感情。


その両手は、僕の頭部を左右からガッと掴んで、今も回復の魔術を送り込んでいた。

おかげで徐々に痛みは引いていく、だけど、なんか別の危機が迫ってる。


「ちょっとこう、やんなきゃいけないことがあったから、実行しただけで……」

「それでその有様か?」


ちらりと視線が右手に走る。ゲートに巻き込まれたこれは、元に戻っていない。


「う、うん」

「おれが一緒じゃ、ダメだったのか?」


……ええと、当初の予定は、未誕英雄の出自についての確認だった。

複数魂魄が融合されてたっぽいから、どうなってんだと問いつめるつもりで。

予想が外れてたら無用に混乱させるだけだから、皆には秘密にしておきたくて――あ、でも外で待ってもらってたら大丈夫だった……?


「……やっぱ首輪か……」

「待って、待った、どうしてそんな結論になるの!?」

「放置してたら、全自動で死にに行ってるからだろうが!」

「そ、そこまで酷くないから!」

「嘘つけ!」

「というか思い返すと、けっこうペスに唆されてやってた部分もあるよ!?」

「おれが側にいる間はいいんだ!」

「横暴だ!?」

「おまえの勝手よりはマシだッ! だっておまえ、止める奴がいないと――」


言葉に詰まっていた、歯を食いしばっていた。


「――おれのこと忘れて、置き去りにするだろうが……」


目尻に何かが溜まり、膨らんだ。それは頬を伝って顎先から落ちた。

何滴も何滴も、止まることなく。


「ええと、その……」


僕は、ぺスの『飢餓』を引きはがしたはずだった。

もう彼女の内に、それはない。

なのに、どうしてこんなに執着されてるんだろう……?


どうして、こんなにも真剣に、間近で見つめられているんだろう――


「……離れたくないんだ」


ほとんど懺悔みたいな声だった。

僕は言葉もなくそれを聞く。


「迷惑か? そういうの、嫌か?」


声は震えている。


「おれは、おまえの傍にいちゃ、ダメか?」

「いや、ぺスがいて嫌だなって思ったことは一度もない」


実はかなり重要な返答だった。

それこそ運命とかそういうのが決定された感じの。

最後の選択肢だったことに、気軽に答えてから気が付いた。


「そっか……そっか!」


だって、ぺスは笑顔になった。

晴れ晴れとした、って表現がピッタリくる。

気にしていた何もかもが杞憂だったと気づいた感じ。


ぎゅっと抱きしめられる。「へへ……」とか笑ってる。

胸元に顔が埋まってるから表情は見えない。

でも、とても嬉しそう。

そして、何かがロックされて外れなくなった音をたしかに聞いた。たぶん首輪とかよりも致命的なやつだ。


幻聴だ錯覚だと言われたら頷く。

だけど、なぜだろう、今すごく逃げ出したい。


周囲に視線を飛ばす、助けの手はどこにもなかった。あり得るとしたらヤマシタさんだけど、たぶんあっちも僕の助けを待っている。


起き上がろうとする、押さえつけられて身動き取れない。


「あ、あの?」

「しばらくこのまま」

「いや立ち上がるくらいのことはしようよ?」


聞こえないふりをされた。

仕方なしに仰向け姿勢に戻る。


ワガママが通ったことが嬉しいのか、ぺスはくすくす笑ってる。ちょっと吐息がかかってくすぐったい。


周囲は瓦礫で暗闇、もうそろそろ日は昇るかもしれない。

この場所で『生まれ』たときは一人きりだったけど、『一回生』になった今は二人でいる。そのことが少し不思議で、ちょっと嬉しい。


「あー、そういえば……」

「ん?」

「日が昇ったら樹さんの店開くだろうから、何か飲んで――痛っ!?」


首筋に噛みつかれた。

ツッコミというよりも「それ以上喋れば殺す」みたいな気配。


「なにがそんなに気に障ったの!?」

「うっせ」

「いや、体力がかなり減ってるから、回復しなきゃいけないって話というのは嘘です、お家に帰ろう」


そういう顔をされるのは、すごく困る。


しばらくの間、そのままだった。


「そういえばな」


ふと、その表情が緩む。


「な、なに?」


少し意地悪な、けっこう見慣れた感じだった。


「起きた時、唇に違和感あったんだけど、理由知らね?」

「不思議なこともあるね」

「だな?」


棒読みで早口な僕に対して、ぺスは何かを期待する視線だった。


「むう……」

「ん?」


そのあとで、何が起きたのかは秘密。

絶対に喋らないし書かない。



偽物の英雄を造るこの世界で。

僕らは未だ誕生せず、今日もまたここにいる。







終章、あるいは未誕英雄新入生編、終了。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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