169.復讐意志について
魂魄融合。
医者のそれと『飢餓』との融合。魂に対する操作。
ここは、このゲートは、もともとそのための施設だ。
魂を別の時代と場所へ移動させたり、変更・改造を行ったりするシステムだ。
だからこそ、左手と右手、それぞれに『掴んだ』ものは重なり、あっという間に同一化した。
医者が胸を抑え、呻き声を上げた。
僕は即座にゲートを『掴もう』とするけど、右手がずるりと入り込んでしまった。
「ぐ――」
痛みは、ない。
急いで引き抜くけど、もうすでに、そこには手が無かった。
たぶん、一緒に巻き込まれた。
左手だけでなんとか落下を防止、ヘンテコな感じの腕立て伏せの状態になる。
顔のすぐ近くにゲートがある、これに入り込めば、右手と同じことになる。どうして重力なんてものがこの世にあるんだ……!
顔色がどす黒い感じになっているのを自覚。なんとか、少しでも離れて、移動しないとだめだ。
黒色を放っていたゲートは、元のような不可思議な色彩に戻ろうとしていた。
低下していた力が回復しつつある、もう少し時間があれば、きっと大丈夫だ。
「ご……の……っ!」
同じ高さまで飛翔した医者は、胸に手を当てふらつき、苦悶の表情を浮かべながらも、銃を向けていた。
医者は現在、魂そのものに対して攻撃を仕掛けられた感じだ。さっきの僕の魂魄部分消失とは比べものにならない苦痛を受けている。
なのに攻撃しようとする手を止めない、いい根性だった。
「――」
僕は、むしろ口を歪めて笑ってやる。
医者のそれを参考に、憐憫すら漂わせる感じで。
医者の額に、更なる青筋が浮かんだのがわかった。
自覚している欠点は反省材料だけど、無自覚な欠点を体現するものは激怒の材料だ。
だからこそ追撃する。
僕は優しく、善意を以て、己すべての所行を棚上げにして、真下へ消えた魂魄に囁きかけた。
――ああ、哀れだな、と。
己が作り出したものに好き勝手にやられて、隠していた重要を見抜かれる隙を晒し、自信満々を打ち砕かれて、存分に攻撃されて、今もそんなに必死になって、なんて情けない有様だ、もうちょっと別の方法があったんじゃないかな?――
そうした情感を、上から目線で諭すように。
僕が言われた感じそのままを、同じように言ってやる。
言葉の意味が染み込むと同時に、顔の様子がかなり面白い感じになり、無茶苦茶に乱射してきた。
なんとか回避できたのは、ろくに狙いを定めていないから。それともなければ僕の運が悪いから? たぶん、ここで楽になった方が苦労は少なく済んだはず。
「よ、っと……!」
片手逆立ち移動の有様でゲート上を移動。そのまま距離を取って、ようやく『噴射』を『掴んで』その場を離脱。連射は追いかけてくる。
僕は黒に染まっていない夜空を疾駆する。
医者は、口から泡を吹いている、気力だけで持たせるのも、もう限界に近いはず。
カチリ――と弾切れの音。
「!」
すぐさま機動、まっすぐ突進。両足を揃える。
「ぶぐ――ッ」
二度目の、なんのヘンテツもないただの攻撃が突き刺さる、違いと言えばドロップキックであることくらい。
十分な感触が足に返り、医者は羽をもがれた鳥みたいな有様で落下。そのまま瓦礫となった病院跡に生々しい音をさせて墜落した。だめ押しみたいに機械が着火し、爆発した。
普通なら死亡間違いなし。
だけど、莫大な回復力がそれを許さない。
僕は、片手だけになってしまった『掴み』を慎重に制御しながら着地した。
「あ、ばっ!?」
ちょっと失敗したけど、まあ、満身創痍だし今更そんなに違いもない。
瓦礫に突っ込んだ顔を上げながら、そう僕自身を騙す。
ふらつこうとする足を叱咤し、僕は僕の表情に対して、疲れとか「ぺスに会いたい」とか「早くお家に帰りたい」を浮かべることを禁止する。
今この時に必要なのは、なによりも演技力だ。
歩いて、その顔の見える地点まで行く。
+ + +
医者の目が、今までにないくらい血走っていた。
瀕死の有様は、もう回復していた。
でも、その魂魄は違う。
真上のゲート、そこに封じ込めてあるものは現在、『生まれ変わり』にも似た有様となってる。
それでも、匍匐前進というよりも痙攣に似た有様で前進、僕の足首をがっしり握った。そのまま潰してやろうって意志を感じさせる。
すぐさま蹴り砕いたけど、悲鳴を上げながらも再び攻撃を行おうとする。
根性がある、なんてレベルじゃなかった。
そう、ペスが抱えていたのは『飢餓』だ。
本人にもどうしようもない飢えだ。
求めてやまない方向性、それを得るためなら世界だって滅ぼしてしまうほどの。
僕はペスからそれを奪い取り、内側に抱え込んでいた。
それを、この医者へと植え込んだ。
『僕への敵愾心を抱えた状態』で。
『掴み』によって固定された概念は、もう揺らぐこともない。
「復讐が不公平だって思うのは――」
苦痛の波があるのか、歯を食いしばって身動きを止めた医者を見下ろしながら、僕は続ける。
「復讐する側ばっかりが苦しまなきゃいけないことだ、不利や無理をひっくり返すために四苦八苦しなきゃいけない。物理的にも精神的にも大変だ。原因を作った方は復讐が果たされるその最期の瞬間まで安泰で安楽で、好き勝手を出来るのにね?」
すさまじい目つきで、医者が僕を睨みつける。
その記憶に残るように、その魂魄にまで焼き付けるように、僕は笑い続ける。
「復讐心、満たされない飢え、四六時中寝ても覚めてもそれしか考えれない状態――『いつか必ず復讐しなければならない』強迫観念。それを持つのは、あんただ。僕じゃない」
そう、こっちはいつか忘れてしまうかもしれない、諦めてしまうかもしれない。喉元過ぎたらなんとやらと、そう考えてしまうかもしれない。
他の人たちがそれを出来なかったのに、僕には可能だなんて胸張って言えない。
でも、それなら、向こうから復讐してもらえばいい。
なにせ復讐意志の問題点――己や他人の意志や気持ちを蔑ろにすることが、この場合はすべてプラスに機能する。
「本物の英雄に対する憎しみ、未誕英雄への蔑視と玩弄、あんたが持っていたこれら下らない感情は、以前みたいには発揮されない。僕を無視することが、あんたにはもうできない」
たぶん、一回や二回殺したくらいじゃ飽き足らないレベルじゃないかな、と思う。
他の事をしている暇なんてない。
そう、どれほど僕が『生まれ』変わったとしても、二回生となっても三回生となっても同じように、僕へと復讐する
そうなるよう仕向けた。
ヤマシタさんの『興味』の呪みたいな感じだ。
こちらに引きつけることで、他への被害を減らす。
そうして、遥か未来の何も知らない僕は、その復讐に対して復讐する。
「復讐する理由」を、どんな状況であっても僕は獲得する。
いつか僕と仲間たちが力をつけ、その魂魄を残らず滅し尽くすまでだ。
これが、僕なりの復讐のやり方。
正しいかどうかはわからない。
まあ、間違っているんだろうと思う。
これから先、僕は死ぬほど苦労することになるんだろうな、とも。
でも、ここは、生も死も身体も言葉も、存在意義ですら曖昧で偽物である世界だ。
挫いて曲げるとしたら、魂魄そのものくらいしか、その対象となるものがない。
――ペスには、悪いことしたな……
だから、反省材料としてはそれだけ。
彼女の魂を、一部とはいえこんな風に使ってしまった。
「おまえは――ッ」
倒れ伏しながらも、睨み上げている。
僕はその姿を見下ろしながら、成すべきことを静かに告げる。
「殺すべきものが目の前にいるんだから、これを殺す」
「こんなことをして、どうなるかわかっているのかッ!」
「今は無理だけど、いつか必ず」
たぶんこの医者は、何回も聞いたセリフ。
でも、少しだけ意味は異なる。
「だから、それまで苦しめ」
言って、剣を作成、横たわるその胸へと突き立てた。




