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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
終章
176/179

167.復讐価値について

その事実――未誕英雄が『生まれ』ていなかったことを、認識する。

巨大な錯覚を信じ込まされていたことを、理解する。

呑み込むのに、ずいぶん時間がかかりそうだ。

永遠のサヨナラであることを、実感できない。


もっとも、あの白い獣はたぶん別だ。

本当に『生まれ』ていたと思う。

なにせゲートの使い方に習熟していた、どうすればいいのか、本能的に察していたはずだ。


けどそれ以外、僕が知るほとんどの人たちは、そうじゃない。

魔神の配下としての彼らとの戦いを、『再会』だなんて表現したくない。

彼らは、ただ死んだ。


「――」


クラスメイトたち、彼らの顔を思いだそうとして、まったくできないことに気がついた。

きっと僕らに課された数ある制限、その内のひとつだ。

居なくなった人たちのことが、記憶から失せている。

彼らとは普通に話して相談して――それこそ剣購入の金策に走り回ったとき協力してくれた人だっていたはずなのに、もうまったく思い出せない。


手を、開閉させる。

今ここにある体、これはこの未誕英雄世界が、もっと言えば、目の前の医者が用意したものだ。

あのダンジョンで用意されていた体と同じく、人工的に作成されたものでしかない。

記憶する能力が脳に依存する以上、本当に大切なもの以外は、外部から好き勝手に操作されてしまう。


「さあ、どうする?」


医者は変わらずニヤニヤと笑ってる。


「君たちに対して好き勝手をして、やりたい放題やった奴が、目の前にいる。偽物の英雄様はなにをする?」

「殺すよ」


わかりきったことを聞く。


「殺すべきものが目の前にいるんだから、当たり前だ」

「今ここで、できないのにかい?」


鼻を鳴らす、完全に小馬鹿にした様子だった。


「どれだけの攻撃力があっても、この体を殺しきることなんでできない。君の能力は把握してる、その上で、こうして目の前に現れた。どうしてだかわかるよね?」

「うん、今は無理。だけど、いつかはできるようになる」


ゲハッ、と嘔吐するような声を出したかと思うと、ゲラゲラと笑った。


「似たようなことを君たちは揃いも揃って言うんだねえ! 今は無理だから未来のどこかで! 尻尾を巻いて逃げたんじゃないよー、僕ちゃん負けてない~。理性的かつ戦略的な判断の結果でしかないから、次こそ絶対勝つから――はははっ! それを保証するものはなんだい? 決意? 信念? 執念? なんて薄っぺらいものを君たちは頼ってるんだ!」


うっすらとほほえみ、目元に涙の後を残し、憐憫すらにじませながら。


「そう、過去にそれを言った奴は何人も何人も何人もいた。どれだけリベンジに来たと思う?」


首を振り、呆れたように唇を歪めた。


「ゼロだ、誰もいない、たいていは忘れるんだ。君たちは諦めるんだぁ。自分が苦労して積み上げたものを否定したくないがために、適当な理屈を拵えてねぇ。不利益をもたらす相手は『敵』で、全力で叩き潰して大満足だ。そして、部分的にでも利益を共有する相手はどれだけ害悪であっても『必要悪』だ。倫理やら理性やらを持ち出し「復讐してはいけない理由」を解説する。馬鹿だねぇ、結局、我が身かわいさしか考えてないだけだろうに。そもそも、最初の怒りそれすらも、ただ気にくわないだけの話でしかないんだね、ははははっ、赤ん坊がばぶぅばぶぅ言ってるのとなにが違う? 哀れだ、まったく哀れだ」

「なるほど」


そうかもしれない、と思う。

こんな気にくわない奴にかまうより、ペスと一緒においしいものでも食べてた方が気楽で楽しい。


そして、どの程度かはわからないけど、目の前の医者は未誕英雄世界の運営を司っている。

僕らがここにいる、基礎を造った相手だった。


復讐が無意味だとは言わない。

けど、復讐があんまり楽しい作業じゃないことも確かだった。


ああ、いや、これも正確じゃないのか――


「僕は、今、あんたをぶっ殺したいんだ」


遙か未来のどこかの地点で、義務感みたいに「殺さなければならない」じゃないんだ。

こいつは僕らの仲間を侮辱した、だから許せない。

もうその顔すら思い出せなくなった僕が言うべきじゃないのかもしれない、この許せないって気持ちは正しくないのかもしれない。


だからといって、今感じているものを『殺す』ことが正解か?

そうは思えない。


ここにいる僕は――

正しくない、偽物だ、罪人だ。

でもだからってそれは、僕が決断し、行動することを拒否する理由にはならない。

今ここで思い、感じることを、何一つ否定するものじゃない。


呼吸する。

剣を持ち、『掴む』。

医者は態度をまったく変えない。

相変わらず銃を持ったまま、小馬鹿にした様子で笑ってる。


「無駄だよ?」

「かもね」


僕は準備をする――『その行動』を見た途端、医者の表情が青ざめた。判断と理解の速度はさすが。僕がなにをしようとしてるか瞬時に把握した。


すぐさま銃を僕へと向ける。

未だに万国旗が垂れ下がっている器物、強さ弱さの証明にならないもの――そう医者自身が説明しただけにすぎないものを。


「ふっ!」


僕は斬らず、むしろ剣の腹で叩きつけるように銃口の角度を変えた。

予想通り、それはとんでもない頑丈さだった。普通に斬ろうとしてもたぶん無理だった。


「チッ――!」


背後の壁が十二枚ほど、一直線のラインを描いて消失した。

途中にあったベッドやら心電図やらも綺麗にくり抜かれた。

大気そのものですらもゴッソリと消え失せる。

その真空すら利用しながら、僕は前へと踏み込む。


銃は発射の反動で跳ねている。

医者の目には悔しさが灯ってる。

僕を騙し切れていなかったことの悔しさだ。


そう、この医者は「こんなおもちゃに騙されるだなんて」と言いながらも、ずっと銃を持ち続けた。


一番最初に出会った時、『生まれた』ばかりの僕が危険じゃないことを認識してから、ようやく机の引き出しに入れた。そして今は、ずっと手にしたままだ。

僕の様子を見ながら、手放したり手元に置いていたのは、それが必要だったからだ。


賢しい嘘をつき、僕に怪しまれないようにしながら、反撃の手段をずっと手元に置いていた。


そんなことをしたのは――この医者があの白い獣同様に直接的な攻撃能力が低いからで、同時に、僕の攻撃が通用する可能性があるからこそだった。


そう、コイツは万能でもなければ全知でもない。

身体能力攻撃能力はさして高くないし、知らないこと、わからないこと、理解してない部分がいろいろある。

その『未知』を、この医者は恐れている。

僕の体や脳が体験したことは知ってるかもしれない。だけど、僕の魂が覚えたことはコイツの管轄外だ。


「この――!」


医者はようやく、その表情から仮面要素すべてを脱ぎ捨てた。

先ほどの発砲を行った右手とは逆、残った左手を僕へと向ける、袖の奥から機械類が見える。たぶん、仕込み銃の類だ。


この距離で早打ちと一閃、どちらが速いかなんて分かり切っている。

『風』を纏わせての一撃。

その左腕を根本から切り離した。真空の余波へ吸い込まれて回転する。痙攣する筋肉がトリガーを引いて閃光を発射、明後日の方向を撃ち抜いた。


あの白い獣の回復力がそうだったように、死なないからって、四肢の切断及びその無力化ができないわけじゃない。

やれることは、まだ十分ある。


「ふっ――!」


剣を翻す、相手の動きはあまりに遅い。

残る右手も一息に斬る、新たに作成された真空がその腕もまた吹き飛ばす。

けれど医者の表情には、まだ若干の余裕があった。

両腕はすぐに戻ってくるはずで、僕の攻撃はその命を奪わない。

攻撃はされるけれど、すぐに反撃し、追いつめることができる――

たぶん、そんなところだ。


けど、今このときが、僕が好き勝手できる時間であることに変わりはない。


「ぶっ!?」


僕はその顔めがけて蹴りを放った。

なんの特殊もない、ただの前蹴り。

苦痛を与え、その体勢を仰向けにするためのものだ。


数種の概念――『不運』と『貫通』と『破壊』のそれを『掴み』、剣へと伝達させた。

視線は医者に、その表情だけをロックする。

もっとも、攻撃はそっちじゃなかった。真上へ向けて全力で振る。

あんまりスマートじゃない破壊が天井を残らず吹き飛ばした。

いくつか消失させ損なった瓦礫が落下しているけど、夜空とこの部屋が直接繋がれた。

そこに浮かんでいるのは、月とゲート――この未誕世界の中心だ。


医者の表情が、変わった。

残っていた余裕がすべて消えた。

存分にあった安全が、いつの間にか脅かされていることに気づいた者の顔だった。


僕の唇は自然と曲がる。


未誕英雄は、あのダンジョン構造を元に作られた。

似たような構造形態になっている。

なら、魔神が使っていたシステムが、ここにもあってもおかしくない。


そう、この医者は、あの魔神と同様に、己の命と体を分け、ゲートに封じている。

疑念と予想は、今このとき確信に変わった。

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