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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
終章
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165.未誕英雄についてⅠ

銃を握ったまま止まっていた手、それが、再び動いた。

ゆるゆると銃口が角度を変える。

そのまま、天井へ向けて発砲、ぽん、と音立て飛び出たのは、鉛玉じゃなかった。鳩や紙吹雪や万国旗だけしか出て行かない。


医者は非人間的に口を歪め、「正解!」と言ったかと思うと、


「でも、いきなりヒドいなぁああ」


肩を震わせ笑った。その目はギラギラと僕を捉えた。

歯をむき出しにして笑う様子は、以前よりも『らしい』と思えた。


「ふふふふふふ……ま、いくらでもヒントはあった。この病院の上にあるのはゲート――『未誕英雄世界の中心』だ、その真下にいるものたちがまったく無関係と考えるのは道理に合わない。まして、今この時間、この時にいて、あからさまに悪役台詞を吐いたんだ、この有様もまったく文句は言えないねぇ」


まっぷたつに切断したはずなのに、上下に分かれて落ちることなく、糸引くように繋ぎ合わされ、元に戻ろうとしていた。

僕の『掴み』――焼いて、削って、不運を付与し、魔力をたたきつけ、魂魄を切断し、時空を歪め――様々な概念を一度に放った攻撃なんて意にも介していなかった。


時間が逆しまに戻るようなその有様は、どこかで見たことのある復元だ。

医者は当たり前みたいに気にもせず、むしろ手にした拳銃の方を振った。


「ああ、これ?」


唇をすぼめ、銃口を吹くマネをしながら。


「こういう武器を持ってると、君たちは勝手に油断し、下に見てくれるんだ。脅威であるのは拳銃だけで、この医者はそれに頼らないといけない弱い奴なんだとね」


くくく、と笑い。


「どんな武器を持とうが、どんな装備だろうが、強い奴は強いし弱い奴は弱い。そんな当たり前から目を背ける。君みたいに攻撃すれば手っ取り早いというのに、なぜか皆それをせず、勝手に推察して結論づける。戦力比較を頭の中だけで完結させる。ああ、なんて賢く平和的で文明的な連中なんだろうなあ」


表情は、まったく逆のことを言っていた。

顔中の筋肉を歪めて、右の八重歯を見せつける。


僕は黙ったまま、その医者を見続ける。

あの白い獣と同じ回復力を持つ以上、下手な攻撃は無意味だ。

今はただ情報が必要だった。


「ふん――」


こちらが反応しないことに気分を悪くしたのか、ごくつまらなさそうに鼻を鳴らしながら。


「ああ、そうだ、定期試験の結果だけどね、君は赤点ギリギリだ」


椅子を回転させ、背を向けていた。


「なにせ、君はなにもしてない。ただ他のパーティについていっただけ、ただ他の仲間と協力しただけ、挙げ句ただの武器として使われる始末。主体的な行動があの世界の変化に結びついていない。そんなことじゃ他世界に放り出されたときに苦労するよ?」


指を一本振りながら。


「一方で、ヤマシタさんと呼ばれている彼は、経済的な取引の場とそれを専門とする集団を形成した。彼が居なくなった後でも、あれらは継続している。やっていることは地味だが高く評価できることだよね。文字通り、あの世界を変えた功績だ」


指を二本に増やし。


「ペスティ君もまた、この点では同じだね。彼女がいなくなった後でも戦闘集団は存続を続けた。中心となる人物がいなくても発展し継続している。力を誇る個人を集団に帰属させるシステムの構築は難易度が高いんだ、たいてい自壊しちゃうんだよねぇ」


椅子を回転、こちらに向き直り指を三本にしながら。


「なにより、委員長と呼ばれる彼女だ。彼女がいなければ前二つはまったく無意味だった。その『不運』を魔神へ吸収させ、大幅に弱体化させた。これがなければあの世界は変わらなかった、以前のままであり続けた。すべての変化は、彼女の呪いによって成就された」


呪い?

どういうことかと思うけど、説明してくれる気はなさそうだった。


「そう、つまるところこの定期試験は、あの世界をどれだけ変えることができたか、それだけを計るものだった。なにをしようとかまわない、どんな気持ちでいようが知ったことじゃない、ただ変化、ただ影響力、あの世界の行く末をどれほどねじ曲げることができたか、それだけが採点基準だ」

「……」

「最終的に、強敵を倒す形ではあったけどね? それ以外の行動だってまったくかまわなかった。君たちが学び、知り、訓練し、獲得したものは、世界を変える、ただその一点のみを要点とする。すべてはそのためにこそあった」

「嘘つけ」

「ん……?」


両手広げてご高説している医者に、僕はただ呆れる。


「そっちが本来の目的じゃないはずだ」

「……どういうことだい?」

「あの世界――多数の結節点を持ち、その中心のある構造は、間違いなく『英雄を作るための装置』だった」


医者の顔――いつの間にか仮面の笑顔に戻ったそこへ向け、今度は僕が言う。


「仮に、僕やペスやヤマシタさんや委員長、未誕英雄たちがあの世界に行かなかったとしたらどうなった? たとえ吸血鬼が魔神の力を吸収し続けたとしても、いつかはあの魔神は誕生していたはずだ。好き勝手に暴れ続け、配下を増やし、それらに横暴を働いたはずだ。なにせあのダンジョンはそのために作られた場所だった。そして、ダンジョンの外、ちょっかいをかけ続ける人間たちに対しても、同じような横暴を当然行う」


ゆっくりと、医者の唇が曲がる。

仮面の表皮が変化する。


「僕の仲間は確かに影響を及ぼした、だけど、ダンジョンの外に対してまで影響は及んでいない。あくまで『ダンジョン内を変化』させたに過ぎない。未誕英雄の誰一人だって、あの世界そのものの有り様までは、変えてない――世界に対する変化量こそが評価基準だっていうなら誰よりも優秀だったのは、実はあの魔神だった可能性が高い」


あの魔神がどれほどの範囲動くことができるのかは、わからない。

だけど、外まで進むことができたのなら、それこそ無敵だったはずだ。

気に入らないものを片端から破壊して回る者は、敵対するものからすればただひたすらに迷惑だけど、別の見方をすれば『とにかく変化だけは起こす者』でもある。


そう、歴史上の武将や王様で、清廉潔癖な人はほとんどいない。

人格が良ければ偉業を行えるだなんていうのは、ただの錯覚だ。

当たり前の価値観で計ることができず、それに押し込まれ切っていないからこそ、英雄と呼ばれる。


「あの魔神は本物の英雄だった。そして、僕らは偽物だ、未誕ってだけじゃない、そもそも英雄の魂ですらない」

「ははっ――」


医者のそれは面白い実験動物を観察するそれだ。

たぶん、最初からずっとそうだった。


僕は手を開閉させる。

ペスの概念、その現在過去未来を『掴んだ』感触を思い出す。


「あの定期試験は、本物の影響力にどれだけ近づけるか、本物をいかに乗り越えるか、それを計るものだった」


その実感を込めて、僕は言う。


「そして未誕英雄は、数種類の魂を融合して作られた偽物に過ぎず、本物の英雄を否定するためだけに存在する」


叫声が耳を打った。

僕を見つめたまま、医者は狂ったように笑い続けていた。

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