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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
終章
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164.夜と病院について

夜の道を歩いていた。

周囲にはなにもない、生きている気配は本当になにも感じなかった。


ペスや隣の部屋の二人を残して、ただ一人で進む。背後のアパートの明かりは刻一刻と遠くなる。

僕はポケットに手を入れ、視線は前へと固定する。

相変わらずおかしな街並みは、暗闇に沈んであんまり見えない。


踵から着地させるように大股で歩いた。

行き先は決まってる、迷うはずもなかった。


「……」


横目に街並みの一角が、綺麗に均されているのを見た。

修繕はされてるみたいだけど、まだまだ中途半端って感じだった。

破壊は誰でも出来るけど、再生は結構難しい。あっちの世界ならともかく、未誕英雄世界だとそうだった。


面倒臭い作業なので、修繕する人の数が少ない。

誰も彼もがけっこう他人事な感じだ。


僕は手を開閉させて、『掴む』感じを確かめた。

パワーアップしているような雰囲気はあった。

実際にためしてないからまだ確信は持てないけど、今まで出来なかったことも可能だと思う。


手をグーパーさせ続ける。

この手で、火やら空間やらを『掴む』ことができるなんて、何かの冗談なんじゃないかと思う。

ただの手で、ただの肌だ、これで『僕』を増やしたなんてこと、本当にあったのか?


歩きながら、手を開閉させながら、思い出す。

嘘みたいな出来事の、更にその先。

本来なら僕が知ることのできないはずの情報――僕らがあの魔神を倒した後、どうなったかについて。


ペスが率いていた魔族たちは、あの後、ヤマシタさんが支配していた経済的な『空間』と結託していた。

どれだけ無謀な戦いをしても体の復活が行える状況と、ただ戦うことを求める集団の組み合わせだ。

ある意味では最悪だった。


魂さえあれば、体は後から復活させればいい――その見識は、遠方への大量の戦力を運搬を可能にさせた。

いままではレベルの合計値が集団の強さの指標だったけど、これからはそれに加えて金銭保有量が加わることになる。大量の金銭を持つものが、大量の兵力輸送を行える。

より複雑な社会の形成、その第一歩だった。


うん、たとえとしてちょっと違うかもしれないけど、いままでチェスルールだったのが、いきなり将棋ルールが採用されたようなものだ。


そういう複雑と変化は、同時に魔族・人族混交の社会の形成にも繋がった。

経済の前では平等であり、魂レベルまで行けば陣営の差なんて無いと実感したからだった。

ただ結節点からの光の影響の違いでしかなかった。

赤と青、別陣営とされていたものが組んだ方が、戦力としてはアップすることにも、ようやく気が付いた。

一方的に攻撃される時間を作るより、ずっと攻撃を続けた方がお得だ。敵対者の好き勝手をその分防げる。


そのうちに、経済的に牛耳る彼らがあのダンジョンの支配者として君臨することになるのかもしれない。

戦闘集団と経済集団が結託を続ける限り、たぶんそうなると思う。

倒されては復活する勇者システムの人たちと、ただの強い人たち、戦えばどちらが勝つかっていえば、まあ、悩むまでもない話だった。


「……」


ジツさんたちについては、当初の予定通り、あのダンジョンの『底』を目指して探索中だ。

あの魔神がいたところが、あのダンジョンの中心であり中枢だろうと思うんだけど、これってただの予測だ。実際には行ってみないとわからない。

勇者は、前よりももっと喋らなくなった――それこそ一週間に一言口にすればいいレベルにまでなった。だけどその横には、同じくやけに無口になったウーツがいる。会話はできないけど、そこそこ幸せそう。

あ、あとなぜだかあの鳥魔族がパーティメンバーとして参加していた。なぜだ。

いろいろと煙たがられながらも、なんだかんだといって上手くいってる様子なのが、なんだか悔しい。


みんな上手くやっている。

僕が知る範囲の人たちは、それなりにやっている。


そう、あの戦いを――魔神とその配下の魔王の消失を契機として、未来は別方向へ進んだ。


「……」


もともと、あのダンジョンは欲望を叶えるために作られた。

もっと言ってしまえば、あの魔神一人のために作成された装置でありシステムだった。

だからこそ、男がいなかった、侵入することすら難しかった、あの魔神が要らなかったからだ。

だからこそ、基本的にはいい子ばっかりだった、周囲と軋轢を生むものがいれば排除された。

だからこそ、気まぐれに殺しても復活できるシステムがあった。失敗の取り返しがついた。


何もかもが魔神の望み通りで、そして、そこに生きる人にとっては知らぬ存ぜぬのことだった。


それが致命的な齟齬だ。

魔神がこちらの意志を尊重せず、こちらも魔神の意志を尊重しなかった、ただそれだけの話だ。

たぶん、妥協点はどこにもなかった。


作り出されたのだから、そう生きろ、命令に従え――そんな要求に従う必要なんて、どこにもない。


「……」


夜のシルエットに紛れるようにあるその場所――病院を見つめながら、僕はそう頷いた。



 + + +



夜間の病院に、人はいない。

だからこそ廊下に電球もついていない。余計な消費はされていなかった。

正直、ちょっと進むのが怖い。真っ暗すぎて時々躓いて転びそうになる。


ここは、僕が『生まれ』たところだった。

あのときと同じような通路を進んでいる。襟首をもたれて運ばれず、今度は僕自身の意志で。


コツコツと音をやけに大きく響かせながら、一歩一歩慎重に進む。

人の気配は、相変わらずない。


だけど、目的地のドア――見慣れたというよりも印象的なそこからは光が漏れていた。

廊下の暗闇に長方形の光を投射してる。


立ち止まり、一秒だけ見つめる。

ドアノブを握り、回した。

眩しさに目は細くなる。


「やあ、いらっしゃい」


当たり前のように、出迎えられた。

僕が最初に出会った医者だった、時間を逆しまに戻したように、変わらない位置関係でそこにいた。


「そろそろ来る頃だと思っていたよ」


丸メガネと白眉毛、年寄りのようにも若々しくも見える姿。

相変わらずにこやかな笑顔。仮面のような表情だと、今なら思う。

小さなデスクの上には大型の拳銃が乗っている。


「どうしたんだい、なにか病気かい、君たち未誕英雄は、滅多にそうしたものにはかからないはずだけれどね」


手を広げ、続ける。


「その辺りは、人造勇者と呼ばれるものとは違う。半端な弱点なんてつけてはいない。そんなことをする必要なんてありはしないんだ」

「……あなたは誰ですか?」

「開口一番それかい」


くく、と肩を震わせて。


「もう、わかっているんじゃないかい、君ならさ?」


口を歪めて問いかける。


「それは、買い被りすぎ」

「おや」


僕はため息をつきながらも、『掴む』。

手の内には、剣が生じる。

いままで出来なかった物質の生成レベルにまで至っていた。

剣は、あの試験内で得たものだった、さすがに中身までは入ってないけど、概念の伝導率は抜群だ。


睨む。

医者の表情は変わらない。

でも、その手は蛇のように銃へと伸びた。


数にして十五。

僕はそれだけの概念を即座に剣へと込め、踏み込み、斬った。


「――あんたがこの未誕英雄世界の中枢に位置している人だってことくらいしか、僕にはわからない」


袈裟懸けに切断された医者、その拳銃は机から五ミリくらい離れた位置で止まっていた。

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