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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
試験Ⅱ
172/179

163.終りの事について

世界が壊れるような音がした。

斬って開いたそこから、なにもかもが崩壊した。

いや、違うか、目の前の結節点と、僕もまた崩壊しようとしてる。


意識が薄れ、体が崩れ、剣はぼろぼろに朽ちて行く、無理無茶無謀の当然の代償。

けれど一緒に抱えているこの『飢餓』も――ペスが抱えていたものもまた消える。


殺すべきものを、僕は殺した。

その行いを果たした。

たぶんただの自己満足。これが良い未来に繋がる保証はどこにもない。

それでもなお、やれるだけのことはやった。

座して諦めず、前へと進んだ、最後まで。

なら、きっと、悪くない……


知覚の遠くで、魔神の体が打ち倒されている様子を確かめながら、僕という体と剣と魂は、あっけなく消え失せた。



 + + +

 + + +


なにかを見た気がした

 

 + + +

 + + +



瞼が痙攣。

う、という僕自身の声を聞く。


止まっていた呼吸が再開。

ぜぇはあ、と目を閉じたまま激しく酸素を取り込む。

体があるってことにすごい違和感。心臓は動くし、呼吸のために肺は動かさなきゃだし、唾を飲み込めば喉が勝手にごくりと鳴る。


やたら騒がしいものの内にいたんだなぁ、とか思いながら、瞼を開けた。

ペスがそこにいた。

なぜだか抱き合っていた。

どうしてだか、それを当たり前に感じていた。


視線を上げる。

豆電球の橙色に照らされたカーテンがあった、隙間からは貼ったばかりの断熱シートのプチプチが見える。ちょっと安っぽい。

どうやら時刻は夜だった、暗闇の気配しか外からはやってきていない。

横倒しに転がっているのは小さいビンだ。

たしか発泡酒……じゃなかった、ええと、スパークリングワインとかいうやつ。引っ越し祝いに飲んだそれはとてもいい香りだったはずなのに、放置されたままだと嫌な雰囲気の匂いとして漂い来てた。


あー、そういえば、匂いってこういう感じだったなぁ……

すんすんと鼻を動かし、そんなことを実感する。別の匂いも近くにあった。


僕らは両足をコタツにつっこんでいて、赤外線の熱を浴びていた。

かなりあったかいはずなんだけど、抱き抱えてるペスのせいで上半身は結構寒い。熱伝導率が高すぎだ。

そのペスは、いまだにすうすうと、とても平和な様子で寝ている。

相変わらずの、そして、まったく変わっていない姿と形。


「……」


とても静か。

何も変わってない日常のよう。


けれど、なにか忘れてる気がした。

大切なもののはずなのに、よくわからない感じ。


天井の、豆電球の橙を見ながらペスの頬を無心に撫でていたら、噛みつかれた。

がぶりと痛い。でも血が出るほどじゃないから放っておく。

嬉しそうにがじがじしてる。それも、やがては止まる。


隣からは呼吸の音だけが聞こえるようになった、僕もまた呼吸の音を出している。

コタツが熱を出す様子、湿った音させて歯が離れた。切っ掛けみたいに僕の体がぶるりと震えた、やっぱ寒いな、と思う。


あ、そういえば、この豆電球、色が変わらないんだ。いや、まあ、当たり前なんだけど。


「……?」


そんな連想が、きっかけになった。


定期試験――


その単語が、遠くから僕を直撃した。

心臓がひとつ大きく鼓動を打った。


圧縮された記憶が解凍、再生される。

ちょっと量が膨大すぎる、理解して飲み込むのには時間がかかる。


ええと、なんだ、この、なんだ……?


夢から覚めたというより、臨死体験の走馬燈を今見てる、そんな感じだ。

やけにリアル、やけに現実味がある。

いや、本当にあったことだし体験したことなんだろうけど、それにしてはおかしかった。


だって、僕が知らないはずのことも纏めて『憶え』ていた。他視点の記憶もあった。


勝手に体が震える、今度は寒さのせいじゃなかった、ペスを引き寄せ抱きしめる。

相変わらずの骨の体、ちょっと冷たい、顔が少しだけ嫌そうにしかめられていた。


ぜひゅうぜひゅうと、やけに荒い呼吸音。

心臓は僕に許可なく、馬鹿みたいなテンポを刻む。

なのに、それらいっさいを、他人事みたいに感じる。


外では風の音がしていた。

それだけしか聞こえなかった。

世界中に、僕ら二人だけしかいないみたいだと錯覚した。ひどく寂しい。


隣の部屋から、悲鳴みたいな猫の鳴き声と、くすくすの笑い声がしたから、すぐに正されたけど。


うん……なんだかんだと言って変わっていない日常だ。

ヘンに入っていた肩の力がどっと抜けた。


むぃい……っ! とか言いながら、ぺスが両手を使って僕を押す。

寝ぼけたその動作に逆らわず離れ、僕は仰向けになる。同じ景色、再び。

ヤマシタさんみたいに丸まったぺスは、僕の脇腹辺りを枕に、すうすうと呼吸を再開した。骨の指が僕のおヘソに入ってるのは偶然なのかどうか。


「ええと――」


再生したこの記憶を、僕はいったいどう受け止めればいいんだろう?


見上げながら、考えてみる。

たまにぺスの指が動くのがやけに怖い。


この記憶してる出来事は、僕って魂が体験した他人事? それこそ前世がそうだったとかそういう感じの。

それともなければ、紛れもなく僕が行ったこと? 記憶喪失中に起きた出来事を今思い出した感じの。


「どっちでもいいか……」


どちらであっても、あの場であったことは、すべて一つ残らず本物だ。

間違いなくそう言える。


勇者は、ジツさんは、キョウは、ウーツは、アリん子はいたし、一緒にダンジョン『空間』の探索をした。

そして、ぺスやヤマシタさんや委員長や魔族たちや、いろんな人たちと協力して、強敵を打倒した。


けど、こうして横たわっているだけで、その実感はさらさらと砂みたいに薄れて行く。

きっと明日になれば、本当に起きたことなのかどうかも疑問に思ってしまうはず。


僕が剣になって、無限レベルアップして、敵の中核を壊した?

ああ、うん、ちょっと夢見すぎじゃね?

そういう感じだ。


僕はひとつ息を吐く。

腹筋使って上半身を起こし、ぺスを上から覗き込むようにしてみた。指は当然外しておく。


髪の毛がさらりと揺れて、その顔の表面を撫でていた。

肺とか無いはずなのに、大きく、ゆっくりと呼吸をしている様子がある。僕は飽きることなくそれを眺め続ける。


「……」


そういえば、リクエストされてたっけ。

そんなことを、今このときに限って思い出す。

僕の方からしてみせろとか、そういうことを。


とはいえ、ぺスは今寝ている。

たぶんやったら怒る、激怒する、不機嫌になる。

人の意識ないときに何やってんだー、とかそういう感じに。


その表情を見たいなと、今の僕は思っていた。


だから、実行した。





試験Ⅱ、あるいは、いろんなものぶっ壊しながら仲直り編、終了

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