162.試験終了について
「よし、やるぞ」
意気揚々と、心から嬉しそうに笑ってペスは言う。
混乱する頭で、悲しみを引きずりながらも思う。
ええと、どうやって……?
そう問いかけの言葉を伝えようとして、ぎくりと僕は停止した。
あ、やばい、これ、やばい……ッ!
――待った!
「やっぱわかったか!」
――それはナシ、だめ!
「べー! 悔しかったらおれを止めてみろ!」
言いながら空を駆ける、いままでで最高速。ほとんど特攻のそれ。
今の僕はペスの概念を『掴んだ』。
当然のことながら、これからなにをしようとしているのか、彼女であればどういう行動に出るのかも、理解した、理解してしまった。
――このっ!
「はははっ、いい加減、いつまでも操られっぱなしっていうのもごめんだッ!」
概念把握を応用しての、ペスの体の操作。
これは外部から身体へ介入を行うものだ。『掴み』によって発生させた『魔術』でしかない。
当然のことながら、これって『魔術で対抗できる』。
こちらが引き止めようとする操作は通じない。
銀輪が忙しく回って巡り、アクセスを片っ端から遮断していた。
どの経路も途切れて塞がる。
ペスはペス自身の意志で前へと突き進む。
魔神――今となってや巨大な肉塊に目玉や口がいくつもついてるようにしか見えないそこへと突進する。限界を遙かに超越したスピードで。
僕とペスが互いが互いに高め合う魔力のそれは、もう宇宙の一つや二つ創造できるんじゃないかって具合に膨張する。
この段階に至っては、方向転換や方針変更はむしろ悪手。失敗って結果しか導かない。全力でその策に乗る以外にない。
そして……そういう僕の気持ちや心の動きを予測をした上で、ペスはこの行動を取っていた。
というか最初っから、それこそ『ペスという概念を掴め』とか言ったときから決めていた。って、なんだそれ!
アクセルを弱めてしまいたい怯懦を殺す。
ああ、もうもう……! というボヤキは発生してしまう。
だけど、さらに踏み込み、さらに先へ――
その力の高まりに、魔神の注目もこちらに。
その巨体を震わせながら、巨大な口をばっくりと身を二つに割るように開き、数種混合の破壊球を放出した。
口中から吐き出されたそれに対し、ペスは両方の銀輪を回し、加速。
なんの減速もせず、真正面から衝突した。
世界が割れたかと思うような、閃光。
音はもはや聞こえない。衝撃の波となって半端に作成された岩盤を打ち砕く。
他のみんなは生きているんだろうか。
そんな心配をしたのは一瞬。
ペスは顔半分を元のような骸骨姿にしながら、それでも笑い、破壊を突破し、踏み込み。
「喰らえッ!!!」
両方の銀輪を砕き、限界オーバーの力を一つ残らず込めて、振り下ろした。
「――!」
両手だけを。
「!?」
その手には、すでに僕を握っていない。
攻撃の衝突、その余波に紛れ込ませるように放り投げていた。
ぽーん、と。
僕は現在、ふよふよ放物線を描きながら、結節点へと向かってる。
いや、ほんと、なにしてくれてるんだ、って感じだ……
ペスの全力攻撃に打ち落とされながら、魔神は悲鳴を上げて、多数の目を見開いた。
へこんだヌイグルミみたいな有様になりながらも、すべての目がこちらを向いた。
僕へと向けて触手や魔弾を無数に飛ばす。
魔弾は効かない、むしろ、いい具合に加速の後押しをしてくれてる。
触手の方は残らずペスに打ち落とされる。
「おいおい、今のおれを無視できると思ってんのか?」
膨大な魔力を込めた両手でただ殴る。
術もなにもあったものじゃないシンプルすぎる動作の連続は、この場に限って言えば最高の破壊力をたたき出す術になる。
魔神は呻きながら『不運』の黒球をいくつも飛ばす。
ペスはそれに対処する術を持たない。
だけど、関係ないとばかりに攻撃を続ける。
ばれてしまっては、こんな浮遊をしている意味もない。
膨大きわまりない魔力を柄から放出、ロケットみたいに目的地へ向かう。
慌てた必死の気配。
ようやくのように僕にも『不運』の黒球は来るけれど、残らず途中で消える。
飛行途中ですれ違った、ふよふよ浮かんでる首輪がたぶんその原因。
よくわからない何か――粒子状のものが接近する気配もあったけど、どこからともなく鳴った鈴の音に停止を強制され、勇者の張った球状雷結界が閉じ込めた。
安全確保された航路を僕は駆ける。
ちなみに、ペスは僕を投げて妨害を行うだけで、どうやって結節点を破壊するかとか、そういうプランはまったく考えていなかった。
僕なら、剣だけの体しか無くても、きっとなんとかするだろうとしか思ってなかった。
信頼されるのって普通は嬉しいことだけど、頭痛するような気分になるのはどうしてなんだろうなあ!
「ああ、もう……!」
僕はペスに無茶をする。
ペスは僕に無茶をする。
どうやら僕らはそういう関係らしい。
それを心から嬉しく感じてるんだから、本当に末期だ。
「後で絶対、なんか、こう、いろいろしてやる……!」
具体例はまったく思い浮かばないけれど。
でも、そのためにも、僕は僕に対して無茶をした。
このロケット突進だけじゃ、とても足りない。確実じゃない。
だからこそ、僕を『掴んだ』。
掴みにより炎の概念を発生させたように。僕って概念を掴むことで、僕自身を生じさせた。
剣を包む指が、手が、腕が生じ、体と脳と心がそこに在った。
いま剣を手にしているのが、果たしてどういうものなんだか、よくわからない。
その困惑というか気後れみたいなものは、ものすっごく伝わってくる。
ひょっとしたら、魂魄やらなんやらがあるのは、この体を持ってる方なのでは。
もともと肉体にあったのが、ふよふよ浮遊し、再びここへと戻ったのでは。
さて、どっちが本当の僕?
わからないながらも、『僕』は空を蹴る。
足でも『掴み』ができていた。
それだけの成長をした。たった今、この場で。
生じた僕もまた『掴み』が行える。
ペスとの間では魔力しか循環させていなかったけど、この状態ならば無限に『僕そのもの』を高めることができる。
百回生まれ変わっても不可能な値まで行く急速レベルアップ。文字通りのチートでズルでバグ技だ。パラメーターは見えない速度で上昇を続ける。カンストとかいう安全ストッパーなんてありはしない。
数秒後には体の方が耐えられずに限界を迎える。
だからどうした。
結節点――他とは少し違う、だけれど、ただの物質でしかないそれが震えたように見えた。二つの命を抱え込んでいるそこから、二種類の叫びが木霊する。
剣を振りかぶる。
わずかに感じる懐かしさ。
練習のそれを思い出す。
その郷愁に引きずられるようにしながら、いつも通りに踏み込み――
斬った。
今この僕が行える最高速。
確かな切断と破壊の感覚、あっけないほど軽くて簡単なそれが、剣と手に返っていた。




