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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
試験Ⅱ
170/179

161.ぺスティについて

静かに、覚悟を決める。

まったく、なんて僕はだめな奴なんだ。

後押ししてもわわなきゃ、こんな大切なことを決断できない。


だけど、これだけの信頼をされたんだ、応えなきゃダメだ。


現在、僕らは少しだけ離れた位置にいる。

即座に接近して攻撃するのを止めて、ぺスは手の中の剣――僕が決意を固めたことを理解する。


だからこそ、顔を上げ、大声で。


「十秒間、敵を止めろッ!」


とそれだけを命じた。


異形の姿。膨れ上がった肉塊。どうして浮遊しているのかどうかもわからない姿は、もはや人というよりも、生物型の戦艦や空母だ。

吐き出される暴力の質と数に、個人の兵士は駆逐される。


十秒。

普段であれば瞬く間にすぎてしまうものが、今このときは十年後よりも長くなる。


それでも、「応」と一声返して皆向かう。

魔族の人たちはもちろん、ジツさんたちも。

次々に魔弾で撃ち落とされては、その場で復活する。背後では必死にその蘇生を続けているものがいる。

あちらを攻撃しないのは、余裕を見せつけているからか、それともなければ魔神が馬鹿だからなのか、たぶん後者。というよりも生まれたてで、この世界についての知識が根本的に足りていないからだと思う。

この世界のルール、やれることについて知悉していない。

でも、だらこそ助かっている。


ウーツも唇をかみ切らんばかりの表情で、そちらに向かった。

勇者が変わらない表情のまま、震える手で彼女をそちらに押し出してた。


ジツさんが、キョウが、アリん子が、ウーツが戦う。

長く共にあり続けた彼らの様子は、単純な戦闘力を越えていた。


なにかの超常的な力を持っているわけでもない。

ただ経験が長くあるだけ、強い敵との戦いに慣れているだけ。

けど、青ざめながらも戦う様子は、彼ら自身が勇者みたいに見えた。

世界の最先端で、その行く末を決定する者だ。


その意志と気持ちを認めながら、僕は意識を凝らす――否、意識を『殺す』。


ここに、僕って意識は必要ない。

ただペスを理解し、把握し、『掴む』ものであればいい。


ペスも目を閉じる。

彼女の決意が伝わる。


血を流して構築された時間を使い、触れる。

彼女の時間、その歴史、あるいは未誕英雄よりも先の、その存在そのものを――


『掴む』


目の前の現実が消えた。

剣である姿も、ペスの姿も、魔神の様子も、それに相対する仲間たちも、なにもかもが空になる。

あるのは彼女、エルシー・ペスティと呼ばれたものの概念であり――そのすべて。


過去。

始まるもの、誕生よりも前にあるもの。触れるその根本。

彼女は――骨でありモンスターだった、魔術師でもあり、そして、滅ぼすものだった。

複数のそれは様々な姿に見える。

彼女は放浪して戦い、知識を探求し、その内に異質を秘めていた。

その三つに、共通するものがあった。

それは絶えることのない渇望だ。

魔であり、破壊であり、鼓舞するものだけど、その根本にあるのは、どうしようもない飢えだった。


現在。

今までの時間。僕らが過ごした日々。

そこで得たもの味わったものは、彼女の魂を高揚させた。

対等にふれあい、研鑽し、高め合うことは喜びだった。

でもだからこそ、他者が己を曲げることが、本来の性質とは異なることをすることが、許せなかった。

誰もが己の飢えに相当するものがあるはずだと信じた。

そう、根本的な部分の、飢えは残り続けた。

決して消えることのないものだった。

たとえ全面的に受け入れ、それを肯定するものが側にいても――否、そうしたものがいるからこそ、飢えはより強くなる。いつしか訪れる別れに、耐えられなくなる。


未来。

味わったことのない、僕のいない日々。

僕が今『掴んで』いる概念、その行く先の、『生まれ』た後――


泣き求めるもの、空虚なる破壊者、悪意なき虐殺。

生まれ落ちてより常に泣き続け、破壊を続ける。誰かを求めて常に彷徨うが、それが誰かを彼女自身記憶しておらず、望みが果たされることは決してない。悲しみは一度たりとて途切れもせず、一秒たりとて緩むこともない。破壊と破滅は彼女の悲しみの現れであり、虐殺と壊滅は結果にすぎない。のちに自然誕生した勇者が倒すことすら救いにならない。求めるものを手に入れられなかった口惜しさは残留する。

一時的な救いは、この生まれ出た勇者を倒し、より強い力を身につけ、記憶を取り戻すときだ。なにを求めていたかに気づき、それ以上の破壊は止まる。けれど、根本的な悲しみは止まらない。本当に救われるのは、停滞を止め、再び本格的に、そして徹底的に破壊を行うときになる。世界すべてを破壊する意図を止めるため、二回生の未誕英雄が、もっとも縁の深い者が来ることになる。そのときようやく、彷徨は止まる。


ああ――


彼女が言う。

こちらを、僕を向いて。


 やっと会えた


「違う!」


声に出す。

今、僕がどうなっているのかわからない。

ただ声の限りに、『それ』へと叫ぶ。


「僕の想いが、君の想いが、こんな結末に至ってたまるか! いくらなんでもあんまりすぎるぞ、ペス、君が不幸になるために僕らは仲良くなったのか!」


悔しかった、口惜しかった、抱きしめてやりたかった。

だけど、この未来を否定する。

魔神もなにも関係あるか、僕は、この未来を殺す。英雄の器だなんだの知るか。好きな子の幸福は、世界の一個や二個よりも重い。


『掴む』――


僕はいま、ペスを殺そうとしている。

そのあり方を歪めようとしている。

知るか。

ペスは僕になにをしてもいい、それこそ殺したっていいんだ。代わりに、こんな結末は許さない。


『未来』を――あり得たかもしれない時間の先の流れが歪む、その感触を確かに感じ取る。彼女自身のあり方、その先へと行く道筋が変化する。

どうしようもない飢えと渇望?

それすら今は僕のものだ。僕が『掴み』続ける。

ペスがこれに振り回されることを、認めない。

この飢餓を、僕が引き受ける。


――音もなく、何かが弾ける。


「はは、スゲエ、やったな――!」


そう笑い叫んでいるのがペスだとは、すぐには分からなかった。

いつもと変わらない、前のままだと思うけれど、夢から覚めたばかりのような今の僕には、判別ができない。


力強く、その能力をフルに発揮している様子を見ながら、どうしようもなく身勝手に、僕はただ悲しかった。


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